4、突然の3秒間のキス
始まりのカフェを出た私は、全力で走った。身体が軽い。逃げながら、本当に転生したのだと実感する。
とにかく店から離れようと走っていると、誰も追いかけて来ないことに気づいた。シャルルさんに、逃げる方がいいと言われたけど、その必要はなかったのかも。
あっ! ポスターが貼ってある!
この道は、乙女ゲーム『青に染まるキミの春』の中で登場する石畳の学生通りかな? 道沿いにたくさんの立て看板が並んでいる。いろいろなゲームの攻略対象の名場面がズラリと並んでいて、最高すぎる! 私の知らないゲームもたくさんあるみたい。
新作の『月の世界の王子様』のポスターもあるけど、やはり、この街ジュエンがメイン舞台の『青にに染まるキミの春』のポスターの方が多いかな。
くぅ〜っ! スマホがあれば撮り放題なのに、何もできないのが悔しすぎる〜。
「やはり、ここに来たか」
あれ? この声……。始まりのカフェで、画面を閉じろと言ってくれた声に似てる。
振り返ると、20代半ばくらいのクールな雰囲気の男性がいた。この街にいる人は、みんな美形だけど、彼は少し異質な感じがする。笑顔じゃないからかな。
「さっき、始まりのカフェにいた人?」
「あぁ、看板通りで惚けていていいのか? 地図を確認しろよ。あの女が言っていたように、主人公には自由なんてないんだぜ?」
「えーっと?」
意味はわからないけど、私は携帯機に触れた。フレンドのアイコンの横の数字は、もう3桁になっている。地図のアイコンに触れると、私が走った経路には色が付いていた。自分の現在地もわかる。
ここまではチビタさんと一緒の時にも見たから良いとして、たくさんの動く点も表示されていた。私がいる場所にジワジワと近寄ってくる。
「ちょっと見せろ」
彼が私の携帯機を覗き込んできた。顔を近づけられて、一瞬ドキッとしてしまった。この人も美形だもんね。
「あの、この点は……」
「あんたの友達だろ? すべての道を塞がれたな。あのまま走ってれば、よかったのに」
動く点は、どんどん近づいてくる。
「アナタは、なぜ……ひゃっ」
彼は、私の腕を掴んで、ポスターの看板が並ぶ裏側へと連れて行った。看板に沿って、芝生の分離帯のような物がある。その芝生には、多くの人が座っていた。だけど、なんだか様子がおかしい。
「あんた、中身は成人してるか?」
「えっ? 中身?」
「ここに来たときの話だよ。今の見た目よりも中身年齢が若い、なんてことはないよな?」
「あ、はい。成人してますが?」
携帯機の地図では、この石畳の道に多くの点が集中している。ポスターの看板で遮られてるけど、看板の前には、さっきの店にいた大勢の人が集まって来てるってこと?
「やべっ、もうすぐ時間だ。交渉だ! 3秒間だけ我慢すれば、24時間自由になる。無知なあんたが知りたいことも教える。あんたは助かるし、俺も助かる。どうだ?」
「3秒間? 何をするんですか」
「目を閉じろ。たいしたことじゃない。早く!」
意味がわからないけど、とりあえず目を閉じる。
えっ!?
「ちょっ、何するんですか!」
私が目を閉じた直後に、唇に柔らかい何かが触れた。
「あー、もうっ! 3秒経ってないぞ。もう一度だ! 3秒間だけ我慢しろ!」
目を閉じてないのに、彼は強引に私の唇を奪った。
私、なぜ、知らない人とキスをしているの? 3秒を数えたわけじゃないけど、長く感じた。ようやく唇が離れると、今度はキュッと抱きしめられている。
頭の中は大混乱していた。この人はキス魔なの? 看板の向こう側から、大勢の話し声が聞こえる。何を言っているかは聞き取れないけど。
「よし! なんとか間に合った。突然、悪かったな」
私から温もりが離れた。彼は芝生に座り、緊張感から解放されたのか、ホッとした穏やかな表情をしている。
「一体、何だったんですか!」
「説明するから、あんたも座りな。この芝生には弱い結界があるからな。内緒話は、芝生に座ってするもんだぜ」
彼から少し離れた芝生の上に座った。すると、看板の向こう側の音が聞こえなくなった。
「地図を見てみな」
そう言われて、携帯機の地図を見てみる。ここに密集していた点が、移動を始めたようだ。点に触れると、友達サフスと表示された。名前が出るのね。
「離れて行くみたいですけど、どういう……」
「フレンドを開いてみな」
「いや、自動承認になるんですよね?」
「ならないよ。始まりのカフェでは、フレンドリストを表示していただろ? まぁ、あの店に集まっていた全員が、新たな主人公と友達になりたかったからな。誰でも、同じ結果になる」
私は、フレンドのアイコンに触れてみた。
始まりのカフェでは、すぐに空っぽのフレンドリストが表示されたけど、今は、友達申請リストが表示されている。この画面は、乙女ゲームとほぼ同じかな。
あれ? フレンドリストだけじゃなく、恋人リストもある。
「恋人リストが増えてるけど、開けたらまた自動承認になるのですか?」
「は? あぁ、自動承認に怯えてるのか。じゃあ、自動承認不可にしておけばいいぜ。その下にタスクバーがあるだろ。恋人リストは、恋人の履歴が載るだけだ。履歴だから消せないけどな」
私は、自動承認を不可にして、恋人リストを開いてみた。
一人だけ名前がある。それに触れると顔写真と簡単なプロフィールが表示された。
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【名前】セルシード/通称セル
【役割】悪役各種
【所属】開発研究室
【前世】ロッコロッコ星、魔導士
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「えっ! えっ? 恋人って……」
「騒ぐな。残り時間の表示もあるだろ? 3秒間キスをすると、24時間だけ恋人になるんだよ」
残り時間は、23時間54分と表示されていた。




