8、期限切れとセルシードのこだわり
セルさんが見せてくれた携帯機には、次のミッションが表示されていた。期限が長いのは、マンスリーミッションだからかな。
【ミッション12】未達成
主人公を闇堕ちさせろ!
(残り29日21時間07分)
「闇堕ちって、何ですか?」
「さっき話しただろ? 主人公を帰らせないようにすることだ。俺はこのミッションが出ると、いつもスルーしてるから、安心していいぜ」
コンセプトカフェで、彼が眉間にシワを作っていたのは、このミッションを見たからかも。
「スルーすると、強制転移でしたっけ?」
「その話の続きは、芝生の上だな。あー、何もしないから、安心しな」
彼は、さっきとは別の看板通りを目指していたみたい。石畳の通りだから一瞬勘違いしそうになるけど、並んでいるポスターが、さっきとは違う。知らない物ばかりだ。地図で確かめると、初めて歩く道だとわかった。
「さっきとは、並んでいるポスターが違いますね」
「あぁ、この看板通りは、いわゆる18禁のゲームばかりだからな」
「えっ? 18禁って……」
私が慌てたのか、彼はまた意外そうな顔をしている。
「ふっ、何を焦ってるんだ? 何もしないって言っただろ。そもそも屋外では行動規制がある。外で抱いたら公然わいせつ罪で捕まるからな」
「へぇ、なるほどー」
「ククッ、また子猫みたいな顔をしてるぞ。中身は成人だって言ってたよな? ギリギリ成人か?」
「えっ? いえ、余裕で成人ですが」
私がそう答えると、また彼はケラケラと笑った。そして、私の腕を掴むと、看板の裏側の芝生へと引っ張っていった。
◇◇◇
「あっ、誰もいない?」
芝生に座る人は居なかった。
「まぁ、座れよ。次のミッションが出てるはずだぜ?」
彼は芝生に座ると、すぐ隣をポンポンと叩いている。だけど私は、少し離れて座った。するとなぜか彼は、またケラケラと笑っている。
「なぜ、誰もいないのですか?」
「ここは穴場なんだよ。この辺りは、街を構成する住人の住宅地だからな。宿屋はあるが、オシャレな店はない。内緒話をしたいときは、普通は宿屋に行く。時間貸しの宿屋が多いんだよ」
「時間貸しの宿屋って、ラブホ……じゃなくて、えーっと」
「ふっ、そういうことだ。ここだと、キス以上のことはできない。芝生には音声結界があるから、携帯機にも音は記録されないが、映像は撮られている」
「あっ、それでさっき、芝生で交渉って言ってたんですか」
「まぁな。座る方が安全だ。立っていると、携帯機は記録しなくても、周囲に音を拾われることがある」
彼は芝生の上だと、リラックスした表情になるみたい。悪役という役割から解放されるのかも。
「あぁ、さっきの話の続きだったな。思わず昼寝をしそうになっていたよ。何の話だったか?」
ふぁぁっと、あくびをすると、彼は身体ごと私の方を向いた。ちょっと離れて座っているけど、こっちを向かれると近いと感じる。
「はい、えーっと、セルさんのミッションをスルーしたら、という話でしたよね」
「そこからか。期限切れになった瞬間、強制転移が発動する。俺の場合は、開発部門の研究室に飛ばされるよ」
「研究室?」
「軟禁されて働くことになる。街の中にいれば、ミッションに従っていれば自由だけどな。街から追い出されると、制作側の仕事が待っている。丸一年間休日無しで、ずっと働かされる。早く街に戻りたいって思わせたいんだろうな」
「ひどい労働環境ですね!」
私が強い口調でそう言うと、彼は、また意外そうな表情をした。そして少し考え事をするように、斜め上を向いている。
「まぁ、ミッションに失敗した奴が冷遇されるのは、自然なことだ。俺達のような滞在者には、街では役割がある。課されたミッションによって、新たなエピソードが生まれる。その断片を集めて、新たな乙女ゲームが生み出すのが、制作側の仕事だ」
「滞在者じゃない人は、待遇も違うのですか?」
「制作と運営だけをする人達は、普通に休日もあるぜ。この街にもいるが、様々な案内人は運営側だな。俺は、最初は制作だけだったんだが、飽きたんだよ。で、星に戻ろうとしたら、30日だけ街に行けって言われてな」
「セルさんも、主人公だったんですか?」
「いや、俺の場合はモブ担当だよ。しかし、たまたま、俺が絡むエピソードが、ゲームに採用されちまったんだよ。それで帰れなくなった」
「あっ! さっきのカタログのセルシードさんって……」
「そういうことだ。あれが無ければ、俺は、自分の生まれた星に帰って、のんびりしていたはずだ」
「セルさんも、騙されてここに来たんですか」
「ん? 騙されたという感覚はないな。別の姿になって動き回るということに、興味があった。まぁ、俺達は、アース星の人達に比べれば、寿命は長いからな。戻るための条件を揃えて、星に帰ることもできる」
「帰れるんですか?」
「あぁ、条件を揃えればだけどな。だが、オモチの場合は、それはできない。元の身体には魔力がないから、朽ちてしまう。だから、帰りたいなら30日以内だ」
また、私の名前を呼んでくれた。それに、私の帰りたい気持ちを理解して、協力しようと思ってくれているみたい。やっぱり悪い人ではない。
「セルさん、ありがとうございます」
「は? 何だ?」
「私が帰れるように、いろいろと教えてくれて」
あれ? 何だか彼が照れたように見えた。スッと私から視線を外して、頭をぽりぽりと掻いている。
「まさか、俺に惚れたか?」
「へ? 惚れてないです。悪い人じゃないと思ってますけど」
「ふぅん、まぁ、それならいい。次のミッションは何だ? さっさと言え」
彼の言葉遣いが、急に悪役に戻った。やっぱり照れたのかな?




