19、また、あの噂
「ラムネさんがいた頃の新作は、花の街ジュエンがメイン舞台でしたか? 『青に染まるキミの春』ですよね?」
「そうそう。キュンキュンする青春モノね。攻略対象は、実物に会うと、ほとんどの人はガッカリしたけどねー」
ラムネさんは、急に暗い表情に変わった。やっぱりミッション失敗で、地球に帰れなくなったんだろうな。
「推しは、いたんですか?」
「そうねー。シャールくん推しだったけど、二次元と三次元は違うのよね。グースさんは良い人だよ」
「金髪のシャール? 爽やかな超イケメンですよね。えっ? グースって、魔法使いのグース?」
魔法使いのグースは、攻略対象じゃなかったはず。物静かだけど、怒ると怖かったっけ。良い人なのか。
「そうだよ。グースさんは隠れ攻略対象だから、課金者にしか選択できなかったけどね。寡黙だから、課金するんじゃなかったって思ってた。でも実物に会うと、良い人だったよ。私が主人公のときは、恋人にもなってくれた」
「ええっ? 攻略対象と恋人になれるんですか? えっ、それって、キスしたってこと?」
私が騒ぎすぎたのか、ラムネさんは首を傾げている。
「当たり前じゃない。3秒間のキスしないと、恋人にならないでしょ? オモチさん、初日に恋人がいたよね?」
「あ、はい。よくわからない状態だったから……」
「ん? もしかして、キスだけ? 一緒の宿屋に泊まったんでしょ?」
「いやいや、泊まってないですよ。宿屋の前まで送ってくれたけど、すぐにどこかに行ったみたいですし」
ラムネさんは、私の顔をジッと見てる。嘘がないかを見極めるつもりなのかな。
「それって、まさかの展開ね。普通ならキスで終わらないよ。特に主人公が浮かれている初日を狙うってことは、そういうことだもの。あっ、狙ったんじゃなくて、ただのマンスリーミッションかな」
「はい、マンスリーミッションだと言ってました」
「ふぅん、そういう人もいるのねー」
サフスさんが、白い飲み物を運んで来てくれた。サラサラのヨーグルトみたいな感じで、美味しい。
「ラムネさん、オモチさんの初日の恋人はセルさんでしたよ。俺、チラッと見かけたんですけど」
えっ? 見られてた?
「あー、なるほどね。悪役には、主人公が放つ魅了への耐性があるからかぁ。でも、逆に良かったのかもね。オモチさんは、まだ処女ってことでしょ。それがわかれば、推しは絶対に恋人になってくれるよ。オモチさんの推しは誰?」
えー、何だか……。
「この世界に来るキッカケになったのは、新作『月の世界の王子様』のウィル攻略後だったから、ウィル推しですけど、『青に染まるキミの春』だったら、私もシャールかなぁ?」
私がそう答えると、サフスさんの表情が険しくなったように見えた。すぐに笑顔に戻って、他のお客さんの接客をしてるけど。
「シャールくんかぁ。会うだけなら良いけどね。『月の世界の王子様』は、私は直接は知らないんだけど、今、攻略対象の人達が、なんか変な競争をしてるみたいだよ」
「競争? 何の競争ですか? メイン舞台は、月の王都ルナシティだったけど、『青に染まるキミの春』のような、競技系のストーリーはなかったですよ」
「あー、うーむ。私の口からは言いにくいなー。あの人達は、サフスさんと同じ星の出身だよね?」
話を振られたサフスさんは、他のお客さんの接客中だった。でも、ラムネさんの話は聞こえたみたい。しばらく待っていると、デザートを持ってきてくれた。
「確かに、同じメイロ星から来ましたけど、彼らと一緒にされたくないな。俺も、『月の世界の王子様』は、モブ役で出てるみたいですけどね。関わりたくないから、ジュエンに移住したんです」
「サフスさんも、出てたんですか!」
「二次元化されるから、わからないと思いますよ。何人かのルートに登場するカフェの店員です」
カフェの店員? いくつかのルートで、カフェに行ったけど、全然覚えてない。
「へぇ、確かにカフェのシーンは、ありましたね」
「覚えてないですよね? 主人公は、皆、同じ反応ですよ。でも、オモチさんのように、俺のウィークリーミッションを助けてくれた人は、いないです。助かりました!」
ペコリと頭を下げて微笑むサフスさんは、とても誠実そうに見えた。でも彼も、ウィル達が何の競争をしているのかを、話してくれる気はなさそう。
あっ、主人公に話してはいけないこともあるんだっけ。セルさんが、言ってたもんね。
「オモチさん、この後、酒場に行かない?」
また、酒場だ。
「ラムネさん、今日は早めに寝たいの。またの機会に……」
「もしかして、悪役の二人に何か脅されてる? オモチさん、主人公の間は、誰も何かを強制できないから、そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。もっと、この世界を楽しもうよ」
鋭いな……。
「別に脅されてるわけじゃないけど、私自身が、あまり酒場に良いイメージがないから」
「あー、ゲームでは確かに、うざ絡みするキャラもいたよね。なるほどー。でも、主人公のうちに多くの人間関係を作っておかないと、後悔することになるよ。あっ、脅してるわけじゃないからねー」
ラムネさんは、私を酒場に連れて行きたいらしい。
「わかってますよ。心配してくれて、ありがとうございます。とりあえずミッションを進めようと思ってるから、また酒場が出てきたときに、予定が合えば……」
「あっ! じゃあ、明日、シャールくんを見に行く? まだ、攻略対象は誰も見てないんでしょ」
「この街にいるんですか?」
「ちょっと離れた場所だけど、主人公は転移屋が無料で使えるからね。明日の朝、宿屋に迎えに行くね。夕食、ごちそうさま」
ラムネさんはそう言うと、私を残して立ち去っていった。




