10、セルシードの決断
宿屋ノームの近くには、また別の看板通りがあった。ここは、人が多いな。
セルさんは、すぐには看板の裏側には行かずに、ポスターを見ている。ここに貼られているポスターは、どれも私が知っている乙女ゲームの名場面ばかりだ。
「知っているゲームはあるか? あっ、オモチの推しは、この中にいるのか?」
「はい、どの名場面も知っていますよ。新作でいえば、ウィル推しです。ここに来たのは、ウィルのストーリーをクリアした後だったので」
「ウィルって、どれ?」
あれ? ウィルを知らないのかな。あっ、研究室と街を行き来しているからかも。制作から配信までは時間差もあるよね。
「彼がウィルです。新作の『月の世界の王子様』では、全8ルートの中で一番難しかったんですよ」
「ふぅん、『月の世界の王子様』が新作なのか。やはりアース星への配信は、少し遅いな」
「他の星では、もう古い乙女ゲームなんですか?」
「古いというほどでもないぜ。制作は、5年ほど前だけどな。そうか、それで今、アイツらが動いてるのか」
「ん? アイツら?」
「あー、いや、何でもない。それより一緒にミッションの確認をしようぜ」
彼は、私の手を引いて少し歩くと、看板の裏側の芝生へと入った。看板があるのに、彼には空き状況がわかるのかな? たくさんの人達が座っているのに、彼が入った場所は、ちょうど空いていた。
◇◇◇
芝生に座ると、セルさんは自分の携帯機を操作し始めた。地図を表示しているみたい。何をしているんだろう?
私が見ていることに気づくと、彼は地図を閉じた。私には見られたくないのね。
「あっ、ミッションを確認しますね」
私が携帯機を持つと、彼は、私の手を押さえた。そんなことされたら見れないよ。
「オモチ、忠告しておく。推しに会いたいなら会えばいいが、外が明るいうちにしろ。もう、こんな時間はダメだからな」
見上げると、夕焼け空が見える。
「夕方は、誰かに会うと危険なんですか?」
「危険だよ。特に、オモチが推している攻略対象はな」
ウィルが危険ってこと? だけど、彼はハッとした表情をしたから、踏み込まない方がいい気がした。
私の手を押さえていた彼の手が離れた。次のミッションを確認するんだったよね。私は、携帯機のホーム画面のミッションを開く。
【ミッション5】未達成
酒場に行こう!
(残り4日5時間11分)
【ミッション1】友達を作ろう!
【ミッション2】コンセプトカフェに行こう!
【ミッション3】看板通りに行こう!
【ミッション4】宿屋にチェックインしよう!
「あっ……次のミッションは、酒場に行こうになっています。セルさんの予想が的中してる」
「やはりな。しかも、あの女が接触して来たってことは、悪意しかないぞ」
セルさんは小さな声でそう呟くと、自分の携帯機を操作している。また地図を見ているみたい。何をしているのか気になるけど、聞いてはいけない気がする。
夕暮れの空は、だんだんと夜に染まり始めた。芝生に座っていると、隣の人達の顔も、はっきりとは見えない。音声結界があるから声は聞こえないし、顔も見えにくくなってくると、ちょっと落ち着かない。
セルさんは、また携帯機を見ながら、何かをジッと考えている。私が彼の予定を邪魔しているのかな。
「オモチ、いくつか話しておきたいことがある」
「へ? あ、はい」
突然、話しかけられて、変な返事をしてしまった。だけど、彼は笑わない。
「俺は、この後、ジュエンを出るつもりだ」
「えっ? この街を出るんですか?」
「あぁ、それが最善だろう。オモチがアース星に帰るまで、ずっとそばに居て世話をしてやるつもりだったがな。俺がいることで、妙な奴らが動き始めた。だから、3日ほど離れる」
「3日後には、戻ってくるんですね?」
「確約はできない。状況を見ながらになるからな。5日後になるかもしれない」
私は、自分がとてもガッカリしていることに気づいた。セルさんのことが好きなわけではないと思う。だけど、信頼できる人だと思っている。
「この後ということは、私の恋人時間が終わった後ですか? 明日の昼かな」
「いや、この後すぐだ。その方がいい」
「えっ……そう、なんだ」
私の呟きに、彼はフッと優しい笑みを浮かべた。
「また、子猫みたいになってるぜ? 3日と言ったが、2日後に戻るかもしれねぇし、そんな顔をするなよ」
彼は、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。完全に子猫扱いされているの?
「オモチ、俺が芝生の上で話したことは、誰にも言うな。本来なら、主人公には言ってはいけない話もしたからな」
「はい。でも、芝生の上で聞いたか、歩きながら聞いたか、イマイチよく覚えてないです」
「それなら、誰か他の人から聞いた話以外はするな。じゃないと、奴らのオモチへの執着がひどくなる」
「奴らって……聞いてもいいのかな?」
私がそう尋ねると、彼は口を開きかけて、また地図を見たみたい。
「オモチは知らない方がいい。それから、俺のことは、ただの悪役だということにしておいてくれ。オモチが内情を知っていると思わせないためだ」
「わかりました」
「それと、宿屋は変えるな。あの宿が一番安全だ。他の街に行ったときは、始まりの宿屋に行け。知らない宿屋には絶対に泊まるな」
「はい、わかりました」
私が素直に返事をしていると、彼はフッと自嘲気味に笑った。
「あはは、何だか俺、必死だな。だがオモチは、アース星に帰らせてやりたい。悪役の俺の言葉は信じられないかもしれないが、帰りたいなら必ず守ってくれ。あっ、それから、ビンゴミッションには手を出すなよ? あれは、よく罠に使われるからな」
そう言うと、彼は私をギュッと抱きしめた。




