30 思い、思われる
ツヴァイが悪役令嬢との決闘に絶対に勝つと覚悟を決めたのとほぼ同じタイミングで、少し離れた場所で作戦を考えていたアストライアが戻ってきた。
戻ってきたということは何か妙案を思いついてくれたのだろうかとツヴァイが期待を込めた視線を向けるとアストライアは。
「やっぱり時間が足りない。だから────いっそのこと奴隷になるのもありかも」
「……おー……」
ツヴァイが期待していたような案とは真逆の提案をしてきたため、ツヴァイは苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「……こっちはかなり頑張る気になったんだけどな……。アストライア。それは奇策とかじゃなく、純粋に敗北、もしくは降参してフレグランスの奴隷になることを推奨してるのか?」
「そうなる。勝利するために必要な三ヶ月分の特訓を数日に圧縮するプランを立ててみたけど、無理な特訓は体を壊す可能性が高いし、ツヴァイの体が耐えたとしてもじっくり鍛えた場合よりもどうしても力の質が落ちる。そうなるとツヴァイが中途半端に強くなったことで、フレグランスが力の加減ができなくなってツヴァイが負ける上に大怪我をする結末が見えてくる。そんなことになるぐらいなら、素直にフレグランスの家に就職した方が良い」
「……戦いのプロのアストライアが言うと説得力があるな。けどさ、俺は……ん? 就職? それはどういう……」
そしてアストライアの理由説明に納得できる部分があることを認めながらもツヴァイは反論しようとしたが、奴隷という条件とは似て非なる就職という言葉をアストライアが口にしたため、その事について尋ねると。
「あの、ツヴァイさん」
そのツヴァイの疑問にアストライアではなくリアが反応し、リアがツヴァイの疑問に答え始めた。
「この国には、いえ、この世界にはそもそも奴隷なんて一人もいないんです」
「……奴隷がいない?」
「はい。大昔には一時期奴隷制度があったみたいですけど、今のこの世界に奴隷は存在しません。というか、存在してはいけません。人を奴隷にするなんて絶対にやっちゃいけないことですから」
「……ああ、それはその通りだと俺も思う」
リアの説明はもちろんそうだと強く賛同できるものだったが、ツヴァイの疑問は完全には解決しなかった。
「……けど、じゃあなんでフレグランスは俺を奴隷にするなんて言ったんだ? ……奴隷のように休みなく働かせるって意味で言ったんだろうか」
そしてその残った疑問をツヴァイが口にするとリアが少し悩みながら自らの推理を言葉にし始めた。
「その、ツヴァイさんの考えるような意味ではないと思います。街の仕事場には例外なく国と学園の監査が入り、ひどい労働をさせることはできないようになってますから。なので、フレグランスさんの言う『奴隷にする』は、一生雇いたい、終身雇用を約束するという意味合いで使っていたとリアは思ってます」
「……終身雇用があるのかこの世界……って、それはあまり関係ないか。えっと、そのリアの推測通りなら……、フレグランスは本気で俺を雇おうとしているってことなのか? いったいどうして……」
リアの話を聞き、自分がいた世界では伝説になっているようなシステムがこの世界に存在することに驚いた後、ツヴァイはフレグランスが自分を雇おうとしている理由が全くわからず、首を傾げた。
すると。
「たぶん、ツヴァイはフレグランスに気に入られた」
アストライアが悩むことなくあっさりとその理由を語った。
「……俺が気に入られた? ……え? なんで?」
「それはわからない。けど、ああいう感じの流れでわたしもスカウトされたことがある。断ったらすぐに引いてくれたから決闘とかにはならなかったけど」
「……」
そのアストライアの発言は経験則に基づいたものであり、信用に値するとツヴァイは思った。
しかし。
……俺が気に入られたって、そんなことあるのか? 俺があの悪役令嬢に好かれる場面なんてどこにもなかっただろ。
アストライアの言葉は信用したいが、口論をした相手である俺がスカウトされる意味がマジでわからない。とツヴァイが頭を悩ませていると少し不安そうな表情を浮かべたリアがツヴァイに話しかけた。
「……その、昨日の夜、フレグランスさんは断言はしませんでしたが、ツヴァイさんを側仕えにしたいというようなことを言っていました。フレグランスさんの側仕えになると、毎日、かなりの時間、拘束されることになると思います。……あの、ツヴァイさんは、フレグランスさんとずっと一緒にいたいと、思ってたりしますか……?」
そして、上目遣いで自分を見つめるリアにそう問われたツヴァイは。
「いや、まったく」
ノータイムでそんなのは嫌だと言い切った。
「そ、そうですか」
そして、よかったぁ……。と誰にも聞こえないような小さな声で呟くリアの隣でアストライアとツヴァイが会話を始め。
「フレグランスはお金持ちだから給金は凄いと思うけど」
「……こればっかりは金の問題じゃないな。俺はあのお嬢様が好きじゃないから、どんな好条件でも勤める気にはならない。だってさ、自分のことを思ってくれている人を傷つけた奴のところで働きたいなんて普通、思わないだろ」
ツヴァイがその会話の中でリアにとって、とても気になる発言をした。
「……!」
もしかしたら、言葉にしていなかった自分の思いが伝わっているのかもしれない。そう思ったリアが慌ててツヴァイの方に顔を向けると。
「リアが俺のことを思ってくれているのと同じくらい────俺もリアのことを思っているんだ。だから、あのお嬢様は一度しっかり反省させないと気が済まない」
真っ直ぐな瞳で迷いなく自分たちは互いに思い合っていると言い切ったツヴァイと視線が合い。
「────」
リアは一瞬、硬直した後。
「……っっ~~~~~!?」
まるで思い人からプロポーズを受けたかのように顔を真っ赤にして、声にならない声を上げた。




