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30、シエルさんの演劇スイッチ

「あれ? あぁ、寝てた? ごめん」


 夕焼けの空が、夜の色に変わり始めた頃、シエルさんは目を覚ました。私の肩を枕にして爆睡してたもんね。


「そんなに長い時間じゃないから、大丈夫ですよ。お疲れだったんですね」


「うん、昨日は寝てないからな」


「ええっ? 大丈夫ですか」


「僕達の睡眠サイクルが、この星とは違うんだよ。ここでは1日が24時間だけど、イービー星の1日は40時間だから、一日置きに寝ている。アバターを身につけてると、結構眠くなるんだけどね」


「アバターは、24時間を1日として作られているのかもしれませんね。そろそろ帰りますか。夜は出歩くなとフレンドさんから言われてるし……えっ?」


 シエルさんの次のデイリーミッションが見えた。私と同じだ。これは、偶然なの?



「ん? オモチのミッションも見せて」


「シエルさんと同じですよ」


「夕焼けの湖がミッションに入ってたのか? どういうことだ? 事前説明では、ミッション10、20、30は、オトメン専用ミッションだと聞いたんだけどな」


「方針が変わったんでしょうか?」


「いや、そういうことか。ミッションをギリギリこなしていた僕が、恋人と一緒にミッションを……」


 シエルさんの声が最後の方が小声になったから、聞き取れない。聞き返そうとすると、パッと抱き寄せられた。えっ? な、何?


「聞かれてる。ごめん、合わせて」


 耳元で囁く声。妙に色っぽく聞こえて、ドキドキしてしまう。周りには誰もいないのに、聞かれてるって……。



 私を腕の中から解放したシエルさんは、少し表情が違う。ファン会館の1階で見せたような雰囲気だった。もしかして、演劇スイッチが入ってる?


「ねぇ、キミの部屋に行っていい?」


「えっ? 部屋って、宿屋ですよ?」


「かわいい顔で照れても、逃がさないんだからね」


 両手で私の頬を捕まえた彼は、あやしげな微笑みを浮かべている。さっきのウンディーネとは違うキャラみたい。


 合わせて、と言われたのを思い出したけど、どう答えるべきかわからない。私は、四大精霊の乙女ゲームは知らないんだよー。


「戸惑う顔もかわいいな」


 スーッと彼の顔が近づいてきて、おでこがコツンと当たった。こういう場面があるの?


「あの……んっ?」


 私の言葉は、彼の唇で塞がれた。すぐに離れるけど、またすぐに近づく。まるで、鳥がついばむような軽いキスが繰り返されて、離れるたびに彼が私を見る顔も優しくて、惹き込まれてしまいそう。


 優しく抱きしめられた時には、私の頭はボーっとしていた。まるで甘い魔法に閉じ込められたみたい。


 ん? 魔法? 魅了魔法?



「風が冷たくなってきたね。行こうか」


 もう一度、軽くキスをした後、シエルさんは立ち上がる。そしてまだ座っていた私に手を伸ばす。少し迷ったけど、私は手を重ねた。



 そして手を繋いだまま、宿屋へと歩いていった。




 ◇◇◇



 宿屋ノームのロビーに入ると、床にはじゅうたんが敷き詰められていた。私は奥へ入れるけど、シエルさんは、黒いじゅうたんの先へは行けない。


 入り口近くのフロントには、短い列ができていた。ピーク時間は過ぎているみたい。



「当宿屋では、宿泊者様に同行されても、お部屋に入っていただくことはできません」


 ドアボーイのような人が、シエルさんに注意する声が聞こえて、私は、ハッと我に返った。この宿屋の加護なのだろうか。頭もスッキリしてきた。


「あー、そうだね。わかってますよ。ちょっと彼女の放つ魅了に酔っていた」


 シエルさんも、我に返ったような顔をしてる。お互いに魅了魔法にかかっていたの?



「僕も、こちらに宿泊したいのですが」


 短い列に並びながら、シエルさんはドアボーイのような人にそう言った。


「滞在者の皆さんは、一人部屋となります。宿泊されましても、他の宿泊者の部屋への訪問は、ご遠慮いただいています」


「あぁ、わかっている。だから、ここに来たんだ。連れ込む気なら、精霊の加護のある宿屋には来ない」


 シエルさんがそう言うと、ドアボーイのような人は、彼に一礼して、入り口に戻った。



 チェックインしたシエルさんは、私が待つ赤いじゅうたんの方に、頭をぽりぽりと掻きながら歩いてきた。その仕草がちょっと可愛い。


「オモチ、お腹が減ったよな? 悪いけど、ちょっと部屋でシャワーを浴びてくるよ。15分くらい待っていてくれないか?」


「わかりました。じゃあ、ロビーにいますね」


 シエルさんは、階段を上がって行った。私が1階だから、別の階にしたのかも。あっ、宿屋がそうしたのかな。




 私はロビーのソファに座って、携帯機を開いた。今日はここで待つ日だな。朝もラムネさんが来るのを待っていたし。


 メモリーには、新しい二次元の写真が追加されていた。夜に染まり始めた湖畔で、頭をコツンとくっつけている二人。湖畔を囲む小径こみちを照らす灯りが、とても幻想的な美しさを演出している。二人の顔は、はっきりとは見えないけど、それがより一層、素敵に見える。いい写真ね。



 私は無意識に、セルさんとシャルルさんの居場所を探していた。ちょっとストーカー気質があるんじゃないかと、心配になってくる。


 セルさんが圏外なのは、なぜかホッとした。彼は、私に新たな24時間の恋人ができたことに、気づいただろうか。まぁ、うん。気づいても気にしないか。


 シャルルさんは、この街に帰ってきてる。だけど、この宿屋からは、かなり離れた場所にいる。転移魔法が使える彼女にとっては、距離は関係ないのだろうけど。




「オモチ、お待たせ。晩ごはんを食べに行こうか」


 ガラリと印象の変わったシエルさんが戻ってきた。服も着替えたのね。何だか聖職者みたい。


「シエルさん、何だか別人ですね」


「あはは、まぁ、ドレスコードがあるからな。行くよ」



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