第三十四節 逆襲の火ぶた
白銀に輝く龍の姿を見て、ソルトは絶句してしまっていた。しかし、通信魔法によって伝えられたダルカスの声が彼を現実に引き戻した。
『何があった! 龍の魔力が変化したようじゃが、無事か!?」
「ああ、無事だ…………」
ソルトの声の微妙な変化を読み取ったのか、ダルカスがもう一度聞いてくる。
「何があった?」
「……天龍だ…………」
「……何じゃと?」
「俺たちが戦っていたのは黒龍じゃなくて、天龍だ。やつは、初めて本気を出したんだ」
ダルカスの通信越しに伝わってくる気配から動揺が読み取れる。おそらく、彼が戦ったときはそんな変化など無かったのだろう。これで、成功率は1%を切ったことは間違いない。
ソルトは作戦通りに事が進めば、勝利する可能性が有るとふんでいたが、それは大きな誤算だった。絶望に包まれかけている彼とは対照的に、ダルカスの声はこわばってはいたものの、決して悲観してはいなかった。彼はまだ、諦めていないのだ。
「……どうすればいい」
「……何だって」
「どうすればいいのじゃと聞いておるのだ! わしに諦めるなと言ったのは誰じゃ! 貴様じゃろが、その張本人がこれしきのことで諦めるな! 指示を出せ、わしらは勝利を信じてその指示を実行しよう」
彼の言うとおりだと、ソルトは思った。諦めるなと人に言っておいて、自分が真っ先に諦めていたのでは言い笑い物だ。彼は思考を全開で動かす。幸いなことに、覚醒の余韻の所為か、天龍はまだ動こうとはしない。
天龍が司る属性は天候と焔であり、当初の作戦はそのまま行かせるはずだ。つまり…………。
「族長、魔法陣は完成しているか!?」
『ああ、すでに完成しておる。じゃからいつでもいいぞ』
「じゃあ、支援部隊の半分に今使える最上級の大規模火炎魔法を用意させてくれ! 残り半分の部隊は当初の計画通りで良い!」
『? なぜじゃ、龍に炎はあまり効かないはずじゃが……』
「いいから早くしてくれ! あと、魔法で上昇気流を作ってくれ。頼む!!」
『しかし誰が魔法陣を発動させるのじゃ? こちらにはもう人員がおらんぞ』
「俺がする! なるべく時間を稼ぐから早くしてくれ!」
『わかった! すぐに手配しよう』
それだけで、通信は切れた。見計らったように龍の声が聞こえる。
≪これで、貴様等の勝機は潰えた。もう、貴様等に我を止めることはかなわぬ≫
「さあ、どうかな? 人間やシルフを舐めてると痛い目を見るかもよ」
≪ほざけ、下等生物が!≫
激昂の声とともに挨拶代わりの落雷が辺りに降り注ぐ。ねらいは定めていないらしく落ち方はまだらだが、一撃一撃が必殺の威力を秘めていた。
ソルトは辺りを縦横無尽に駆けめぐりそれを回避する。空を見てみると、嵐の予兆であるかのように雲が空を覆い尽くし、天龍を中心として渦を巻いていた。それを見て彼は不敵な笑いを漏らす。
「これはラッキーだ。敵さんがわざわざ条件をそろえてくれるなんて出来すぎだ」
少しずつ、勝機が見え始めていた。だがそれは、真っ暗な闇に差し込む針穴ほどの太さの光のような物で、常人なら絶望してもおかしくない。否、絶望してしまうだろう。
しかし、それを彼の信念は許さない。己が仲間と定めた物を守るために、彼は剣を振るう。
≪ちょこまかと小賢しい、吹き飛ばしてくれる!≫
龍が前と同じように、首を弓なりにしならせ、ブレスを放つ。だが、はき出されたのは紅蓮に煌めく焔ではなく、蒼き輝きを帯びた電撃だった。
「…………くそっ! 六重干渉結界!!」
実体を持たないエネルギーに対して有効な干渉結界を自分の周りに六枚ほど張り巡らせる。刹那、雷撃と結界が衝突し、莫大な閃光となって雷が散る。視界が塗りつぶされ、何も見えなくなる。
「………………なッ!?」
視力が回復したときソルトは絶句した。実体を持たない攻撃に対して絶対的な防御力を誇るはずの六重の干渉結界のうち、四枚が完全に吹き飛び、5枚目もかろうじて残っているほどで、実際の所残り一枚の、まさに薄皮一枚のところで助かった事実に凄まじい悪寒を覚えた。
『またせたな、仕掛けが完成した! いつでもいいぞ』
待ちわびた報告が来た。
「わかった!」
それだけを答えるのと当たりの土煙がはれるのはほぼ同時だった。龍の眼は相変わらずこちらを向いており、ソルトがブレスを耐えきったことに少なからず衝撃を受けているようだったが、その瞳は自らの勝利を信じて疑っていなかった。
(その自信、俺達が根本から崩してやるよ………………)
彼が地面に手を付けると、辺りに大量の魔法陣が浮かび上がる。そのすべてから火球が発射され龍に炸裂する。
「こいよ! 俺がテメェを空からたたき落としてやる!!」
力強い宣言とともに、彼らの逆襲は始まった。
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