第十八節 散りゆく命
帝門の中は、一面石畳で出来ていて、転移陣と召喚陣以外なにもなかった。
四つの門すべてから部隊が出てきた。
他の部隊は、犠牲者はほとんど出ていないようだった。
「……くそっ…………俺のせいだ」
誰にも聞こえない程度の小さい声で言ったつもりだったが、意外にも横から答えが返ってきた。
「ソルト君のせいじゃないよ。あんな攻撃、予測できるわけ無いから」
慰めの言葉をかけてくれる。
それを聞きながら、ソルトは思ったことを口にした。
「強いな、ユリナは」
「そんなことはないよ。ただ、さっき起きたことに実感がもてないだけ」
そんな無駄話をしている間に、召喚陣が輝き始める。
体が緊張するのを感じた。
「……総員、戦闘配置に付け」
部隊員たちがあわただしく動き始める。
召喚されたのは、人型の悪魔だった。
真っ白な鎧のような物に覆われており、右手には無骨な大剣を持っている。
何よりも特徴的な顔は、白い能面のような物で覆われてた。
しかも、顔には、口と言える物が見あたらず、目も閉じていた。
北門と同じ人型だが、こちらの悪魔は普通の人間サイズだ。
召喚陣の中心に立ったまま身動き一つしない。
「魔法火力支援部隊、詠唱開始」
その声に反応して、呪文の詠唱が聞こえる。
他の四部隊も、詠唱を開始していた。
「3、2、1、放て!!」
火球や、雷撃などが飛んでいく。
地を揺るがす轟音が響き、純白の閃光が辺りを埋め尽くす。
その光が消えてしまう前に、ソルトは叫ぶ。
「突撃―――――――!!」
『うおぉぉぉぉぉぉ!!!』
部隊員が雄叫びとともに閃光の中心へつっこんでいく。
光が消えたとき悪魔は、召喚陣の中心から一歩も動かず立っていた。
当然、目が見開かれる。
瞳は、真っ赤に染まっていた。
「グギヤァァァァァァァァァ!!」
口があるべき辺りが突然左右に裂け、叫び声を上げた。
口も、真っ赤だった。
味方の動揺が伝わってくる。
「うろたえるな、いつも通りに動けば大丈夫だ!」
だが、動揺は広まるばかりだ。
刹那、純白の閃光が悪魔を吹き飛ばす。
辺りが静まる。
「みんな、ちょっと落ち着こうよ~。あたし的にはまだ戦ってもいないのに怖じけ付くのはかっこわるいと思うんだけど」
いつも通りのマイペースな声でそう告げる。
少しずつ動揺が静まり、再び辺りは戦意に満ちあふれる。
だが、次の瞬間に起こった出来事は誰にも予測できなかった。
魔法が敵に向かって飛び交い、前衛が敵に張り付いて攻撃する機会を探っていたときには、白き悪魔はそこにいなかった。
前衛が固まっている所の、中央にいた。
「陣中央! 対処しろ!」
さすがと言うべきか、ソルトの指令ですぐに動き出す。
だが、攻撃が通らない。まとっている鎧のような物に、すべての攻撃が防がれてしまう。
「クソ! 化物がぁ!!」
そんな声が聞こえる。
前衛の隊員達は悪魔が振り回す大剣の直撃を受け、次々とその命を散らしていく。
わずか数分で、前衛の大半が命を落としていた。
また、悪魔の姿が消える。
次の瞬間には、前衛の1人の前に現れた。
「ひ、ひぃ!?」
悲鳴を上げ両手剣を振り下ろすが、はじかれる。
悪魔が高々と大剣を振り上げ、一気に叩き降ろす。
返り血にまみれた白き悪魔は、こちらに向きなおった。
「グギァァァァァァァァァァ!!」
咆哮で、隊員達がひるむ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
叫び声を上げて、逃げ始めた。
だが、逃げまどうばかりでは、全滅はまぬがれないだろう。
そう判断したソルトは決断を迫られる。
撤退するためには、誰かが残らなければならない。
「クソッ!!」
吐き捨てるように叫び、ユリナに声をかける。
「ユリナ、撤退している味方をアーニスと一緒に援護しろ。後方部隊と合流し、体制を立て直し次第ここに来てくれ!」
「ソルトはどうするの!?」
「俺は、こいつを足止めする」
「……わかった。…………帰ってきてよ」
「ああ、必ず」
そう返事しながらも、ソルトは内心で違和感を覚えていた。
ユリナがやけにあっさりと引き下がったからだ。
だが今はそんなことを考えている暇はない。そう判断して、剣の柄に手をかける。
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ユリナはやりきれない気持ちを感じていた。
自分が残っても、おそらく足手まといになるだけだろう。
でも、彼の隣に今は立てなくても、いつか立てるようになろう。
だからこそ、今はやれる事をやろう。
ユリナはそう考えながら撤退――無様に逃げていく味方達の後方を、悪魔に警戒しながら付いていく。
少しでも早く彼の助けに行くために。