第二節 思わぬ模擬戦
なんなんだコレは!? ここの中で絶叫する。
さっきまで、久しぶりの街の空気に、思わず顔がほころんでいたが、目の前の光景を見た途端、驚愕へと表情が変わったのを実感した。
今日はユリナとに、模擬戦の約束があるため、さっさと身支度をすませ、街の外れまで来たところまで
は良かった。
だが、何故かそこにはたくさんの人垣が出来、勝敗を予測する賭博までもが行われている。
そこで、同じようにその光景に飲まれている人物を発見し、加速魔法まで使って、一瞬でそいつの所ま
で移動する。
「あ、ソルト君、おはよ……」
最後まで言わせず、質問をぶつける。
「おい!!、これはどういう事なんだ!?」
「いや……それが私にも良くわかんないんだ。ここに来たら、最初からこんなに人がいたから、私も何が何だかわからなくて……」
怒りが臨界点に達して怒鳴ろうとしたが、測ったようなタイミングで別の声が割り込んできた。
「いやいや、ゴメンねぇ。観客を呼んだのは、あたしなんだ」
そちらを向くと、どう見ても12歳くらいにしか見えない、と言った容姿の少女が立っていた。
ユリナのパーティーの一員で、最も見たくなかった顔だ。
「エミリア、これはどういう事?」
ユリナがそう言うと、少女――アテナが、人の悪そうな笑みを浮かべて言う。
「だって、かの有名な『四大騎士』の1人、『聖騎士』の称号を持つユリナと、『黒閃の魔法剣士』ソルトの戦いだよ?金を払ってでも見たいって人はたくさんいるんだよ。入場料だけで54万シルドも儲かったんだ! 凄いでしょ!!」
褒めろとばかりにアンテナのように立っている髪をピコピコ動かしている彼女を見て、このときソルトは後で10万シルドはぶんどってやると心に誓った。どうせ、こんなにも観客が集まっている状況で模擬戦はしません、と言ったら、不満爆発だろう。
「じゃあ、試合は後どれくらいで始まることになってるんだ?」
「後30分くらいだよ~。まぁ、面白い試合になるように頑張って!」
「ちょっとまってよ、私は静かに試合がしたかったのに、コレじゃ集中できないわよ!!」
いつもより強めの口調でユリナがエミリアを言及する。
俺的には、こんな展開も面白いかな~。なんて諦め90%くらいで思っていたのだが、ユリナはこの状況
をどうにかしようと無駄な努力をしているらしい。
そんなことを考えている間にも、抵抗は続いていたらしく、ついにエミリアが折れた。
「そんなにイヤならちゃんと報酬も払うよ。そうだね~、3万シルドで手を打ってくれない?」
「そんな問題じゃ……」
ソルトはこのままではいつまでも終わりそうにないので、仲介にはいる。……俺も被害者なのに、と思いながら。
「まぁまぁ、どっちにしろこの状況じゃ、もう後戻りは出来ないだろ」
「それそうだけど……」
渋々といった様子でユリナが了承する。それを見たあとソルトはエミリアを見た。
「あと、報酬は最低でも10万シルドだ」
「まったく、強欲だなぁ~」
それはお前だよ! と心の中で絶叫する。人を馬鹿にするのも対外にして欲しいものだ。
「ん~、まぁしょうがないか。ソル坊に免じてそれでいいよ~」
その返事を聞いて、ようやく一段落が付いた。
「試合が始まるから、さっさと準備しようぜ」
二人がうなずくのを確認してから観客の輪の中を通り、戦いの場に向かう。
*-*-*
「……」
観客の輪の中央で、二人は対峙していた。鞘に手をかけ、剣を抜き出す。
シャラン。と言う綺麗な音とともに、純白の剣身が現れる。
向かい側では、ユリナが青銅の両手剣を片手で持ちソルトを見ている。どちらとも完全に戦闘モードに入っていた。
このままでは、相手を斬り殺してしまうので、ソルトは剣の刃に魔法障壁を張る。ユリナも張り終えたようだ。
そこで、音響増幅魔法を使った声が聞こえる。
『じゃあそろそろ始めちゃうよ!『聖騎士』ユリナと『黒閃』ソルトの一戦!!実況兼解説兼審
判の、エミリアです。よろしく~」
どんだけ仕事多いんだよ!と、心の中でつっこんだが、すぐにそれも消え、緊張感を最大に上げていく。
『それじゃ、よ~い、始めぇ!!』
間延びした声が始まりを告げた瞬間、加速魔法を使い、ユリナの懐へ飛び込む。
『おお~、やっぱり最初に仕掛けたのはソルトかぁ。彼の二つ名『黒閃』とは、その異常なスピードから付けられた物だと勘違いされがちなんだけれど、本当は魔法の展開速度の速さから付けられたんだ。みんな知ってた?』
どうでも良い実況が流れているが、ソルトの耳には届いていない。
ユリナが盾を構え、魔力を送り込む。不可視の半球状の魔法障壁が展開されたのがわかるが、そんなことは気にせず切り込む。
「……ぅらあ!!」
尻上がりの叫びとともに大上段斬りから切り上げ、袈裟斬り、回転斬りを流れるような一連の動作でたたき込む。
だが、すべて盾で受け止められる。一瞬だけ攻撃の流れが止まると、その隙間を縫うようにユリナの剣が迫る。
それを剣で受け、その勢いを利用してユリナの右側に回り込み、突きを放つが、それも盾に防がれてしまう。
ソルトが烈火の如く攻め、ユリナが鋼鉄のような守りで防ぎ、反撃をする。凄まじい攻防に魅せられて、観客達のボルテージも上がっていく。
均衡は中々崩れなかった。
「これで……どうだ!」
左手を上げ、スライドさせるように右に動かす。
すると、三つの魔法陣が渦巻くように現れ、その中心から打ち出された炎弾、雷撃、光弾がユリナに降り注ぐ。
ソルトは足止めに成功したかと思ったが、ユリナが思わぬ行動に出た。
「……やぁ!!」
剣をたたきつけるようにして振るい、舞い上がった土煙が彼女の姿を完全に覆い隠した。魔法が着弾する度にさらなる土煙が舞い上がり、ついにはソルトの周りも覆い尽くした。
「くそ……っ!」
辺りが土煙に覆われているため、どこからユリナが攻撃してくるのかが読めない。この状況では、後手に回らざるを得なかった。
土煙の動き、気流をよく見て動きを予想する。そのとき、わずかな気流の乱れが視界の端に写った。
「うおぉぉぉぉ!!」
振り返る動作と一緒に剣を振るう。後ろには、剣を突き出しながら突進してくるユリナの姿があった。そして、彼女は驚愕の表情を浮かべている。
ソルトの剣とユリナの剣が工作した瞬間、青銅の剣が宙を舞い、ユリナの体勢が崩れた。
のど元に剣を突きつける。
『勝利したのは、『黒閃』ソルト! 皆さん健闘した二人に喝采を~!」
辺りが、盛大な拍手と賛辞の声で埋め尽くされた。