18 決闘契約
「決闘だと……?」
決闘を申し込む。そう悪役令嬢に宣言されたツヴァイは疑問を抱く以前に単純に不快に思った。
今、ツヴァイは悪役令嬢がリアの亡くなられた父親の悪口を言ったことについて怒り、リアに謝罪するように要求していたのだ。
だというのに悪役令嬢は一切謝ることなく急に決闘だの何だのとわけのわからないことを言い出したため、ツヴァイは苛ついてしまい悪役令嬢を睨むように見つめたが、悪役令嬢はそんな視線を意にも介さず自分勝手に話を続けた。
「ええ、貴方はこのわたくしが直接、しつけなければならない猛犬だと判断いたしましたわ。貴方のような人間に自分の立場を骨の髄まで教え込むには決闘が丁度いいのです」
「……何故、俺がお前と決闘なんかしなければならない」
「あら? 貴方はわたくしに何かをさせたいのではなかったかしら? こちらも貴方にさせたいことができましたので、敗者が勝者の言うことを1つ聞かなければならない決闘が双方にとって丁度いい方法だと思いましたのですけど」
「……」
……この悪役令嬢、決闘までしないと人に謝ることすらできないのか。
とんでもない人間だな、悪い意味で。と、ツヴァイは呆れ果てたが、逆に言ってしまえば、悪役令嬢はその決闘とやらで負けたら言うことを聞くと断言したため。
「わかった。その決闘、受けて立つ」
ツヴァイは街の人達が見ている中、決闘を受けると明言した。
すると。
……ん?
人だかりの中の学生達を中心に、先ほどとは違う種類のざわつきが広がった。
「フレグランス様と決闘ですって!!」「身の程知らずが過ぎる……」「っていうか、そもそも誰? あの男の子。誰か学園で見たことある?」「オレ、会場での物販の許可取ってくる!」「あー、席の抽選当たるといいな。楽しみー」
「……」
……なんというか、祭りの開催が決まったかのような盛り上がり方だな。この世界じゃ結構な頻度で決闘が行われてるのか?
日本じゃ決闘は犯罪だったのに、本当に世界が違うんだな……。と、人だかりの中から聞こえてくる学生達の声に軽くため息を吐いてからツヴァイは意識を悪役令嬢に戻した。
「決闘の盟約、確かに。決闘のやり方はカームロバスト学園の基本的なルールに則ったものでよろしくて?」
「……決闘をすると聞いた後の学生達の様子を見る限り大丈夫だと思うが、一応確認させてくれ。そのルールは殺し合いや相手に大怪我をさせるようなルールではないよな?」
「当然ですわ。何処ぞの闘技都市で行われている決闘のような野蛮なルールではありません。戦うわけですから一切ケガをしないということはありませんが、互いに握手ができる状態で戦いを終えることができなければ、それはこの街での決闘にはなりません」
「そうか。なら、それでいい」
「認識の擦り合わせができて何よりですわ。では、正式な手続きは後日行うことになりますが、今のうちにお互いが敗者に望むことを確認しておきましょう。貴方はこのわたくし、フレグランスに勝利した場合、何を望むのです?」
「そんなのは決まっている。俺が勝ったらお前はリアに心からの謝罪をし、リアのお父さんだけでなく死者に対する侮蔑の言葉を金輪際口にするな」
「……まあ、会話の流れからして、そうでしょうね。ただ、わたくしが貴方に望むのは────わたくしの奴隷になることです。なので、少々お互いが求めるものの重さが違うような気もしますの。ですから、一度だけ聞きますわ。貴方、本当に決闘をしてもよろしくて?」
謝罪し、一定の言葉を禁句とすることと相手の奴隷になること。2人の要求の重さが大きく違うがそれでも決闘をするのか、と悪役令嬢はツヴァイを試すような言葉を発したが。
「ああ、何の問題もない。なにせ、俺とお前の要求の重さは殆ど一緒だからな。お前が口走った言葉は人の人生を壊しかねない、それ程のものだったんだ。それを決して忘れるな」
「……」
迷うことなくツヴァイはそう答え、悪役令嬢は眩しいものを見るように僅かに目を細めた。
「……そういえば、まだ、貴方のお名前を聞いていませんでしたわね」
「俺の名前? ツヴァイだ」
「ツヴァイ……。ふふ、仰々しい名前ですこと」
そして、ツヴァイの名前を聞いた悪役令嬢、フレグランスは笑みを浮かべながら身を翻し。
「────では、ツヴァイ。またお会いしましょう」
付き人と思われる双子の姉妹を連れ、去って行った。
『おーっほほほ……!』
双子が持つスピーカーから聞こえるお嬢様ボイスと共に。
『おーっほほほ……!』
……また連打してる。
なんか締まらないなと思いつつも、今はいなくなった悪役令嬢のことよりも大事なことがあるとツヴァイは振り返り。
「リア」
一人の少女の名を呼んだ。
悪役令嬢との間に割って入ってから今までリアと言葉を交わしていなかったツヴァイは彼女と話をしようとしたのだが……。
「……リア?」
ツヴァイが振り返ってもリアは大きなフードを目深く被ったまま、ツヴァイと視線を合わせようとしなかった。その事をツヴァイが疑問に思っていると。
「……その、また助けていただき、ありがとうございます。……とても嬉しかったです。本当に」
リアは顔を伏せたままではあったが、ツヴァイに感謝の言葉を述べた。
しかし、その声は森で快活に喋っていた時とはまるで別人のような元気のない声で、心配したツヴァイが大丈夫かと声を掛けようとしたがその前にリアが言葉を続けた。
「……けど、ツヴァイさんはリアにもう関わらない方がいいです。少なくとも、この街の中では」
「……それはどうして?」
「フレグランスさんには後で決闘を無しにして貰えるようにリアがお願いしてきます。だから、ツヴァイさんはこの街で普通に生活を送ってください。っ、失礼します……!」
「……!? リア……!?」
そしてリアはツヴァイの疑問に答えることなく一方的に会話を打ち切り、ツヴァイに背を向け、人だかりの中に消えていった。
「────」
そんなリアの突然の行動にツヴァイは少なからず衝撃を受けた。
守ったつもりで逆に自分がリアを傷つけてしまった? 別世界から来た自分が出るべきではなかったか? でも、子供が心ない言葉で傷つく姿をただ見ていることなんて出来なかった。
ツヴァイの頭の中で様々な思いが浮かび上がり、自分はこれ以上余計なことをしない方が良いんじゃないのか? という後ろ向きな考えすら浮かんできてしまったが。
「……っ!」
それは違う。ちゃんと話をするべきなんだ。何も知らないまま、何もしないでいるのが一番ダメだ。とツヴァイは自分の中のマイナスの考えを否定し、走り出した。
そして、リアを追いかけるために人だかりの中を抜けようとしたのだが。
「……!?」
その途中で抱きつかれるように腕を捕まれたツヴァイは人だかりの中で足を止めてしまった。
そして、ツヴァイが驚きながら自分に腕を絡ませている人物に目を遣ると。
「ハーイ。ちょっといいカナ?」
全く知らない女生徒がニコニコ笑顔でツヴァイを見つめていた。
「いや、全然よくないんだが」
「まあまあ、そう堅いこと言わないでサ。アタシ、学園で新聞部の部長をやってる者なんだけど、ちょっと時間をくれない? キミのこと色々取材させて欲しいナー」
「ごめん。本当に急いでるから離して────って、動けない……!? 力が強すぎる……! 君、本当に新聞部……!?」
そして、ツヴァイが自称新聞部の部長の腕を必死に振りほどこうとしている間に、オレも聞きたいことがある! 私も! と学生達がゾロゾロと集まってきてしまい、ツヴァイは完全に身動きが取れなくなってしまった。
「っ……! 君たち待ってくれ……! 俺はリアを……!!」
……くそっ、どうしたら……!
興奮する学生達に囲まれ、リアの姿を完全に見失ってしまったツヴァイは何か手はないかと辺りを見渡し。
「────」
宝石のような紫の瞳と目が合った。
……アストライア……!
ゴブリンから自分とリアを助けてくれた銀髪の少女、アストライアを見つけたツヴァイはすぐに声を掛けようと思ったが、学生達が大声で騒いでる今、少し離れた場所にいるアストライアに声が届くかは微妙だと考え。
「……! ……!」
リアの向かった方向を指で指し示した。
本当は自分を取り囲んでいる学生達を何とかして欲しかったが、同じ学園の生徒との間に禍根を残すことになったりしたら大変だろうから、動けない俺の代わりにリアのもとに行って悲しんでいる彼女の話し相手になって欲しい。そんな思いを込めてツヴァイはアストライアにリアが向かった方向を伝えた。
「……」
そして、そんなツヴァイの様子をアストライアは暫くの間、黙って見つめていたが。
「────」
……え?
アストライアは何故かツヴァイが指し示す方向とは真逆の方向に向かって歩き出してしまった。
「……」
……指差しだと意味が伝わらなかったか? いや、アストライアのいた場所から考えるとリアが急に走り出した場面も見ていたはず……待て、そもそも2人はモンスター生態研究所に一緒に行ったよな。その後も別れずに行動していたのなら……。
「……もしかして、最初からいたのか?」
リアが悪役令嬢に絡まれた時からずっとアストライアがこの場所にいた可能性が高いということに気づいたツヴァイは混乱した。
……友達のリアが困っていたのに、なんで助けに入らなかった? あの悪役令嬢が怖かったのか? それともリアの亡くなられたお父さんの話と関係があるのか?
頭の中で疑問が渦巻くがツヴァイの中にある情報は余りにも少なく、推測をすることさえ難しかった。
だから、ツヴァイはせめてアストライアが自分を黙って見つめていたときの表情だけでも思い出そうとした。
……別にぼんやりしてたわけじゃないよな。真剣な顔でも悲しんでいる顔でもなかった。なんていうかな、さっきのアストライアは────
「────」
大変な出来事が起きたときにどうすればいいのかわからない。そんな、幼い子供のような表情を浮かべていた。




