第三十八節 出会いの追憶 1
ひさしぶりです!
本格的に受験が迫っているので、ごくまれにしか更新できませんがどうかよろしくお願いします!
「ソーマ君…………」
ユリナのつぶやきが静かな部屋の中に響く。
彼女のパーティーメンバーが全員集まっていた。
すでに、ソルトのことは知らせたあとであり、何とも言えない沈黙が部屋の中に居座っていた。
ユリナは、別れ際のソルトの姿をもう一度思い出す。
彼の瞳は、紅に染まっていた。別れ際に、言った彼の言葉はこれまで一度も聞いたことがないほど抑揚がない冷たい声で、彼の瞳は出会ったときと同じように、深い闇を宿していた。
「ソルト君、始めてあった時みたいだった」
「やっぱり、何かあったと考えるべきでしょうね」
魔眼のこと以外に、と言う言葉が省略されたオーレリアのつぶやきに、一同が同意を示す。
この前の戦いの功績で、『黒閃』や、『孤狼』などの通り名で英雄視され始めている彼が、魔眼の持ち主だという噂が広まったらおそらく彼の名は一気に恐怖の対象へと変わってしまうだろう。
連絡を取れなくなったことで、縮んでいた、縮んでいると思っていた距離は、絶望的な程までに開いていたと言うことを思い知らされた。
千の言葉を詰んでも、億の感謝を彼に示しても、幾千もの戦いの中で完全に焼けた彼の心を癒すことはおろか、届くことさえかなわない。
自分たちの知らない場所で起きた出来事が、彼との関係すべてを白紙に戻してしまったと思えるほど、今の状況はどうしようもなかった。
「あの野郎、何も言わずに出て行きやがって……」
「まぁ、しょうがないんじゃないかな~、ソルトにも色々有ると思うし」
「確かに、どうすればいいのかすら解りませんね」
みんなが、口々に今の状況の悪さを口にする。それが、更に場の雰囲気を悪くした。
そこで突然、オーレリアが切り出す。
「ひとつ気になったのですが、ユリナさんと初めてあったときのソルトさんって、どんな感じだったんですか?」
「誰にも頼らず、1人だけで何でもこなしてたかな。そう、まるで………………」
*-*-*
小さい頃、ユリナは一度だけ竜巻という物を見たことがあった。
すべてを吹き散らす苛烈な大気の渦に、大きな恐怖を抱いたものだ。母の手を握り、竜巻から少しでも遠ざかろうと必死に走った記憶が蘇る。
いま、迷宮の奥地であのときと同じ苛烈な竜巻の如き乱舞を見ていた。
その中心である1人の男は、人骨型の魔物と戦っていた。
魔物の攻撃を紙一重でかわし、右手に握った薄く蒼い光を放つ剣を神速としか言いようがない速度で振り抜く。
一振りで、魔物が一体以上必ず散っていったその光景は、乱舞としか表現のしようがないと言えるほどの物だと思えた。
恐ろしい戦慄が全身を駆けめぐり、ただその光景を見ていることしかユリナには出来なかった。
男の剣が蒼き輝きを強め振り抜かれると、蒼き焔が残る魔物を跡形もなく燃やし尽くした。
魔物を圧倒しているように見えていた男も、さすがに今の戦闘は精神的に疲れが来るらしく近くの段差にうつむくようにして座っている。
突然、ユリナはその男、否少年に声をかけてみたいと思った。
何故なのかは解らないが、戦闘中に一瞬だけ見えた眼は、月の出ていない夜のように暗く、何も映していないかのようなその眼に、何故か強く惹かれた。
それに、さっきの戦闘で少し気になる部分があったのだ。それも聞いてみたかった。
意を決し、確かな歩みで少年へと近づいていく。
向こうもこちらに気づいたようで、こちらを見ている瞳がさっさと立ち去れと言っていた。
その目を見てわずかにひるんでしまったが、どうにか話しかける。
「今のは撤退するべきじゃないかな。1人で相手をするには敵の数が多すぎたよ」
夜のような瞳がまっすぐにユリナを見据えていた。
だが、すぐにその瞳は興味がないという風に下を向いた。数十秒が過ぎ、これは無視されたかなと思い始めたところでポツリと答えが返ってくる。
「実際に殲滅できたんだ。別にアンタが口を出すことじゃないだろ」
「……そんなんじゃ、いつか死ぬわよ」
ユリナがそう言った瞬間、ギリッと歯を噛みしめる音が聞こえる。そして、これ以上ないほどの感情が込められたセリフが少年の歯の隙間から漏れてきた。
「こんな救いようのない絶望があふれている世界で生きることに、どんな意味があるんだ」
彼の心の闇の一端を見たような気がして、何も言えなくなる。それに、と少年のセリフが続いた。
「人間はどうせいつか死ぬんだ、生きてるときに何を成し遂げようと、死んだあとに残る物は何もないんだよ。なら、逃げて生き残るより戦って死んだ方がマシだ。」
その言葉に詰まっている物の重さに圧倒されて、一言も発せなくなる。
「このあたりにはまだ魔物が残ってる、俺が狩るから邪魔するなよ」
そう言って、少年はきびすを返して歩き去っていく、が、突如彼のからだがふらつき、壁により掛かる。
「そんな体で戦えるわけないでしょ! いったん拠点に戻らないと」
「この程度ならまだ……っ!?」
そう言いながら歩き出そうとして、ぐらりと揺れ地面に片膝を付く。
「そんな体で大丈夫なわけないわよ!」
叫び声が反響する。その音に混じって、規則的な堅い物がはねているような音が聞こえた気がした。
「…………チッ!」
突然、少年が舌打ちとともにしゃがんだまま剣を抜いた。
反射的に身構えてしまったが、どうやらユリナに対してではないようで、その眼はまっすぐに廊下のように一本道である迷宮の暗闇をにらみ続けている。
規則的に聞こえてくる音が、段々大きくなったと思うと突然やんだ。
不気味な静けさが数秒続いたあと、突如闇の中から鈍色の玉が飛び出してくる。そして、神速の斬撃がそれを弾き、後方の闇へと消えていった。
微かに見えた影から、魔物の正体を分析する。名前は思い出せないが、鈍色の鋼で覆われたアルマジロのような姿をしている魔物だ。
大きさは丸まった状態で直径60cmほどで、このフロアでは弱い魔物だ。
その外殻は異常なほど堅いが、少年の人骨型野間物との戦闘で見た技量から考えると、一撃で倒せて当たり前の魔物だ。
だが、疲労で重心が定まらず、キレの落ちた斬撃では倒せないのも無理はないだろう。
そこまで考えたところで、少年を街へ戻らせる案が天恵のように突如閃いた。
左手に装備している盾を構え、腰から短剣を抜く。魔力を込めると、短剣は両手剣へと変わったが、肉体強化をしているため、軽々と持つことが出来る。
軽く振り返ると、邪魔をするなとでも言うように少年がにらんでいたが、無視した。
カーン、カーンと規則的な音がまた大きくなってくる。
ひたすら闇をにらみ続ける。刹那、闇の中から鈍色の玉が飛び出してきたが、それを左手の盾で壁の方へと叩くようにして弾き、更に魔力を込めた右手の剣をたたきつける。
大切断と呼ばれる魔法を併用した剣技により、魔物は壁ごと真っ二つに切り裂かれた。
ゆっくりと振り返り、渾身のドヤ顔と共に用意していたセリフを放つ。
「こんな雑魚に手間取る君は、一度出直した方がいいんじゃないかな?」
その時、出会って初めて少年の顔に人間らしい感情が、悔しさがにじみ出していた。
何故この少年にこんなにも構っているのか解らなかったが、どうやら街に返すことは成功しそうである。




