7、呼び方の変化
「他にも、期限の近いミッションがあるんですか?」
私は、食後の紅茶を飲みながら、携帯機を操作して眉間にシワを作るセルさんに、なんとなく尋ねた。私は、彼の行動が気になるみたい。
「は? あぁ、携帯機を触っていて失礼だったか。悪い」
「いえ、そういう意味じゃないです。まだ何もわからないから、いろいろと知りたいと思って」
私がそう答えると、また彼は意外そうな表情をしている。そんなに私は、他の人とは違うことを言っているのかな。
「あんたは、自分のことだけを考えていればいいんだよ。30日間だけは、主人公なんだからな。あんたの方にも、次のミッションが出てるんじゃねぇの?」
「あっ、見てみます」
私も携帯機に触れ、ミッションを開いてみた。今はまだコンセプトカフェにいるんだけどな。
【ミッション3】未達成
看板通りに行こう!
(残り2日9時間35分)
【ミッション1】友達を作ろう!
【ミッション2】コンセプトカフェに行こう!
コンセプトカフェに行くだけで達成だったみたい。一番上に表示されるのは、未達成のミッションなのね。
看板通りって、さっき彼とキスをした場所? それを思い出すと、急に恥ずかしくなってきた。目の前にいるセルさんは、別の乙女ゲームの攻略対象みたいだし、なんだか……。
「その顔は、変なミッションが追加されてたか」
「えっ? あ、いえ、看板通りに行こうって……。さっき行った場所ですよね?」
「デイリーミッションは、ミッションが出る前の出来事は、達成にはならないぜ。だから同じ内容も、ランダムに出てくる。主人公をあちこち出歩かせたいんだよ」
「なるほど。次々と達成してしまえば、期限までの猶予時間を作れますね」
「まぁな。ただ、制限時間は厳守だぜ? 主人公でも、強制転移をかけられるからな」
「強制転移? あ、ワープ?」
私の言い方がおかしいのか、また彼は意外そうな表情をしている。魔導士の彼には常識かもしれないけど、私は魔法なんて知らないんだからね。
「あんた、何だか子猫みたいだな」
「はい? あ、私の名前は確かに、昔、実家で飼っていた猫の名前から取ったんですけど……」
「ぷぷっ、あはは。変なやつ」
「えっ? な、何が……」
何がおかしいのか、彼はケラケラと笑っている。自然に笑うと、プロフの写真のような爽やかなイケメンに戻るのね。まぁ、街の中にいる人は、みんな美形だけど。
「さっきの看板通りに戻るか?」
「それは、どのいう趣旨というか、あの……」
「次のミッションは、看板通りに行くことなんだろ? あー、何か、ヤラシイことを想像してるのか」
「ちょ、そ、想像なんてしてないですから!」
「そんな真っ赤な顔で言われてもなー」
「赤い? あ、紅茶が熱くて……」
く、苦しい言い訳だったよね。カップの紅茶は、もうほとんど無くなっている。自分の失言のせいで、頬が熱くて、彼の顔を見れない。彼が私の顔を見ているのを感じる。嘘つきだと思われたかも。
あっ! 彼が立ち上がった。また置いていかれる! でも、これ以上は迷惑だよね。変な嘘をついたし、呆れられたかな。私は顔をあげられない。
「いつまで座ってんだ? オモチ、行くぞ」
「えっ? あ、えっ?」
今、彼は私のことを、オモチって呼んだ? ずっと、あんたって言われてたから、名前を知らないのかと思ってた。
「看板通りに行くんだろ? 何もしないから心配すんな」
「は、はい……」
何もしないと言われて、モヤモヤしている私。彼が、別の乙女ゲームの攻略対象らしいとわかったことで、私の中の価値観が変わったの? いや、そんな打算的なことは考えてない、よね? 私は私に自問自答していた。
私がモタモタしている間に、彼が私の分の会計も済ませてくれたみたい。
「あっ、食事代を出してもらって……」
「は? あー、そんなことは気にしなくていい。この後は、ひたすらミッションをやるか? それとも他にやりたいことがあるか?」
「えーっと、あっ、今日どこに泊まればいいか……」
「やっぱり俺を誘ってるだろ?」
「へ? ち、違います! そういう意味じゃなくて、宿なし状態が不安だというか、拠点がない滞在は怖いというか……」
「ふっ、わかってるって。あー、そうだ。夜0時から朝6時までは、外出するなよ? 携帯機のメンテナンス時間だから、記録が残らない。住人の本性があらわになるからな」
「携帯機のメンテナンス時間?」
「あぁ、そうだ。主人公は常に魅了魔法を放っている。意味はわかるな?」
彼は、真顔で話している。忠告してくれているんだ。記録が残らない時間帯に、魅了を振り撒いて歩く、魔法の使えない主人公。何が起こるかなんて、火を見るより明らかね。
「わかりました。気をつけます」
「気をつけるだけじゃ足りない。安全な宿屋に宿泊しろ。地下のある宿屋はダメだからな」
「えっ? あの、ほとんどの宿屋の地下には、酒場がありませんか?」
どのシリーズでも、スープラ社の乙女ゲームでは、宿屋の地下の酒場で、いろいろな情報を入手した。真夜中のシーンはなかったと思うけど、ゲームでは時間軸があいまいだ。
「やはり主人公は、そういう感覚か。元の世界に戻れなくなるぜ?」
「はい? なぜ……」
「ミッション制限時間は厳守しろと教えただろ? それを過ぎるとミッション失敗になる。30日どころか、数日で帰れないことが確定する主人公も多いからな」
「地下のある宿屋に泊まると、ミッション失敗になるんですか?」
「俺みたいな悪い奴が、そそのかすんだよ。悪役より、ファンの多い攻略対象の方が、ヤバいけどな」
「帰らせないように、ですか?」
「あぁ、永住者を増やさないと、ここで働く人材の確保ができないからな」
彼は、私に携帯機の画面を見せた。




