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尸を越えて  作者: 老兵
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転生

 日本の広告代理店に勤務する藤原辰哉は、ひと段落したプロジェクトの打ち上げに顔を出していた。


「いやぁ、スケジュールもリソースもギリギリでしたが、なんとかなりましたね。これも藤原さんのおかげですよ」


「金子くん達の頑張りの結果だよ。いつも助けられてるし、今回もおかげさまでクライアントが納得する仕事ができた」


 飲料メーカーの新製品に関わるクリエイティブコントロール。それが今回のプロジェクトだった。

 デザイナーの金子はもちろん、他にも沢山の人材が関わる仕事だ。打ち上げの会場には様々な顔が並んでいた。


「しかし、景気の問題があるとは言え、藤原さんへの負担が大きいのは側から見ててもわかりましたよ。深夜まで残って調整作業してて、奥さんやお子さんもいるのに大変ですよね」


「妻もこの業種は理解してくれてるからね。その辺はあまり怒られたりはしないよ。それよりも記念日を忘れてたりした時の方が怖いかな」


「あぁ、この仕事してると、そういうの抜けがちですよね…」


「まぁ、何はともあれ無事プロジェクトが完了したわけだし、今夜は気持ちよく飲もうじゃないか」


 二人は改めて乾杯し、その後も歓談しながら酒を煽った。勝利の美酒ではないが、それは藤原の喉によく沁みた。



 打ち上げも終わり、藤原はタクシーを捕まえ乗り込んだ。国道246号線をしばらく走ると、暖色の街灯が連続して車内を叩く。


「お客さん、この先で事故があったみたいで渋滞しています」


 運転手に声をかけられ、スマートフォンで仕事のメールを打ち込んでいた藤原は顔を上げる。


「あぁ、いつのまにか止まってたんですね。それじゃあ、ここで降ろしてください」


「はい、お支払いはどうしますか?」


「電子マネーでお願いします」


 車内のディスプレイに映し出された電子コードをスマートフォンでスキャンして、運賃を支払い終えると車を降りる。外は年末も近いということもあり、だいぶ冷えていた。

 口から白い息を吐きながら、再びスマートフォンへと目を落とす。打ち上げで挨拶をしたクライアントの一人へお礼も兼ねた仕事のメールを再び打ち始めた。


 事故があったという国道沿いは、パトカーのサイレンや車のクラクションがけたたましく鳴っている。そんな喧騒も特に気にしないままスマートフォンへ意識を向けつつ歩いていると、人とぶつかり尻餅をつく。相手は走っていたのか、結構な衝撃だった。


「ッ!…すみません。こちらの不注意でした」


 自身も周囲への意識が散漫としていたため、ぶつかった相手へ謝罪をする。しかし、相手の男の様子が少しおかしい。

 更に、藤原は自分の体に起きた変化に気付き始めた。冬場だというのに、腹部から太ももにかけて少し暖かい感覚が伝わってくる。まるでぬるま湯をかけられて滴るような、そんな感覚。

 彼はおもむろに顔を下げ、自分の腹部へ目を向ける。そこには街灯で鈍く光る刃物と、コントラストを生み出す赤色が鮮烈に網膜を刺激した。


「ッッ!?」


 藤原は思わず大声を上げそうになったが、横隔膜を深々と刺され、息は詰まり激痛が生まれたため、その叫びは空に飲まれた。あまりのショックに視覚はチカチカと眩み、思考は全くまとまらない。

 おそらく刃物を刺したであろう犯人へ視線を向けると、もう近くにはいなく100メートルは向こうで走っていた。

 なぜ自分は刺されたのか? 何も関係のない自分が何故? 早く救急車を呼ばなければ! 等々、様々な思いが堰を切ったように脳内を満たす。

 矢継ぎ早に浮かぶ考えに従い、まずは人に助けを求めようと周りを見渡す。しかし、気付けば渋滞が解消されており、人通りも無く、彼にとって無慈悲な状況にあった。

 このままではマズいと、先ほど落としたスマートフォンを拾おうとしたが、どこかの神経を切られたのか、腰から下を上手く動かせなくなっていた。


 声も出せない。

 上手く動く事もできない。


 そんな状況から、ふいに一つの考えが彼の頭に浮かぶ。


 このまま、俺は死ぬのか──?


 その瞬間、次に浮かんだのは両親の顔だ。今年に入って還暦を迎えた父と母はまだ健在である。


 更に浮かぶのは自分の妻と子だ。30歳手前で結婚し、子供はそろそろ保育園を卒業するといったところだった。


 あぁ、みんなに会いたいな。

 伝えたい言葉があるんだ。

 普段は恥ずかしくて言えない言葉も、今ならきちんと伝えられる気がする。


 俺を産んでくれてありがとう。

 いつも支えてくれてありがとう。

 俺達のもとに生まれてくれてありがとう。


 そんな藤原の心の声は、意識とともに闇へ飲まれ、消えた。

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