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孤高の魔術士  作者: 雪の里
第一章 『少年の決意』
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第三十一節 誰よりも強い決意を……

 辺りに悲鳴が響き渡る。俺は一瞬で思考を戦闘時の物に切り替え、屋根の上に飛び乗り一生忘れられないであろう光景を見た。


「何だよ……アレ」


 俺の視線の先には、『古龍』がいた。体長は30mを軽く超え、漆黒の龍鱗が体を覆っている。翼は使わず、理解することが出来ないほどの上位魔法によって宙に浮いている。その姿を見ただけで足がすくんで動けなくなりそうだ。


 その時、古龍が声を発した。音による会話ではなく、魔法によって頭に直接言葉を届ける念話で語りかけてきた。


≪遙かなる太古からの契約通り、生け贄を捧げろ、シルフ族のおさよ≫


 契約? どういう事だ。あらゆる疑問がわいてきたが、思考の空白を生んでいる時間などあるはずもなく、シルフィアに声をかける。


「シルフィア、早く逃げろ!」


 だが、シルフィアは動かない。それどころか古龍の方へ歩みを進めていく。俺は慌てて引き留めた。


「おい、どこに行くつもりだ! はやく避難を……」


 だが、その言葉は振り返ったシルフィアの表情を見たことで絶句に変わった。悲しみと、絶望と、決意に染まったその表情を。


「ソルトさん、ごめんなさい。わたしは、逃げてはいけないんです」


「どう……してだ…………?」


 かすれた声でそう返す。本能が、その先を聞くことを拒んでいた。理性はなぜ拒んでいるのかも知らず、残酷なその答えを聞いてしまった。



「わたしが……生け贄だからです」


「……え……………………?」


 シルフィアが、生け贄? 訳が分からなかった。彼女が何を言っているのか理解できない、理解するのを自らのすべてが拒んでいた。


 ソルトの思考がまとまるのを待たず、シルフィアは別れを告げる。


「ソルトさん、あなたは逃げて下さい。大切な仲間を守るために、生きなければならないのでしょう?」


「俺は………………」


「わたしは、大丈夫です。ソルトさん、さようなら」


 それだけを言うと、彼女は古龍の方へ歩いていった。狭まった視界は、彼女の手が震えているのを捉えていた。


「俺は…………彼女を守る!」


 彼女だって、俺にとってはもうつながりのある人なのだ。決して、見捨てはしない。そう決意した俺は、シルフィアの方ではなく別の方角へ全力で走り出す。


 限界を超え、身体強化魔法を駆使して族長の所へたどり着く。その姿を見つけた瞬間、俺は我を見失っていた。


「おい、テメェ、シルフィアが生け贄だってのはどういう事だ!?」


 胸ぐらをつかみ、声を荒げる。怒りのあまり口調さえいつもと違っていた。


「他種族が口を出すことではない」


 帰ってきたのは、ハッキリとした拒絶。しかし、その拒絶が俺の怒りを煽った。


「なんで、なんであいつが生け贄なんだ! なんで生け贄なんかが必要なんだよ!?」


 納得なんか、出来るはずがなかった。族長に更に詰め寄ると、俺の気迫に押されたのか訳を少しずつ話し始めた。


「わしらシルフ族は遙か昔、かの龍に村を襲われ、滅びかけた。しかし、年に一度村の優秀な魔力を持つ娘を生け贄に捧げることで壊滅を免れた。そして、今もその契約が続いている、それだけじゃ」


「ふざけんなよ、そんなんで、そんな理由であいつは死ぬのか!」


「シルフ族を守るためには、仕方がないことなんじゃ」


「女の子1人満足に守れないで、シルフ族を守れんのかよ」


 吐き捨てるように俺が言うと、族長が俺の手を払い、逆に胸ぐらをつかんできた。


「貴様のような若造に何が解る! わしらだって抵抗した、必死に、死にものぐるいであの龍を討伐しようと死力を尽くした! その結果がこれじゃ!!」


 急に押されたことでよろけてしまい、尻餅をついてしまった。顔を上げ、上着を脱いだ族長の上半身を見て、俺は絶句した。左腕は肩の付け根から無く、体の至る所に一生消えることがないであろう古傷が刻まれていた。


「討伐隊はわしを残して全滅し、龍の怒りを買ったことで村は壊滅しかけた。これが現実じゃ!! わかったか若造!!」


 その傷は、龍の強さを物語っていた。だが、それでも俺は………………。


「わかんねぇよ」


「……なんじゃと」


「わかんねぇって言ってんだよ!! テメェ等の事情なんか俺は知らない。でも、それがあいつを見捨てて言い理由になるのか!? ならねぇだろ!」


 誰もやらないのなら……。俺はそう考えていた。


「テメェ等がやらないんだったら俺がやる。俺が古龍をぶっ殺してやる!!」


 俺はそれだけを吐き捨てると、建物の屋根に向かって跳躍した。後ろから、制止の声が聞こえる。俺はその制止を無視して駆ける。シルフィアを、俺に立派だと、胸を張れと言ってくれた少女を助けるために。

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