13 ノットギルティ
────モンスターの疑いがある。
人間ならば誰でも反応するという空中ウィンドウを使用したスキャニングの結果、ステータスが何も表示されなかったツヴァイは人間に化けたモンスターの可能性があると命の恩人である少女、アストライアに拘束されて彼女たちが住む街へと連行された。
そして、その街の入り口には、アストライアにモンスター避けの道具などを貰った後、人を連れてくるために先に街に戻っていたリアともう1人女性が立っていた。
リアが連れてくるのはモンスター研究の専門家という話だったため、ツヴァイは勝手に白衣を着た老人をイメージしていたのだが、そこにいたのは20歳ぐらいの若い女性だった。
おなかが出ているショート丈のタンクトップにショートパンツの中でもかなり短いパンツを穿いてエプロンを付けており、博士というよりは海の家のスタッフのような格好をしていた。
その女性はツヴァイの姿を確認するなり誰とも喋ることなくツヴァイに医師の触診のようなことをし、その後すぐに空中ウィンドウと睨めっこを始めた。
そして女性が空中ウィンドウを見ている間、誰も口を開かなかったためツヴァイも。
……この博士さん、会社の近くにある移動販売店のスペースでからあげ弁当を売っていた店員さんにちょっと似てるな……。ボリュームのあるからあげ弁当を売ってるのに店員さんが滅茶苦茶痩せてたから印象に残ってるんだよな。
という本当にマジでどうでも良いことを考えながら黙って待っていると。
「ふう」
軽くため息を吐いたモンスター研究の専門家が初めてツヴァイと目を合わせ。
「神名持ちに拘束されるとかキミも中々に災難だったね。生きた心地しなかったでしょ?」
お疲れさま。と、ツヴァイにいたわりの言葉を掛けてからアストライアに拘束を解くように指示を出した。
「……シロということ?」
「そ。断言します。彼はめっちゃ人間です。この街の害獣生態研究所の研究責任者であるあたし、ソラが保証するだけじゃ足りないかな?」
「……ううん」
十分すぎる。とアストライアが呟くと同時にツヴァイの両手を拘束していた雷で作られた手錠がパチンと音を立てて消失した。
「……けど、モンスターの中には人間に化けるものもいると授業で習った」
色々と説明をお願いしたい。と、アストライアは納得がいかないというより自分の知識の不足を補うためにモンスター研究の専門家であるソラに説明を求めた。
「あー……、そういえばキミもあの子ほどではなくても座学苦手だっけ? わかった、軽く講義をしてあげよう」
そして、アストライアの頼みを聞き入れたソラはこの世界の住人ではないツヴァイにはちょっと理解しづらいモンスターの説明を始めた。
「まずキミは一番最初のところから勘違いをしているね。いいかい? この世界には人間に化けるモンスターは存在しない。一部の超上級モンスターが自分たちを人間だと誤認させる能力を持っているだけなんだよ」
「……誤認?」
「そ。分体の寄生、胞子の侵蝕、光と音による催眠、それらを使って人間の脳の働きをコントロールし、自分を仲間の人間であると誤認させて対象の人間をいいように操る厄介なモンスター達がこの世界にはいる。ただ、厄介すぎた故にそいつらはずっと昔に悪名高いデスサイズ種と同レベルの最優先駆除対象に選ばれたんだよね」
「……つまり?」
「そいつらはあたし達が生まれる前にほぼ絶滅しているってこと。だから殆ど心配はなかったんだけど万が一のこともあると思って、そいつらの能力を無効にする特殊な薬を飲んでからあたしはここに来て検査や皆が状態異常になってないかをチェックしたの。で、その結果は問題なし。彼は普通の人間であるとしか言いようがなかった」
「ウィンドウにステータスが不明とすら表記されなかったのは?」
「それは正直ちょっとよくわからないから専門の人を見つけて聞いて欲しいね。たださ、キミ、人間しかデータを読み取れないスキャンをモンスターにやったこと今までで一度でもある? ないでしょ。ウィンドウが使えなくなるから絶対にやらないようにって小さい頃に学校で習うもんね。あたしは普通に何度もやったことがあるんだけどモンスターをスキャンするとね、うるさい警告音と一緒に画面いっぱいにエラー表記が出るんだよ。だから、何も出ないなんてことは逆にありえない」
「……そう、なんだ。……わたし、また間違えた」
そして、ソラの長いモンスターの説明と空中ウィンドウのあまり知られていない仕様の話も聞き、アストライアは納得できたと頷いてから、力なく俯いた。
「……えーっと、まあ、誤解が解けて何よりだ」
その後、俯いたまま喋らなくなったアストライアと入れ代わるように話の決着がついたと感じ取ったツヴァイが久しぶりに声を出した。
当然の話ではあるがツヴァイは自分が絶対にモンスターではないとわかっていたため下手に刺激せず、事の成り行きを黙って見守っていたのだ。そして、それが功を奏し、話がこじれることなく自分のモンスター疑惑が晴れ、ツヴァイは安堵の息を吐いた。
「……っ」
そんなツヴァイの不安から解放された様子を見てアストライアは、最初に見せた不思議な雰囲気でもゴブリンを倒した時の冷徹な雰囲気でもなく、雷に怯える子猫のような表情を浮かべ本当に申し訳なさそうにツヴァイと視線を合わせた。
「その、ごめんなさい。……あ、おわび、おわびを……」
そして、ツヴァイに謝罪した後、アストライアはおわびと呟きながら自分の全身をチェックし、ポケットや制服の中まで覗き込んで。
「あ」
最終的にアストライアの制服だけに付いている厳つい徽章に視線が止まり、アストライアはそれを取り外した。
そして。
「まず最初のおわびとして、これをあげる。これはけっこう価値があるから闇市に流せば10年は働かなくても生きていけるぐらいのお金が手に入ると思う」
無職のあなたにぴったり。と、謝っているんだか貶しているんだかちょっとよくわからない発言をしながらアストライアはグイグイと徽章をツヴァイに押し付けるように渡そうとしたが、ツヴァイはそんなもの受け取れないと言って拒絶した。
「いや、俺にはその徽章がどういうものかわからないけど、そんなに価値があるものは受け取れないって」
「そう言わず受け取って。これを意図的に他者に譲渡した場合、わたしは社会的信用を完全に失い、一生職に就けなくなると思うけど、全然平気だから」
「……余計に受け取れない……!!」
というか絶対に受け取れるわけがないだろ……! と、どういう理屈なのかはわからないがその徽章を受け取った場合、未来ある子供を社会的に殺すことになるということを知ったツヴァイは割とガチめに怒りながらアストライアに徽章を付け直させた。
「……困った。今のわたしがあげられる価値のあるモノはこれ以外にない」
「だから、何もいらないっての。それにそもそもの話、さっき君は間違えたって呟いたけど俺は君が間違ったことはしていないと思ってるからな」
「……え?」
わたし、間違えていない……? と、困惑するアストライアにツヴァイは強く頷いて肯定した。
「ああ、自分で言うのもあれだけど俺の身元はかなり怪しいし、そんな怪しい奴をスキャンしたら空中ウィンドウが本来とは違う挙動をしたわけだろ? そりゃあ怖くなるし、なんとかしなきゃって思うのが普通だ。さっきのモンスター話を聞く限り、確かに君は少しだけ知識不足だったのかもしれないけど、君はリアを、この街の人を守るための予防措置を取っただけだ」
立派だよ。本当に。と、アストライアの対応は、ほぼ適切だったとツヴァイが断言したが。
「間違ってない……。え、じゃあ、わたしは、あなたに何をしてあげればいいの……?」
迷惑を掛けた罪悪感からか、それでもまだツヴァイに何かをしてあげたいとアストライアが言い続けたので、ツヴァイはアストライアにしてもらいたい、ただ一つのことを言葉にすることにした。
予防措置を取っただけで、何も間違ったことをしていないアストライアにツヴァイがしてもらいたいこと、それは。
「何でもなくてよかったね。────って、俺と笑い合ってくれると助かるな」
何事もなくて本当によかった。と笑い合うことだった。




