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孤高の魔術士  作者: 雪の里
第一章 『少年の決意』
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プロローグ

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ソルトは、一人で迷宮に潜る日々を続けており、今日も己の強さを身が磨くためと、金稼ぎのために魔物や悪魔たちの支配する太古に作られた迷宮に潜っていた。


この迷宮は、100年続いていた悪魔と人間の戦争で、悪魔側の最後の砦である。


古文書には地下に9層広がっておりそれぞれの層は1~10の区の分けられていて、最下層は悪魔が元々住んでいた『煉獄(アビス)』と呼ばれる世界とつながっていると記されていた。


人間たちはこの戦争を終結させるためにこの迷宮を制覇するべく日々挑み続けている。

そんな場所に、ソルトの姿もあった。


「はぁ、はぁ……っ」


 戦闘の緊張の中で、彼は度重なる戦闘により自らの呼吸が乱れているのを自覚し、舌打ちをしたい気分になる。


先ほどから魔物と立て続けに遭遇しており正確にはわからないが、すでに数十体の魔物を己の剣で切り裂いていた。


集中を一瞬でも切らしたら即死につながるこの状況で、ソルトは僅かに魔物から意識を離してしまっていた。


その一瞬の隙にオオカミのような魔物に距離を詰められていた。


「…………くそッ!」

死という可能性を内包した鋭い爪が、ソルトの頬をかすめる。


次々を迫る死の爪牙を、当たるか当たらないかギリギリのところでよける。


 オオカミのような魔物が3体、彼を取り囲んでいた。


 右手でもっている片手半剣を握り直す。様々な戦闘を切り抜けてきた相棒の感触を感じ、戦闘時特有の、恐怖心という物が頭の中から完全に消え合理性と確実な戦術だけが残る思考が彼の中に戻ってきた。


「グアァァ!」


 短いうなり声を上げたオオカミが三体同時に突進してきた。


一体のオオカミの攻撃を、身をかがめることで避け、二番目に突っ込んできたオオカミに鋭い突きを放つ。


だが、3体目の攻撃によって軌道をそらされ、結局擦っただけになってしまう。三体の絶妙な連携の前に、じりじりと集中力だけが削られていた。


「……埒があかないな…………」


ソルトはこの戦闘を終わらせるために、疲労のたまった体に鞭を打ち一瞬で発動できるように常に待機状態にしてある身体強化魔法を発動する。


直後、彼の体を一瞬淡い光が包み込んだ。


 オオカミたちはその光景を警戒するようにしばらくソルトの周りをゆっくりと回っていたが何も変化がないように見えたのか一気に彼に向かって突進してくる。


だが、彼の目はその動きをすべて捉えていた。


 先頭のオオカミを切り払い、2体目の後ろからの突進を、右足を軸に体を入れ替えるようにして避け、その動きを殺さず切り下げにつなげ、すれ違いざまに首を切り落とす。


最後に突進してきたオオカミの胴体を跳ね上がるような切れのある切り上げが捉えた。


 先ほどまでの苦戦が嘘に思えるような呆気ない幕切れだった。


「…………ふぅ………………」


 張り詰めていた神経を僅かにゆるめる。剣をいったん背中の鞘に戻し、当たりを見回した。


 さすがにもうほかの魔物の姿は見えず、先ほど倒したオオカミ型の魔物の死体が淡い光の粒となってゆっくりと散り始めていた。


魔物や悪魔は『煉獄アビス』の生物であって、歪みと呼ばれる時空の穴からこちらの世界に渡ってきていると言われている。


彼らの世界には物質という物が無く、すべてが情報のみで構成されていて、こちらの世界では魔力を消費して体を定着させているため死ぬとただの情報の固まりとなって虚空へと散る。


それが彼らの死だ。

 戦闘による疲労が全身を虫食んでいた。こ のまま歩いて帰るのかと思うと、少し、いやかなりしんどいだろう。

 わずかばかり休むために、索敵魔法と視覚阻害の結界魔法を発動し、彼は迷宮の少し広くなっているところに腰を下ろし、僅かに天を仰いだ。


「……俺は、強くなれているのかな…………」


 たったそれだけの小さなつぶやきには、何よりも強い思いが込められていた。


彼はそのつぶやきをきっかけに、師匠との誓いの日を思い出していた。

 自らが起こした、おそらくこれからの人生を含めたとしても最大の過ちを犯した日を…………。




「てぃやぁぁぁぁぁぁあ!!」

 魔法によって加速された一撃が体長1mほどのトカゲのような魔物を切り裂く。


魔物は小さな断末魔の声を残し動かなくなった。


激しい動きによって僅かに乱れた呼吸を整えている少年に、後ろから賞賛の拍手を送る。


「すごいじゃないかソルト、いくら弱い魔物とはいえ、倒せるとは思ってなかったぞ」


おしみのない賞賛の言葉をかけられたソルトは、満面の笑みを浮かべていた。だがそこに新たな声が割り込んでくる。


「ふん、まだ身体強化魔法を発動するときの魔力のコントロールが甘い」


 そばにいた、初老の男が吐き捨てるように言う。


だが、そんな動作に嫌みはなく、ソルトが自らを過信させないようにするために言ったことは誰の目にも明らかだった。


「そう厳しいことを言うなカゲムネ、12歳でここまでの練度で魔法を使えること自体がすごいことだろ」


「まったく、ニーナは弟子に甘すぎる」


 ニーナの言葉に、カゲムネがやれやれという風に首を振る。


ニーナはソルトとその弟であるシオンの剣の師匠で親代わり、そしてカゲムネは魔法の師匠だ。


 大人二人が会話している間、じっと我慢していたソルトが、身を乗り出すようにしてニーナに詰め寄った。


「ねぇ師匠、魔物を倒せたら俺に剣をくれるって言ってたよね?」


 目を期待の光で輝かせながらソルトが聞くと、ニーナは優しく微笑んだ。


「ああ、そうだな……ちょっと待ってろ」


 ニーナはそう言うと腰のポーチから黒曜石のような物を取り出した。


 彼女が魔力を込めると、青く輝く古代文字の帯が石の頂点から湧き出し、螺旋を描きながら石を持っている手とは逆の手に向かって伸びる。


螺旋が強く光り輝いたか瞬間、彼女の手に鞘に収まった質素な片手剣が握られていた。


「ほら、今日からこれはお前の剣だ」


 そう言って、渡された剣を受け取ったソルトは、柄を握り、一気に剣を引き抜く。シャラン、と澄んだ音を立てながらいとも簡単に剣身があらわになった。


「…………うわぁ……」


 そう感嘆の声を上げたソルトの顔は、とても輝いていた。


何の変哲もない安物の剣だったが、彼からしたらそれはどんな宝石よりも価値のある物なのだろう。


「……気に入ったか?」


「うん!」


 何も含むところのない、無邪気な笑みだった。


ニーナがまぶしそうに目を細めるとソルトは不思議そうに首をかしげる。


「どうしたの?」


「いや、何でもない」


 なおもソルトは首をかしげていたが、すぐに興味を失ったようだった。


「まぁいっか、ねぇ師匠、この剣の練習をしてきても良い?」


 右手に持った両刃の片手剣を掲げながらソルトが聞いた。


「ああ、あまり遠くには行くなよ」


「わかった!」


 うれしさで弾んだ返事を残してソルトが少し離れた場所に行き、存在しない仮想の敵に向かって剣を振るう。


剣の重みに振り回されながらも一生懸命剣を振っている姿に、その満面の笑みにニーナは見とれていた。


 横からカゲムネが話しかける。


「無邪気で素直な子だな」


「ああ、時々肝を冷やすような行動をするけ

どな……」


 ニーナが苦笑する。だが、彼女の目はとても温かい光を放っていた。


「あいつは、弟思いで良い奴だ。ただ……」


「なんだ?」


「あいつの守るべき物の中に自分という物が入っていない気がするんだ」


 かすかに、ニーナの表情の中に不安の色が混じる。


「自己犠牲精神の持ち主だと言うことか?」


「ああ、あいつは、ソルトはまばゆい太陽のような輝きを放っている。だからこそ、いつか燃え尽きて消えてしまいそうで怖いんだ」


「ふん、お前はそんなガラじゃないだろう。もしあいつが仲間を守ろうとして死にそうになったとしてもお前が守ればいい、それだけのことだ」


 決定事項のように告げられ、ニーナはしばし唖然とカゲムネの顔を見つめてしまった。 ゆっくりと彼の言った言葉の意味をかみしめていると、なぜだか笑いがこみ上げてくる。


 思わずプッ、と吹き出してしまった。その拍子に笑いがあふれ、ニーナはあはは、と声に出して笑う。すると、カゲムネが不快そうな表情になった。


「突然笑い出すな。何がおかしい」


「いや、確かに私らしくないと思ったんだよ。私は、何も考えずこいつを振っているのが似合ってる」


 そう言って背中に吊ってある二本の剣の片方に軽く触れた。するといつもと違うところに気がついたのかカゲムネが軽く眉を上げる。

「お前、なんでいつもと剣が違う、あれは両方とも『神器(アーク)』だろう?」


「あの剣は、ソルトとシオンが独り立ちするときに渡そうと思って家に置いてあるよ。私からのささやかな餞別だよ」


「そうか、……あいつらも良い師匠を持ったな」


「やめろよ、恥ずかしいだろ」


 ニーナはそう言いながらも、悪い気はしなかった。


彼らの親代わりとして、師匠として純分に振る舞えていると言われているようで、ついつい軽口を叩く。


「そう言うお前だって、最初頼んだときは『ガキの子守なんてやってられるか』って言ってたのに今じゃ立派な師匠になってるだろ」


「ほざけ」


 そう言ったカゲムネの顔がおかしくてもう一度笑ってしまう。

何の心配もない和やかな空間であった。この瞬間までは……。


 突然、巨大な魔力の渦がソルトの近くに発生する。ニーナは反射的に叫んだ。


「ソルト、こっちに来い!」


 その声に反応して、ソルトが歩いてくる。魔力を感知しているのか、ときどき後ろを確認するように振り返りながらたどたどと歩んでくる。


「振り返らず走れソルト!」


 ニーナの必死の声で、ソルトが全力で走ってくる。


その時には、魔力の渦の中心に深い闇が広がり、そこからあふれている光の粒子が集まり形を作り始めていた。


「あれは煉獄門ゲートか? 何故こんな所に発生しているんだ」


 呆然としたつぶやきが聞こえた。ソルトの後方では、すでに『煉獄アビス』から来た化け物がその姿を完成させていた。


7mはある人型の化け物で、肩の部分が上に向かって幾重にも伸びている。顔とおぼしき部分には、口と乱雑に並んだ複数の眼が付いていた。


巨大なその口から大量の大気を吸い込み……


「ヴオォォォォォォォォォォォ!!」


 莫大な音量を誇る咆哮が大気を叩いた。


あまりの声の大きさに驚いたのか、ソルトが少しだけ、本の一瞬だけ後ろを振り返ってしまった。


彼がその異形の姿を視界に収めた瞬間、腰が抜けたのか足が止まり、そこにぺたんと座り込んでしまう。


「クソッ!」


 ソルトに気づき、何らかのアクションを起こそうとしている化け物を見据える。背中の二刀を抜き放ち、疾風の如くソルトのもとへ駆けた。


「桜花……七、閃!」

 両手に握った剣を、合わせるようにして振り切る。7つに分かれた閃光が、化け物を捉え後方へと押しやった。


「大丈夫か」


 ニーナが声をかけると、ゆっくりとソルトが振り返った。その眼は、異形の者への恐怖で染まっていた。おそらく、今は何を言っても聞こえないだろう。この少年を生かすための道は……。


「……一つ、頼みがある」


 追いついてきたカゲムネに話しかける。


「この子を……安全なところに連れて行ってくれ」


 それは、言外に『ここは私が引き受ける』という意味を込めてあった。


「何を言って…………っ!?」


 覚悟を込めた瞳に蹴落とされたのか、カゲムネの言葉が途中でとぎれ、驚きに支配されているのが解る。

彼は迷うように表情を変化させたあと、諦めたように言った。


「なんと言っても、聞かないんだろうお前は」


「ああ」


「……俺が戻るまで、死ぬな、解ったな?」


 その言葉に、ニーナは無言の笑みを返した。カゲムネが、うつろな目をしているソルトの手を取り、きびすを返して駆けていくのを見送ってから、化け物へと向き直る。


「来い、化け物!」


 覚悟の叫びが響き渡った。

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