28、四大精霊のポスターの前で
「とりあえず、外に出ようか」
シエルさんは、廊下をスタスタと歩いていく。私は置いて行かれないように、慌てて追いかけた。ん? 何?
「あの?」
階段の所で立ち止まったシエルさんは、まるでリレーのバトンを受け取る時のように、手を後ろに出している。
「この階段は、降りるときは光が目に入って滑る人がいるんだよ」
シエルさんは、クルッと私の方を向いた。そして今度は、手のひらを上向きにしてスッと出した。まるで、エスコートをする王子様みたい。
「お手をどうぞ」
「あ、はい、ども」
私は、変な返事になったことに慌てつつ、彼の手に、そっと手を重ねた。クスッと笑われた気もするけど、まぁ、いっか。
階段は確かに、照明の光が目に入って、踏み外しそうになる場所があった。シエルさんはレストランに通っているから、それを知っていたのね。レストランで……あっ!
「あっ! 私、昼食代を払い忘れてます」
1階と2階の間の踊り場で、私は立ち止まった。
「そんなの、気にしなくていいよ。サリィさんが払ってくれるつもりじゃないかな。それにもう、次の会議をしているかもしれないよ」
「えー、どうしよう。昼食代って、おいくらですか?」
「関係者専用のレストランだから安いよ。1000Gだったと思う」
それなら、現金がある!
「シエルさんは、明日もレストランに行かれますか?」
「うーん、24時間の休日って言われたから、明日の夕方には戻るかな」
「じゃあ、忘れないうちに、預かってもらってもいいですか?」
私はポケットの中から、こげ茶色の巾着袋を取り出し、中に入っていた1000Gコインを、シエルさんに渡した。
「オモチさんは、律儀なんだね。普通の主人公は、おごってもらうのが当たり前だと思ってるよ」
「こういう所は、甘えちゃいけないと思うので。あっ、でも、シエルさんに預けようとしている私は、甘えてますよね。なんかすみません」
「ふっ、僕が1000Gを店に渡さず、このまま横取りするかもしれないよ?」
「ええ〜っ? そんなセコいことをするんですかー?」
「さぁね。まぁ、忘れなかったら、店に渡しておくよ」
シエルさんは、コインを自分の布財布に入れた。深緑色の綺麗な布財布だな。
「お願いしますね。その布財布って、精霊様の加護があるんですか?」
「ん? オモチさんは魔力が見えるの? これは、風の精霊の加護がある。宿屋シルフで買わされたんだよ。オモチさんの布財布は、地の精霊の加護付きだったね」
「宿屋ノームで買いました。土の精霊だと聞いてますが、地の精霊とも言うんですね」
「あぁ、人によって違うのかもな。四大精霊をテーマにした乙女ゲームが……おっと、アース星は、まだ配信されてないか」
「誰かが、その話をしていた気がします」
「おそらく、未来に残る名作だと思うよ。あぁ、1階にポスターがあるかな?」
シエルさんは、また手を出してくれた。もう手を繋いで階段を降りる必要はない。少し迷ったけど、私は手を重ねた。
◇◇◇
ファン会館の1階のエントランスには、さっきと変わらず、大勢の人がいた。皆、ポスターを見に来てるのね。
「見上げると圧巻ですね。知らないゲームもたくさんありますけど。あっ! これって、サリィさんが言ってた『レモネードはキスの味』かな? 次の配信作だったけど、予告は知ってるんですよ」
「サリィさんは、ラックル推しだと、いつも騒いでるね。青春物がお好きなようで」
「どの人がラックルか知らないんです」
「その黒髪の人だよ」
シエルさんが指差して教えてくれたポスターは、予告で見た物だった。ラックルは、メイン攻略キャラじゃなくて、サイドポジションなのね。なんだか……。
「ラックルって、少しだけ、オルフルさんに似てますね。二次元と三次元では別物に見えるけど」
「へぇ、よくわかったね。隠れキャラらしいけど、言い当てた人は初めてだ。サリィさん自身もご存知ないので、絶対に秘密だよ?」
「ええっ? は、はい」
ラックルって、オルフルさんなの? 質問したい欲があふれてくるけど、こんなに大勢の人がいる中では、さすがにできない。周りには、フレンドさんもいるだろう。多くの視線が突き刺さる。
あっ、シエルさんも主人公だから、彼にも視線が集まってるのかな。嫉妬のような視線も感じる。今までにはなかった反応だから、ちょっと怖い。
「これが、さっき話していた四大精霊が登場する乙女ゲームだよ。オモチさんは、この中なら、どの人がいい?」
地の精霊ノーム、水の精霊ウンディーネ、火の精霊サラマンダー、風の精霊シルフかぁ。この乙女ゲームだと、精霊ノームは、土じゃなくて地の精霊になってる。
水の精霊や風の精霊は、女性の姿で描かれることが多いけど、乙女ゲームだからか、四大精霊はすべて男性の姿をしている。
「見た目だけなら、水の精霊ウンディーネが中性的で綺麗だなって思いますけど、クールなのかなぁ?」
すると突然、シエルさんの雰囲気が変わった。急に引き寄せられ、気づけば、私は彼の腕の中だった。な、何?
「キミの目には、今、俺の顔しか映ってないよな?」
えっ? 近い近い近い! すっごく顔が近づいてきて、ほんの一瞬だけ、唇が触れた。えっ? あ、恋人ミッション? でも、3秒どころか、1秒も経ってないよ?
「あ、あの……」
どうしよう? いや、ちょっと待って。人前ではしないって言ったよね。さっきのは、何?
「ふっ、そんなに俺が欲しいのか?」
ええっ!? スーッと近づいてくる彼の顔。そのまま止まらない。私が口を開きかけたとき、彼の唇で塞がれてしまった。
周りからは、キャーキャーと大騒ぎする声が聞こえる。だけど彼の唇は、なかなか離れなかった。




