第三十節 予兆
俺は、凄まじい安堵にその場に座り込みたくなるのを必死にこらえていた。そんなことをしたら、格好悪いことこのうえない。それだけ、ダルカスの眼力は凄まじいものだった。
「良かったですね、ソルトさん」
「ああ、ありがとうシルフィア。これからもよろしく」
よろしくお願いします。と、シルフィアが礼儀正しく返答してくるのをぼんやりと聞きながら、思考は取り留めのないことを考えていた。
この村は、この種族は平和だ……。
辺りを見渡しても、暗く沈んでいる人や、ケンカをしている者たちなど1人もいない。これが人間の村なら怪しすぎるのだが、温厚なこの種族からしたら同種で争い事ばかり人間の方が信じられないのだろう。いや、シルフィアの顔に、凄惨な影が入り込んでいた。
「シルフィア、どうかしたのか?」
「えっ? いえ、何でもないです」
その顔からは影が消えていた。勘違いだったのだろうか? そこで族長が俺の思考を遮るようなタイミングで言葉をつなげる。
「シルフィア、お前はソルト君に村を案内してあげなさい」
ダルカスが柔和な笑みを浮かべながら言う。シルフィアは元気に返事をした後俺の手を取って引っ張っていく。意外に活発な性格のようだ。
*-*-*
シルフィアは、内心激しく狼狽していた。今日の自分はどうしてしまったのだろうか? 普段なら男性、それも異種族の者の手を自分から取って引っ張っていくなど考えられないことだった。
おそらく自分の顔は耳まで真っ赤に染まっていることだろう。ソルトがどうかしたのか? などど聞いて来るものだから余計に恥ずかしさに火が付く。穴があったら飛び込みたいどころか自分で掘って入りたいほどだ。
恥ずかしさを隠すために(真っ赤になった顔を見られないために)早足で進んでいく。取りあえず、雑貨屋から武具屋などから案内することにした。
案内している間も何気ない話が続く。いつになく幸せな気分だった。
「そういえばソルトさんは、どうして盾を持たないんですか?」
森で戦っている所を見たときから疑問だった。片手剣は、一撃の威力を犠牲にして機動力と盾をもてるという安全性が長所のはずだ。
「いや、ただ盾を持っていない方が早く動ける。仲間の危機を救えるかも知れないだろ?」
「ソルトさんは優しいんですね。……ソルトさんにとって、仲間ってなんですか?」
ふと思いついた疑問だった。それだけだったのに、いつになく真摯な眼をソルトはしていた。
「君は、世界は何かと問われたとき、何を思い浮かべる?」
質問を質問で返され、思考が混乱する。
「俺には知り合いの、仲間の、親しくしている人の顔が思い浮かぶ。俺は、世界よりも目の前の物を優先してしまう」
この少年にとって、世界とは大陸全土ではなく、目の前の光景なのだ。
「俺は戦争で知らない人間が何人死のうと涙を流すことの出来ないんだ。多分、人間としては失格なんだろうな」
ソルトが初めて見せた自嘲気味の弱々しい笑みが、世界の理不尽さに怒る無力な少年を連想させた。
なんて悲しい人なんだろう。私はそう思った。この人――否この少年は優しすぎるが故に、目の前の理不尽な光景を割り切ることが出来ないのだろう。だから、他人を犠牲にするくらいなら自分の命を差し出す、彼は誰よりも強く、誰よりも弱いのだ。
「ごめん、場違いなことだったよ」
沈痛の色を必死に隠しながら告げた少年を、私は気がついたら抱きしめていた。
「シルフィア…………?」
「あなたは、誰よりも立派です。だから、胸を張っていて下さい」
長い、長い沈黙が流れる。ソルトがぽつりと声を漏らした。
「君に慰められちゃったな、ありがとう」
優しさと悲しみが同居した笑顔に、思わず見とれてしまう。が、ソルトが楽しいいたずらを思いついた少年のように笑う。
「……で、この状況は色々と誤解を生むと思うけど、そこんとこどう?」
言われて自分の状況を思い返す。抱き合っている同年代くらいの少年少女、誤解を生むには十分すぎる状況だった。
弾かれるように飛び退き、この状況をどうにかするために言葉を探す。
「いや!……その!…………」
結局恥ずかしさのあまりうつむいてしまう。眼だけでソルトを伺ってみると、いたずらの成功した少年そのものの笑みを浮かべていた。
抗議の声を上げようとした瞬間、辺りに絶叫がこだます。それは紛れのない悲鳴だった。
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まぁ、こうした方がいいとかこういうキャラが欲しいとかのアドバイスもいただけると、嬉しいです!!
では次回! (異能と竜と学園生活もよろしくお願いします)




