第十一説 呪われし刻印
「俺が……残る」
ソルトは、あの事件があってから初めて誰かのために戦うという選択をした。
彼には、ユリナ達が眩しかった。
仲間を心配できる彼女たちが。
自分の為に泣いてくれた彼女が。
だからこそ、彼女たちにはこの呪われた能力を見られたくない。
自分をPTに誘ってくれた彼女たちは、ソルトの持つ能力を見たら彼のことを『化物』と呼ぶだろう。
ユリナはソルトが残ると言うと、はじめは訳の分からないと言うような顔をしていた。
だが、意味を理解した途端、予想通りの言葉を放ってきた。
「だめよ! そんなことになったら君死んでしまう。そんなことは、耐えられない……」
ユリナは悲痛な叫びを上げた。
他のメンバーも、賛成してくれる気はないようだ。
「そんなんじゃ、かえって食うメシがまずくなるだろうが!」
「ソルト~、それはあんまりあたしも賛成できないんじゃないかな?」
口々にそんなことを言ってくる。
「なぜ、そんなことを言うのですか?」
オーレリアは理由を問い詰めてくる。
一瞬答えに迷う。
ソルトに、自分の能力を話すと言う選択肢はない。話した途端、蔑まれるのは目に見えているからだ。
「全員で残ったって、やられるのは目に見えている。だから、俺がおとりとして残って、お前らが連合への連絡と、近くにいるPTへの警告をするのが一番いい手なんだ」
落ち着いた声でソルトが言うと、アーニスが不服そうに言う。
「確かに筋は通っている」
「なら、早く指示通りに……」
その言葉を遮るように言う。
「筋が通っているのと、納得するのは別物なんだよ!!
その言葉を聞いて、思わず弱音を吐きそうになる。
俺だって、1人で残りたくない!
そう言ってしまいそうになる。
だが、血で染まった化物の手は、どんなに伸ばしても、何にも届かない。何もつかむことが出来ない。
短い人生で、学んだことだ。
化物には、他人に助けを求める資格はない。
考えが絶望の底へ落ちそうになったところで、更に声がかけられた。
「そうよ!ソルト君が残るなら、私も残る!」
「オレもだ」
「私も、残ります」
「ここまで来たら、残らないわけにはいかないでしょ~」
みんな、バカばかりだ。
ソルトはそう思った。
「だめだ。俺1人でも、足止めに徹すれば、1時間くらいは持ちこたえられる。だから、その間に警告しに行くんだ。言ったろ、俺に生きて欲しいという奴がいる限り、俺は死なない」
ソルトは力強く答える。
だが、誰も納得してくれない。
全員が、残るという。
命をかけるという。
だから……
俺は罪を犯す。
信頼を裏切るという罪を……
結局、全員で逃げ、その途中で他のPT達に警告すると言うことに決まった。
「いきましょうか」
オーレリアはそう言って、入り口を塞いでいる瓦礫の山の頂上を、魔法で崩す。
「じゃあ、俺が結晶を取ってくるから、先に行っててくれ」
ソルトがそう言い、落ちている結晶の方へ歩いていく。
良かった……。
ユリナは心の底からそう思っていた。
彼は一緒に逃げると言ってくれた。
ソルト以外のメンバー全員が瓦礫の山を登終えたとき、声が聞こえた。
「願うは浄化、求めるは劫火、愚かな者に怒りの焔を」
それは、魔法の詠唱だった。
刹那、出口の天井が崩れ、出口が埋まってしまう。
だが、ユリナは、聞こえてきた声に気を取られていた。
それは、ソルトの声だった。
アテナとアーニスが、攻撃魔法で瓦礫を吹き飛ばそうとしていたが、結界が張られており、魔力が付き欠けている現状ではどうすることも出来ないようだった。
ユリナは、気がつくと悲痛な叫びを上げていた。
「どうして!? 一緒に、逃げてくれるって言ったのに! 逃げてくれるって、言ったのに!!」
あたりに、その声がこだました。
「ごめん、ユリナ。でも、必ず帰ってくるから待っててくれ」
そう聞こえた後、少しだけ隙間が空いている天井の辺りから、まばゆい光が漏れた。
おそらくは、あの化物たちが召喚されたときに発せられてた光が。
「クソ!しょうがねぇ、あいつが言ったことをやるぞ!」
アーニス達が、今の自分たちに出来ることをするべく、風の如く疾走していく。
だが、ユリナは動けない。
ソルトが死んでしまったら……
そう考えるだけで、足がすくみ動けなくなる。
ユリナはは、立ちつくすことしかできなかった。
「どうして!?一緒に逃げてくれるって言ったのに! 逃げてくれるって、言ったのに!!」
ユリナの悲痛な叫びは、見えない刃となってソルトの心を切り裂いた。
「ごめん、ユリナ。でも、必ず帰ってくるから待っててくれ」
どうにかそう答える。
次の瞬間、召喚陣から光があふれた。
光が消えたときには、三体の巨大サソリがいた。
ソルトは目を閉じる。
あの声がする。
サア、我ラノ力ヲ見セツケルゾ!
その声を聞き、薄く笑う。
そして、つぶやく。
「化物は、お前達だけじゃない。これが、俺の能力だ!!」
目を開いたとき、彼の右目は暗い紅蓮の輝きを放ち、中に魔法陣が浮かんでいた。
右目の周りに黒い刻印が浮かび上がる。
呪われし刻印が……。
「これが呪われた力……『殲光眼』だ!!」
戦いが、始まった。