第三十七節 龍の子と新しい旅立ち
しばらく更新できなくてごめんなさい、親から進学校の受験を白と言われているのもあり、これから受験勉強が忙しくなるので、更新が遅くなります。ごめんなさい
シルフの村では、天龍を倒した事を祝い祭りが催されていた。ソルトは村の英雄としてさっきまで賞賛を雨の如く村人達から受けていたが、今は1人になりたいと言って村の外れに来ていた。辺りはすでに暗闇に沈み、宴の音もここまでは届かず風が草木を揺らす音だけが響いている。
ふと、先ほどよりも少しだけ強い風が吹き、気のさざめく音がひときわ強く鳴る。風が収まったときには一つの気配がそこにいた。
「……まだ生きてたのか…………」
≪龍はあの程度では死なぬ…………が、さすがにしばらくは動けまい≫
振り返ると、淡い輝きを振りまく銀髪の少年がいた。戦っていたときに感じていた怒りはすでに消え、心地よい静けさが戻ったソルトの思考には、戦闘態勢を取る必要すら感じていなかった。
少年の姿をした龍からも、嵐が去った後のような穏やかさが漂ってきている。この場で二人は対等な存在であった。
「何の用だ、再戦というわけじゃないんだろ?」
≪無論、戦う気など無い。我がここに来たのは貴様に頼みがあるからだ≫
「頼み? お前を殺そうとした俺にか?」
この言葉にはソルトもかなり驚かされた。いくらお互いに戦う理由が無くなったとしても、一度戦った相手に頼み事など、普通はあり得ないことだからだ。
≪むしろ、シルフ族の助力を仰いだとはいえ、我と対等に戦える貴様だからこそ頼める事だ≫
「……それで、その頼み事ってのはなんだ?」
ソルトがそう聞くと、龍はわずかに間をおく。妙な静けさが辺りを覆っていた。
≪貴様に、我が娘を預かって欲しい≫
「………………………………は?」
ソルトは、衝撃のあまり思考能力が極限まで下がり、状況を飲み込めなかった。ムスメヲアズカッテホシイ? 何を言っているんだろうこいつは? ほぼ停止状態にある脳をどうにか動かし、やっとの事で返答することに彼は成功した。
「…………子竜を俺に預かれと?」
≪いや、人間の子だ≫
龍に聞きたいことはこれでもかと言うほどあったが、その中で一番疑問に思ったことを聞いてみる。
「なぜ、俺なんだ?」
これは彼が心の底から疑問に思ったことだ。自分の配下の魔物に任せず、死闘を繰り広げた相手である自分に自らの子供を預けるという事を、彼は理解できなかった。
≪貴様なら、安心して我の子を預けることが出来る。人間の子を1人守るくらい朝飯前だろう?≫
「……天龍が親ばかだったなんて知らなかったな…………」
ソルトが冗談めかしていうと、龍は軽く笑った。
≪どんな種族でも、自らの子は可愛い物だ。それはたとえ龍であっても変わらん≫
「……わかった、引き受けよう」
ソルトがそう言うと龍が安堵したように軽く天を仰いだ。本気で娘のことが心配だったんだろう。
「……だから、一つだけ質問に答えてくれ」
≪…………質問は?≫
「なぜ、生け贄を必要としていたんだ」
≪………………解らぬ≫
「……は……………………?」
訳が分からなかった。自分で生け贄を捧げろと言っておいて、なぜ必要としていたのか解らない? ソルトの中の怒りが新たな燃料を与えられて再燃焼を始めかけた。
≪いや、違うか。我は生け贄など一度も捧げさせていない≫
「……契約と言ったのはお前だろ」
≪先ほど自らに感知魔法をかけた結果、我には幻術が、いや、生け贄を捧げさせるという過去がすり込まれていた。おそらく村人達も同様だろう≫
龍の記憶を築かれずに改竄できるほどの魔術師が、この大陸に一体何人いるだろうか? 大陸最高峰の魔術師である四大賢者には可能だろうが、それ以外に可能な者がいつとは思えない。それよりも、何のために?
いくつもの疑問が彼の頭を巡った。しかし、それよりも先に確認すべき事は…………。
「じゃあ、村人達には1人たりとも手を出していないんだな?」
≪無論、そんなことなどしていない≫
その言葉を聞いたソルトは心の底から安堵した。しかし、龍は微かに緊張しているようであった。
≪ひとつ、警告しておこう。我に魔法をかけた者は、おそらく貴様を狙っているだろう≫
「どうしてそんなことが言える」
≪もし我を狙っていたとしたら、記憶の改竄などをする意味がないだろう。村人達を狙っていたとしても同様だ、最初から我に抵抗させればいい≫
「俺の心配か?」
≪馬鹿を言うな、貴様が狙われることで娘に危害が及ばぬように忠告しているだけだ≫
その言葉を聞いて、ソルトは、あはは、と軽く笑う。自分の意見を隠さず直球で来るこの龍とは、巧くやって行けそうだった。
「気をつけるよ。で、さっきの話に戻るが、お前の娘さんは明日から離れたところで合流したい。龍の娘なんて事がばれたらめんどくさいことになりそうだからな」
≪いいだろう。……最後に少しだけサービスをしてやろう≫
「…………?」
龍はそう言うと、片手をこちらに向けた薄い緑色の光がソルトに降りかかり、激闘の疲れがもたらす倦怠感がウソのように消え去り、いつもより調子がいいとさえ思えた。
「これは…………?」
≪竜王の加護だ。我は天龍の名とともに竜王の名も冠する。今までよりも強力な魔法が使えるはずだ≫
「そうか、ありがとな」
≪礼には及ばん、我が娘を託したぞ≫
それだけを言うと、龍は銀光とともに消え去った。再び、辺りを何とも言えない静寂が満たす。風が吹き荒れる中ソルトはわずかに天を仰いだ。
明日はこの村を去る、そう決意を固めた。
*-*-*
次の日に朝、ソルトはシルフ族の、村を出発した。ダルカスやシルフィア、そして村人達はまだ滞在するように勧めたが、それを丁寧に断った時の彼らの顔は、残念そうだったが、それでも最後は気持ちよく送り出してくれた。
村の英雄、などと呼ばれたときは照れくさかったが、悪い気はしなかった。
そして、今目の前にこれから守るべき少女がいる。
つやのある長い黒髪が印象的で、頭の上には白い羽毛で覆われた幼竜が乗っていた。おそらく親ばかの天龍が護衛と、寂しくないように付けてやったのだろう。
ソルトは、やさし問いかけた。
「……名前は?」
「…………ニルヴィーナと言います……」
まだ警戒しているのか、軽くうつむきながら消え入りそうな小さな声で少女は答えた。
「そうか……君のことを、ニルって呼んで言いかい?」
こっくりと少女がうなずく。それで十分だった。これから少しずつ、心を開いてもらえばいいのだから。
「じゃあ、行こうか」
そう言って、二人は歩き始めた。ダルカスから聞いたもう一つのエルフ、アルフ族の村に向けて……。
*-*-*
森の中をゆっくり歩いていく二つの影を見ている男がいた。
「余計なことをしてくれましたね」
後ろから、声が聞こえる。ゆっくりと男が振り返ると、白髪の少年が立っていた。
「シオン君か、余計なこととはどういう意味だね?」
「貴方が、龍と兄を争わせたのでしょう? 確かに貴方とは手を組んでいますが、兄は僕の獲物だ、邪魔しないでいただきたい」
それを聞いた男は、心外だという風に笑い、わざとらしい大げさな素振りを返す。
「それは済まなかったな、以後気をつけよう」
二人の間に、妙な緊張感が走る。しばらくにらみ合っていたが、シオンが先に折れた。
「まあいいでしょう。これからはこのようなまねは控えていただきたい」
「善処しよう」
男がそう答えると、シオンが消える。
「思念体か」
つぶやきながら、男も消えた。同じく思念体だったのである。後には、何も残っていなかった。
これで、第一章が終わります。しばらく間章に入るので、よろしくお願いします。




