16 出来立てのコロッケはとてもおいしい
「……この2週間の滞在許可書。学園事務所の印とヒュッゲさんのサインがしっかり入ってるな……。信頼を裏切るような真似だけはしないようにしないとな」
学園の事務所での話し合いを終えたツヴァイは一人、街を歩いていた。
ツヴァイはリア達とまた会う約束をしていたためモンスター生態研究所を探そうと思ったものの、リア達と合流する前に学園の事務所でヒュッゲと話した内容について一人で少し考えたいとも思い、街の中をぶらつきながら事務所での話を思い返したり、これからについて考えていた。
学園の事務所でツヴァイの担当をした事務員ヒュッゲは、ツヴァイの話を真剣に聞いてくれた。
ツヴァイが予想していた通りこの世界には異世界転生、転移の概念は存在していないらしくヒュッゲは別世界からの来訪者であるツヴァイの話を興味深げに聞き続け、全て聞き終えた後、ヒュッゲはちょっとだけ少年のようになっていた表情を社会人の顔へと戻し。
別の世界から来たことを証明できたとしてもこの世界で有利に働くことがあるかと言えば、残念ながらありません。と、ハッキリ言い切った。
そして、そう言われてしまったツヴァイは、そんな酷い話があるか! と嘆き悲しむこともなく、まあ、当然だよな。と普通に納得した。
この世界にはこの世界の法があるのだから異世界から来たとしてもその法に従うのが当たり前なのだ。と、ツヴァイはその結論にごねることなく他の世界から来たアドバンテージではなくディスアドバンテージを背負った自分がこの世界で生活するためには何をすればいいのかをヒュッゲと前向きに話し合った。
そして、その話し合いの結果、身元が存在しないツヴァイがこの街で生活するために次の条件のどれかをクリアしようということになった。
『この世界の一般的な生涯年収の10倍の額を街に寄付する』
『街の住人と結婚、もしくは街の住人の養子になる』
『カームロバスト学園の生徒となる』
『仕事先を見つけ、その職場に勤める人間5人に身元保証人になってもらう』
その条件がこの4つである。タイムリミットはヒュッゲが規約ギリギリまで伸ばしてくれた一時滞在期間の2週間。その間に4つの条件のどれかをクリアし、街の住人として登録されなければツヴァイは医師の診察を受けた後、心身共に健康なただの不審者と結論付けられ、国外追放か特殊労働所送りとなる。
国外追放も特殊労働所送りも本当にきついことらしく絶対に避けるべきとヒュッゲに力説された上に、問題の先延ばしという方法もヒュッゲが提示してくれたが他の街でこの街と同じように対応してくれるとも限らないので、ここで勝負をするとツヴァイは決断し、ヒュッゲに一時滞在許可書を作って貰った。
そして、この4つの条件の中でツヴァイが一番に狙っているのが『カームロバスト学園の生徒となる』というものである。
生涯年収の10倍を寄付するのは所持金ゼロの状態からではまず不可能であり、街の住人と結婚することや職場の人間に身元保証人になって貰うという条件はこの街の住人の重荷になるため、ツヴァイは一番人の迷惑にならない学園の生徒になるという条件をクリアすると決めた。
だが、決してその条件が簡単なものであるというわけではない。
ツヴァイの実際の年齢は31歳だが高校生の頃の肉体に戻っている今なら学園の生徒になっても見た目は問題ないのだが、それ以外のことが問題だらけなのだ。
まず第一に身元の証明ができないツヴァイは正規の手段での入学はできないとヒュッゲは断言した。つまり入学試験を受けることがそもそも不可能なのである。
だが、身元がわからなくても犯罪歴さえなければ特例で入学する方法がいくつかあり、そのうちのどれかをクリアすれば良いのだが……。
『学園と街全体の宣伝になる行いをし、更にある程度の経済的利益を学園にもたらす』
『世界指定の超上級モンスター、もしくはゾーンモンスターの討伐実績』
『学園の指定する国家、街、団体、学校の3つ以上から推薦がある者』
と、それらの方法全てが別世界から来たツヴァイにとっては、竹取物語のかぐや姫が出した難題と同レベルのモノのように感じられた。
……ヒュッゲさんは別世界の知識を使って特許を取れば話題になって街や学園の宣伝にもなるからいいのでは? ってアドバイスしてくれたけど、俺、そんなに学がある訳じゃ無いんだよな。……ここはネット小説の有名作に倣って異世界にはない筈の牛丼かオムライスの専門店を開いて、この街に来たらこの店! みたいな有名店にして街に観光客を呼び寄せ、更に利益の一部を学園に寄付するのが最適解か……?
この異世界の街で食堂を開くのが一番勝率が高いかも知れないと本気で考え始めた時、ツヴァイは何となく片手をポケットに突っ込んだ。
……ん?
するとポケットの中に硬い何かが入っており、自分がポケットに何を入れたのかをすぐに思い出せなかったツヴァイはそれを取り出して確認することにした。
「ああ、これか」
そして、ツヴァイはポケットからスマートフォンによく似ている機械を取り出した。
「名前は確かチェッカだっけ。ほんと、スマホそっくりだよな」
それは空中ウィンドウを展開するやり方をいくらティーチングしても空中ウィンドウを開けなかったツヴァイにヒュッゲが貸してくれたこの世界で魔具と呼ばれる道具の1つだった。
この世界では魔法の一種である空中ウィンドウを殆どの人間が開くことができるのだが、稀にツヴァイのように空中ウィンドウを展開することができない人間がおり、そういう人達が空中ウィンドウの代わりに使う物がこのチェッカという道具だ。
見た目や操作方法はスマホに非常によく似ているが、人間のスキャンとステータス表示以外の機能は一切無く、スマホのように通話したりアプリでメッセージを送るということはできない。
……この見た目で電話機能無しとかも凄く驚いたけど、空中ウィンドウにも通話やメッセージ機能が無いってヒュッゲさんに聞いた時はもっと驚いたな。
そういえば、この世界での主な連絡手段が何か聞くのを忘れたな。と、そんな事を考えながらツヴァイはスマホをいじるように半ば無意識のうちにチェッカを慣れた手つきで操作し始めた。
……人自体にレベルはなくてHPやMP、後、ATKとかINTみたいなパラメーターもなしか。けど、所持スキルにはレベルがあるし、ランクはシルバーとかゴールドとかがあるからそれを見て相手がどのぐらいの力を持っているかとか所属を確認できる感じか。
今、チェッカに表示されているのは使い方の説明の際にスキャンをさせてもらった事務員ヒュッゲのステータスである。
「……」
そのステータスを見ながらツヴァイは難しい表情を浮かべていた。だが、それはステータスの意味を読み解くのが難解だから、ではなく。
……これ、どう見ても日本語と英語だよな……。
そこに表示されている言語が日本語と英語で普通に読めるのがなんかおかしいよなあ。という困惑からくる表情だった。
異世界で日本語と英語がまるで公用語のように、いや、公用語として使われていることがツヴァイには不思議でたまらなかった。
……ここが完全な異世界じゃなくてゲームの世界ならまだわかるけど、車に轢かれて死んで完全初見のゲーム世界にダイブ、ってネット小説でもあまり聞かない展開だしな。……後は翻訳魔法とかで俺の目にだけそう映っているって可能性もあるか。
細目で見たら文字が変わったりしないかな。とツヴァイが老眼の中年のようにチェッカに表示されている文字を眼を細めて見つめた、そんな時だった。
「おい、あんちゃん!」
少し離れた場所から、男性の野太い声が聞こえた。
この世界での男の知り合いは今のところヒュッゲしかいないツヴァイはその声がヒュッゲの声ではなかったため、反応することなくチェッカを見続けていたが。
「おい、そこの小難しい顔をしてる黒髪のあんちゃん!」
その呼びかけに情報が追加されたことでツヴァイはもしかして、と顔を上げ、声のした方を見た。
「……えっと、俺のことですか?」
そして、声を出していたと思われる50代ぐらいの男性に話しかけると、その男性は大きく頷いた後、手招きをしてから何かの店舗の中に入ってしまった。
「……?」
その突然かつ、予想もしていなかった呼びかけにツヴァイは首を傾げながらも男性が入っていった店に近づき。
……ここは精肉店か?
店の佇まいや売っている商品から精肉を扱う販売店であることに気づいたことで余計に自分が呼ばれた理由がわからなくなったツヴァイが店の真ん前で突っ立っていると。
「ほら、あんちゃん。これ食って元気だしな!」
男性が再び店の前に出てきて、ツヴァイに何かを手渡そうとしてきた。
男性が持ってきたもの、それは小さな耐油紙に包まれた揚げ物で。
……コロッケだよな。これ。
どこからどう見てもコロッケだった。
そのコロッケはとてもおいしそうに見えたがこの世界のお金を持っていないツヴァイは購入することができないため、ツヴァイは首を横に振り、買えないという意思表示をした。
「すみません。俺、今持ち合わせが無くて……」
「……あん? なんだぁ? うちの自慢の商品がいらねえってか? 食って元気出せって言ってんだから、食って元気出せや……!」
「え、ええー……?」
だが買えないといっても男性は引き下がることなく、むしろグイグイとコロッケを手に取らせようとしてきたため、なんだこれ、異世界の押し売りか? とツヴァイが本気で困っていると。
「……はあ。あんたは言い方が悪すぎる」
店の中からため息と共に男性と同じぐらいの年齢の女性が姿を現した。
おそらく男性の奥さんと思われるその女性は、男性の手からコロッケを取ってからツヴァイに笑顔で語りかけた。
「これ、うちの人気商品でね。試供品として受け取ってくれないかね? お兄さん見ない顔だから、今後ひいきにして貰いたくてね」
そして、男性とは違い真っ当な理由を言いながら女性がコロッケを渡そうとしてきたので。
「……そういうことでしたら、ありがたくいただきます」
ツヴァイはコロッケを手に取り、頭を下げて2人に礼を言った。
「おう、それ食いながら帰りな。いいか、あんちゃん、絶対に諦めんなよ!」
「そうね。生きてれば、いつかはどんな苦労も笑って話せる日が来るからね」
「は、はい……? どうもありがとうございます……?」
そして、2人にめちゃくちゃ励まされながらツヴァイは精肉店を後にした。
「……?」
それからコロッケを手に持ったまま、再び歩き出したツヴァイは何故自分はお肉屋さんの夫婦にあそこまで励まされたのだろうかということを考え始めた。
……俺、店の前でそんなにヤバい顔してたのかな……? そんなことはないと思うんだけどな。俺はただ、チェッカを見ていただけで……、いや、そういえば確かヒュッゲさんが……。
そして、ツヴァイはこの世界で空中ウィンドウではなくチェッカを使う人間がどういう人達なのかという話をヒュッゲから聞いたことを思い出した。
……この世界の人は殆どの人が魔法を使える。そして、空中ウィンドウは基礎中の基礎の魔法らしい。だから、空中ウィンドウを使えない人というのは戦闘や病気が原因で魔法全般が使えなくなった人が殆どで、そういう人がチェッカを使用する……。
「────」
……そういうことか。
この世界で魔法が使えないということがどれ程大変なことなのかが別世界から来たツヴァイにはわからなかったが、肉屋の夫婦からしてみればツヴァイはまだ若いのに魔法が使えなくなって落ち込む少年という風にしか見えなかったのだろう。
……だから、あんなに励ましてくれたのか。……いい人達だな。
今度、この世界のお金が手に入ったら、あの店にちゃんとしたお客として買い物に行こうとツヴァイは心に決めた。
そして、ツヴァイは精肉店の夫婦に頂いた熱々のコロッケを口に運び。
「……うまい」
人の優しさとコロッケの美味しさを強く噛み締めた。
そして、コロッケを食べながらツヴァイはぼんやりと街ゆく人々の姿を眺めた。
「……」
一人もスマホでメッセージのやり取りやゲームをしていない。SNSに上げるための写真や動画も取っていない。誰もが誰かと話し、自然に笑い合っている。そんな穏やかな賑やかさを感じる光景をツヴァイは素直にいいな、と思った。
……なんか、昭和の商店街みたいだな。
街並みが夕暮れに染まり始めたこともあって、ツヴァイは昔、映像で見て憧れた昭和後期の町の雰囲気もこんなだったのかな、という妄想を抱いた。
もちろん、ここは異世界ということもあって西洋風の建物ばかりだし人々の格好もファンタジー寄りではあるのだが、それでも昭和を資料でしか知らない平成生まれのツヴァイがそういう風に思ってしまう空気感が確かにここにはあった。
どこからかいい匂いが漂ってくる夕暮れの商店街。
子供達は大声ではしゃぎながら帰り道を元気よく走っていき、学生のカップルは夕焼けよりも顔赤くし、手をつなごうとして、諦めて、けどまたつなごうとして、それを繰り返しながら離れることなく一緒に歩き続け、仕事帰りのお父さんは子供の誕生日のケーキを買って子供の笑顔を想像し、自分も笑顔になりながら家への帰路につく。
そして、最後の締めというように聞こえてくるおーっほほほ! というお嬢様の声。それらが全てまさに昭和という感じで、知らないけれども、どこか、親近感が……、湧く……? 湧くか……これ? 湧かないよな?
「……は?」
……おーっほほほ! が聞こえる昭和……?
いや、それはおかしいとツヴァイは思った。昭和の古き良き街並みに響き渡るのはセミの声や豆腐屋の笛の音であって、お嬢様のおーっほほほが聞こえるなんてどんな文献にも載っていない筈なのだから。
……これはちょっと残念だな。一体誰なんだ。この良き昭和の雰囲気をぶち壊してる奴は。
そもそもこの街は昭和の町でも何でもない異世界の街なのだが、それでも憧れの昭和の空気感をぶち壊されて珍しく若干いらついたツヴァイはコロッケを食べながら、おーっほほほ! というお嬢様の声が聞こえる方へと向かっていった。




