第十九節 『武装解放』
ソルトは背筋に冷たい物が走るのを感じていた。
先ほど悪魔が見せたあの動き、油断していたとはいえ、ソルトには見えなかった。
だが、躊躇している暇はない。
部隊員全員の命を背負っているのだから。
こちらを向いていた悪魔の姿が霞む。
ソルトの目の前にいきなり現れ、剣を振った。
斬撃がソルトの体に食い込む。
否、すり抜けたのだ。
ソルトの体が溶けるように消え、背後に現れる。
簡単な幻惑魔法だ。
高速の斬撃が確実にダメージを与えていく。
攻撃をくわえると、すぐに敵の死角に移動する。
いつの間にか彼は、残像を残す程の速さで悪魔の周りを移動していた。
しかし、悪魔もずっとやられているほど甘くはない。
「グギャァァァァァァ!!」
奇妙な叫びとともに剣を振るってくる。
ソルトは今まで通りにステップでよけようとしたが、予期せぬ事とが起きた。
剣が分裂し、全方位から迫ってくる。
とっさに高速の四連斬りで弾くが、衝撃で体勢が崩れた。
後方に倒れる力に逆らわず、跳躍で距離を取る。
だが、悪魔はぴったりと追従してくる。
「クソッ!!」
思わず悪態をつく。
分裂する剣に、防戦一方に追い込まれてしまった。
防御に集中しても、攻撃の余波まで防ぐことは出来ず、全身に小さいキズが増え始める。
その傷一つ一つは大したことはないが、増えれば増えるほどそのダメージが積み重なり、ソルトの体をさいなんでいく。
そして、均衡が崩れた。
剣の力を流すことが出来ず、体勢が崩れてしまう。
「しまっ――――!!」
無情にも、分裂した剣の内の一本がソルトの体をとらえた。
「………………ぐぁっ!?」
剣がソルトの左肩を鋭くえぐる。
その衝撃で数m飛ばされる。
起き上がりながら、ソルトは傷を確認する。
致命傷ではないが、決して浅くはない。
「……絶望的だな」
自嘲気味につぶやく。
完全に起き上がる前に、悪魔が目の前に立ちふさがる。
口を大きく開かれ、衝撃波ブレスが打ち出される。
「『貫通破砕!!」
とっさに必殺の突きを放つ。
だが、十分に魔力がこもっていない突きは、衝撃波を相殺しきれなかった。
また、数m吹っ飛ばされる。
意識に靄がかかり、視界が霞む。
次第に暗くなっていく視界に、飛び込んでくる影を見た。
「ソルト君!!」
誰だ?
聞いたことがあるような気がするが、思い出せない。
意識が暗転した。
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「ソルト君!!」
ユリナはそう叫ぶが、ソルトは答えない。
傷を見たところ、致命傷ではない。
それを確認して、ユリナはほっと息をつく。
悪魔は、アーニスやアテナ、オーレリアが足止めしている。
「……すこし、待っててね」
ユリナはそうつぶやくと、加勢するべく悪魔に向き直る。
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悪魔と戦い初めてから、どれくらい時間が経ったかも解らない。
戦意を取り戻した部隊員達が戦闘に参加し、激闘は続いていた。
ソルトはすでにオーレリアが応急処置を済ませているため、1人回復魔術師をつけて、安全な場所に預けてある。
「いつまで続くの……?」
意識していないのに、声が漏れる。
魔法が雨のように降り注ぎ、斬撃が嵐のように舞い、金属と悪魔の甲殻がぶつかる音が辺りを満たしていた。
すでに悪魔の甲殻は至る所が剥げ、ヒビが入り、砕けていた。
全身に致命傷に近い傷を負いながらも、全く衰えることのない攻撃性に、自分たちの攻撃が効いているのか疑いたくなる。
犠牲者は、10を超えた辺りから数えるのを止めている。
自分も、覚悟を決めなければならないようだ。
そう考えたユリナは、全体に指示を出す。
「みんな、10秒時間を稼いで!!」
部隊員達は訝しげな顔をしていたが、一斉に呪文を唱え始める。
一斉に放たれた魔法が地を揺るがすと同時に『天神の盾』を掲げ声を上げる。
「『武装解放』!!」
盾が莫大な光とともに弾け、その中心に一つの影が現れる。
それは、白銀の光を放つ流麗な細剣だった。
ユリナがそれを手に取ると、彼女を純白の光が包む。
その光が消えると、彼女は露出の多い鎧ではなく、純白の衣を着ていた。
ユリナは、絶句している仲間に向かって叫ぶ。
「総攻撃!!」




