第六節 出発の時
「ふぅ……」
ソルトは軽く息をつき、ユリナ達のもとへ戻ると、ユリナが、困惑した顔でソルトを見ている。
「な、なんだよ?」
「ソルト君って、元々底が知れないと思っていたけど、まさかこれ程まで強かったなんて……」
「いや、簡単に勝てたのは、相性が良かっただけなんだ」
そう言うと、オーレリアが相づちを打つ。
「そういうことですか」
だが、大半が省略されたその言葉では理解できなかったのか、ユリナが聞き返す。
「どういうこと?」
「ソルト君は、技巧派の、しかもスピード型です。パワー型で、力任せな部分が多いアーニスでは歯が立たないのもしょうがないでしょう」
容赦ないその一言に、アーニスはショックを受けたようだ。
「そんなこと無いですよオーレリアさん!!俺だってちゃんと考えて戦ってますよ!!」
なぜかオーレリアと話すときだけ敬語になるアーニス。
「じゃあ聞きますけど、圧縮空気弾を撃つ基礎魔法を使った単純な罠とも呼べないような作戦に二度もはまったのはなぜですか?」
オーレリアが、優しく問いかける。……ぶっちゃけ、むちゃくちゃ怖い。
「そ、それは……」
そこで、今まで無言を貫いていた(おもしろがってみていた?)アテナが質問をとばす。
「あのとき、一度の詠唱で二つの魔法が発動したように見えたんだけど、それってどういうこと~?」
ばれないよう工夫したはずなのに簡単に見抜かれてしまったソルトは心の中だけで苦笑を漏らす。
「それって本当なのソルト君?」
「あんまり話したくないんだけど……話さないと駄目?」
「むしろ話さないという選択肢が君にあるのかな?」
満面の(脅迫じみた)笑みとともにユリナが聞いてくる。
今度は心の中だけではなく、実際に苦笑を浮かべながら話し始める。
「あれは、魔法の連続発動だよ」
「そんなことが出来るんですか?」
オーレリアの疑問がもっともだと言わんばかりにただ1人を除いて、うなずいている。
唯一アテナだけは、すべてを見透かしているような笑みを浮かべている。
確かにその疑問はもっともだ。現在の魔法学では、呪文一つで発動できる魔法は一つとなっている。並列展開しようとしても、処理が追いつかず魔法を失敗してしまうと言われている。
魔法を失敗してしまった場合、注いだ魔力が暴走し、重傷は免れない。
「答えは『YES』だ。呪文の単語一つ一つに意味があるのは知ってるだろ?」
「ええ。たとえば『ルーチェ』で『光』という意味があるとかのことでしょ?」
「単語一つ一つの意味にも、違う解釈の仕方があるんだ。たとえば、さっきユリナが『ルーチェ』の例を
出したけど、これには『希望』と言う意味もあるんだ。つまり、解釈によって違う意味になるのさ」
そう言うと、更に困惑した表情になったユリナが質問を重ねる。
「それでどうやって魔法を連続発動するの?」
「呪文に一見無駄と思える単語を付け足すことで、もう一つの解釈を生み出しているんだ。だから二つの魔法を連続発動させることが出来るんだ」
説明を終えると、ユリナ達が唖然としている。
「君ね、それって魔法史に残るほどの大発見なんじゃ……」
「そうか?」
ソルトがそう聞くと、ユリナ達は諦めたように首を振る。
「まだあって数時間ですけど、それ以上何か言っても無駄だと言うことはハッキリと解りました」
「そうね。多分こいつは馬鹿なのね」
「確かに。これ以上ソルトに何か言っても無駄かもね~」
ソルトはいつの間にか女性陣全員からの十字砲火を受けていた。
続いておそってきた沈黙が耐えきれなくなたところで、それまで沈黙を貫いていたアーニスが声を発した。
「確かにアンタは俺よりも強ぇ。だが、次こそはオレが勝つ!!」
次があると思えるだけで、お前は幸せだよ。
ソルトは、力強いその宣言を聞いて密かにこう思ってた。
そこで、気持ちを切り替えるようにユリナが言う。
「なんかハプニングもあったけど、砥石採取に向かいますか!」
「おおぉ!!」
……そんな光景を、ガラスの向こう側の出来事のように見ている自分がいることに、ソルトはまだ気付いていなかった。