ひとつ屋根の下
「――ここだ」
案内された先で、俺は思わず足を止めた。
「……え、デカくない?」
目の前にあったのは、どう見ても“普通の家”ではなかった。
白い石造りの外壁に、広い庭。門までついてる。
(これもう屋敷じゃん)
「一応、私の家だ」
「一応ってレベルじゃないだろ!?」
俺のツッコミを無視して、リシェルは門をくぐっていく。
慌てて後を追いながら、改めて実感する。
(あー……マジで偉い人の娘なんだな)
中に入ると、さらにすごかった。
広い玄関ホール。高い天井。やたら豪華な装飾。
完全に“貴族の家”ってやつである。
「え、俺ここ住むの?」
「そうだ」
「牢屋じゃないの!?」
「監視付きと言っただろう。目の届く場所に置くのが一番効率的だ」
「つまり同居!?」
「そうなるな」
軽っ!!
いやいやいやいや待て待て待て。
(異世界来て即、女の子と同居ってどういう展開!?)
なろうかよ!!なろうだったわ!!
「安心しろ。部屋は別だ」
「そこは安心ポイントなのかどうか悩むな……」
リシェルは気にした様子もなく、奥へと歩いていく。
「とりあえず今日は休め。詳しい話は明日だ」
「はいはい……」
言われるがままについていくと、客室っぽい部屋に通された。
ベッド、机、棚。普通に生活できるレベルで整っている。
(……いや普通に待遇いいな?)
犯罪者扱いとはいえ、牢屋よりは天国だ。
荷物?そんなものはない。
俺は手ぶらで異世界に来たんだからな。
ベッドに腰を下ろした、そのとき――
コンコン、とノックの音。
「入るぞ」
扉が開いて、リシェルが入ってきた。
――さっきまでとは、まるで別人だった。
「……え?」
思わず間の抜けた声が出る。
そこにいたのは、鎧でも外套でもない。
柔らかな布地の、シンプルなドレスを着たリシェルだった。
白を基調にした軽やかな服。余計な装飾はないのに、逆にそれがよく似合っている。
肩まで伸びた黒髪はほどかれ、少しだけ揺れていた。
そして何より――
(雰囲気、全然違うな……)
仕事中の鋭い目つきは少し和らいでいて、年相応……いや、それ以上に柔らかい印象になっている。
普通に、可愛い。
「……なんだ、その顔は」
「いや、その……」
言葉に困る。
さっきまで“怖い上司”だったのに、急に“年下の女の子”感出されると困るんだが?
「服、違うなって思って」
「家の中でまであの格好はしない」
「ですよねー」
そりゃそうだ。
リシェルは少しだけ視線を逸らした。
「……動きやすさ重視なだけだ」
「いや普通に似合ってると思うけど」
「っ……」
一瞬、言葉が詰まる。
あれ?今の、もしかして――
(照れた?)
リシェルは小さく咳払いをして、話を戻した。
「それよりだ」
「はい」
「お前の拘束具だが、常時つける必要はない」
そう言って、俺の手首にはめられていた金属の輪に触れる。
カチ、と音がして、あっさり外れた。
「おお、自由だ」
「ただし」
はい来たお約束。
「逃げれば即座に追跡する。場合によっては強制的に無力化する」
「怖いことサラッと言うな!?」
「事実だ」
ですよね!!
でもまあ、逃げる気はない。
というか――
(逃げたら詰みなのは分かってるしな)
リシェルは俺をじっと見た。
「……不満はないのか?」
「え?」
「監視、半強制の協力、行動制限」
あー、そのへんね。
俺は少し考えて、肩をすくめた。
「まあ、最初に捕まった時点で選択肢なかったし」
「……」
「それに」
ベッドに寝転がりながら、天井を見る。
「異世界来て、いきなり野垂れ死ぬよりはマシかなって」
本音だ。
右も左も分からない世界で、放り出される方がよっぽど怖い。
リシェルはしばらく黙っていたが、やがて小さく息をついた。
「……変なやつだな、お前は」
「よく言われる」
「まだ言ってないが」
「これから言われそうだなって」
「もう言っている」
ほんの少しだけ、口元が緩んでいる。
さっきより明らかに距離が近い。
「……まあいい」
リシェルは踵を返し、扉の方へ向かう。
「今日は休め。明日から忙しくなる」
「ブラック企業の匂いがするな……」
「聞こえているぞ」
「すみません」
扉の前で、リシェルは一度だけ振り返った。
ドレスの裾がふわりと揺れる。
「ユウト」
「ん?」
「逃げるなよ」
まっすぐな視線。
冗談じゃない、本気の目だ。
「逃げませんよ」
そう答えると、リシェルは小さく頷いた。
そして――
「……なら、問題ない」
そう言って、部屋を出ていった。
静かになった部屋で、俺はひとり天井を見上げる。
(異世界転生、魔法あり、同居スタート……)
情報量が多すぎる。
でも、ひとつだけはっきりしていることがある。
(これ、絶対平和じゃ終わらないやつだな)
そう確信しながら、俺はゆっくりと目を閉じた。




