13、シャルルさんと昼食
「あら、逃げずに待っていたのね」
宿屋の時計が12時になる少し前、シャルルさんがロビーに姿を見せた。
「シャルルさん、こんにちは。外に出ると戻れなくなるかと思ったので、ここで待っていました。まだ12時になってないですよ?」
「恋人に逃げられたアナタが宿屋から動かないから、早めに来てあげたわ。感謝しなさいよ?」
彼女は、言葉遣いは悪役令嬢だけど、その表情は私を心配してくれていると感じた。そういえば、昨日、始まりのカフェでも、キツイ言い方だけど、アドバイスをしてくれたっけ。
「ありがとうございます。それで、私は何をお手伝いすればいいのですか?」
私の返答に、彼女は怪訝な表情を浮かべた。ちょっと強い口調だったから、嫌味に聞こえたのかな。
「それは、2分後に言うわ」
携帯機を見ながら、彼女は私のすぐ近くに立った。恋人の残り時間か。彼女が几帳面なのか、従わせる強制力があるのか……。
恋人の残り時間がゼロになると、セルさんの表示が消えた。その瞬間、胸がズキッと痛んだ。恋人履歴に移ったのだとわかっているのに、複雑な気持ちになる。
「オモチさん、友好値が高い私を優先するわね?」
「あ、はい? ひゃっ!」
ロビーにいた人達が、一斉に私に向かってきた。フレンドの顔は全然覚えてないけど、たぶんフレンド登録した人達よね?
「彼女は、私と待ち合わせていたのよ。アナタ達は、他の主人公を探しなさい! オモチさん、行くわよ」
「あ、はい」
シャルルさんは私の腕をつかんで、何か小声で喋った。聞き返そうとした瞬間、私達の足元に魔法陣が現れた。これは、乙女ゲームでも見たことがある。転移魔法陣だ! 次の瞬間、真っ白な光に包まれた。
◇◇◇
「はぁ、ったく。私から横取りできるとでも思っているのかしら。しかし、変な人も居たわね」
移動した先は、混雑した看板通りだった。これだけ人が多いと、流れに合わせて歩くことしかできない。追われたときには、人混みの中に逃げ込むのも、有効かも。
「転移魔法が使えるなんて、すごいですね!」
「は? 何を当たり前なことを言っているの? 昨日は、転移魔法が使えない恋人と一緒だったのかしら」
「魔法は、初めて体験しました。昨日一緒だった人とは、徒歩で移動しました」
「そう。アナタは理解してないみたいだけど、主人公の期間が終わると、準備不足だと大変なことになるわ。変な男に、初日を潰されたわね。いきなりキスされたんでしょ?」
「えっ? あ、はい。でも、私のミッションに付き合ってくれたから、悪い人ではないと思っています」
私がそう言うと、彼女の気に障ったのか、無言で携帯機を見ている。悪役令嬢には反論しない方がいいのかな。
「オモチさん、この先にある店に付き合ってくれるかしら? 前から行きたいと思っていたのよ」
「はい、大丈夫ですよ」
「人混みでの魔法は禁止なの。面倒だけど歩くわ。この看板通りには来たことはあるかしら?」
こんなに混む看板通り? でも、時間帯によって異なるかもしれない。私は、携帯機の地図を開いた。歩いたことのない道みたい。
「他の看板通りは行きましたが、ここは初めてみたいです」
「やはりアナタは、真面目なのね。ただの世間話なのに、正確に答えようとする労力は無駄ではなくて?」
また、彼女の口調と表情がズレている。
「わからないことばかりなので、わかることは正確に答えようと思いました。そのうち、要領良く立ち回れるようになるかもしれませんけど」
「ふぅん。アナタには推しはいるのかしら? この看板通りは、アース星の新作でしょ?」
「ここは、『月の世界の王子様』のポスターだけなんですね。『月の世界の王子様』なら、全ルートをクリアしたけど、ウィル推しです」
「ウィル推し……なるほどね。他人の推しに何かを言うつもりはないけど、良い趣味だとは言えないわね」
シャルルさんも、セルさんと同じだ。ウィルが危険だと言っているのかも。でも、石畳を歩いているからか、セルさんみたいにストレートな表現はしなかった。
◇◇◇
「いらっしゃいませ」
えっ? ここは……。
「個室は空いているかしら?」
「はい、ご案内します」
シャルルさんに連れて行かれたのは、ガヤガヤと賑やかな店だった。赤い顔をした酔っ払いが大勢いる。20歳前後の綺麗な女性を囲んでいるみたい。酒場っぽいのに、昼から営業してるのね。
「こちらでよろしいでしょうか」
「ええ、昼定食をお願いね。この子はアース星、私はロッコロッコ星よ」
「かしこまりました。昼定食2人前ですね。混み合う時間ですので、少し遅くなります。ご了承ください」
店員さんは、手に持っていた機械に注文を打ち込んだみたい。なぜ、星の名前を言うんだろう? ロッコロッコ星ってことは、彼女はセルさんと同じ星の生まれだ。
個室の扉が閉まると、シャルルさんはフーッと息を吐いた。その仕草は、悪役令嬢らしくない。
「オモチさん、ここの個室には防音結界があるよ」
喋り方も違う。
「シャルルさん、何だか雰囲気が変わりましたね。防音結界があるから、声が漏れないためですか?」
「ええ、ここなら役割を気にせず話せるのよ。オモチさん、宿屋ノームを選んだ理由を教えてくれる?」
彼女の表情は、やはり私を気遣ってくれていると感じた。でも、信用できる人かは、まだわからない。
「あの近くの看板通りに行った後に、一緒にいた人が連れて行ってくれたんです。だから、私が選んだわけじゃないです」
「そう、やっぱりね。恋人だった人は誰なの?」
「ご存知じゃないんですか?」
「恋人がいることはわかるけど、誰かはわからないの。変な男だったら困るもの」
なぜ、シャルルさんが困るの?




