第三十二節 龍との激突
俺は熱くなっていく気持ちを背景にしながら思考は冷却されていた。古龍を倒すと言ったのはいいものの、いくら『殲滅眼』があると言っても大精霊に匹敵する力を持つ古龍をたかが人間が倒せるわけがない。
結論から言うと、小細工を使うしかなかった。おそらく敵は自分の実力を疑いなどしていないだろう。つけいる隙はそこにこそ有るはずだ。幸いこの村は大きく、シルフィアが龍の所へたどり着くのにはあと15分は有るはずだ。その間に出来ることをやらなければならない。
策略を巡らせながら屋根の上を跳ねるように移動していると、隣に風を纏った小鳥が現れる。おそらく、精霊や式神の類だろう。その式神からしわがれた声が響く。その声は、間違いなく族長ダルカスの物だった。
『おぬしに……協力しよう』
「えっ!?」
思いがけない提案に、思考が一瞬停止する。なぜ今更? と思う気持ちもないことはなかったが、これで希望の光が薄くだが見えてきた事を実感した。
「……信用していいのか?」
『ふん、貴様が勝手に古龍の怒りを買いわしらシルフ族が壊滅せられては意味がない。故に貴様に協力するだけじゃ。断じて貴様の言葉で情に流されたわけではないわ』
どうやら信用していいと俺は思った。この族長なら、シルフ族の危機に立ち上がらないはずがないし、おそらくシルフィアを犠牲にすることにも、今まで様々な少女を犠牲にしてきたことも悔やんでいるのだろう。
「わかった。じゃあ作戦を伝える。シルフ族には古龍の所にシルフィアがたどり着くのが遅くなるように時間稼ぎと…………………………………………」
俺はいま最上と思える作戦を伝えた。式神の雰囲気からは、驚きが伝わってきたが、異論はないようだ。返事の声もさっきより張りがあり、活気に満ちている。
『わかった。そうするように手配しよう。じゃが、本当に援護はそれだけでいいのか?』
「ああ、俺はこの程度のことが出来なければどうせ未来なんかないからな」
その言葉を言い終えるとほぼ同時に式神も消えた。俺は作戦の準備をするために村の外へと向かう。この村の命運を賭けた戦いが始まろうとしていた。
*-*-*
シルフィアは、ついに古龍の前まできていた。圧倒的な威圧感をもたらす眼が彼女を捉えて話さない。もう、死ぬのだと実感していた。
≪お前が我に捧げられし生け贄か≫
脳に直接響くような声がこだます。
「はい」
古龍がシルフィアを喰らおうと――正確にはシルフィアの体内の膨大な魔力を喰らおうとかおを近づける。
――ソルトさん!!
恐怖のあまり心の中でそう叫んでいた。だが、決して口には出さない。この龍の気に触れただけでこの村は消し飛ぶのだから。
だが、その間に割り込む影がいた。黒のコートで右手に蒼炎のような光を放つ剣を携えた黒髪の少年は、わずかに顔だけで振り返りシルフィアに話しかけてきた。
「大丈夫か、シルフィア」
シルフィアは凄まじい安堵で、座り込みそうになったがすぐに我に返り、ソルトを問い詰めた。
「どうして、どうしてここに来たんですかソルトさん! わたしが犠牲にならないとこの村がかいめ………………ってなにするんですか!?」
台詞の途中でソルトが頭をポンポンとなでてきたので、からかわれていると思いシルフィアは大声で叫んだ。だが、ソルトが次にはなった言葉を聞いた瞬間、息をのんだ。
「大丈夫だ、シルフィア。君は俺が守るから」
それだけを言うと、ソルトは古龍を見据えた。龍が余裕のたたずまいを崩さぬまま聞いてくる。
≪貴様、この場に何をしに来た≫
「きまってるだろ、この子を助けに来たんだ」
≪ハハハハハ、矮小なニンゲンが、我にたてつこうとしているのか? 面白い、面白いぞ!≫
だが、龍の瞳はすぐに怒りをともし始める。
≪だが気に入らぬ。我と遊技をニンゲン如きが出来るとはとうてい思わぬ。片腹痛いわ≫
「翼が付いただけのトカゲが何をほざいている」
≪黙れ!!≫
ソルトの挑発に激怒した龍が劫火のブレスを放つ。紅蓮の煌めきがソルトに届きそうになった瞬間、ソルトが右手に持っていた剣を閃かせた。
「ソルトさん!!」
思わずシルフィアは悲痛な叫びを上げてしまった。あんな細い剣で防ぎきれるわけがない、そう思った。だが、土煙がはれてくると、人影が見えた。刹那、土煙の中からいくつもの火球が飛び出し、龍に炸裂した。
≪何っ!?≫
「だから、大丈夫って言っただろ?」
そう言って顔だけ少し振り返っていた彼は不敵な顔で笑った。だが、シルフィアの意識は彼の右目が鮮血のような赤に染まっていたことに集中していた。




