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どうせ今世も嫌われ悪女なので  作者: 染井由乃
第四章 王子の婚約者

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第1話

 翌日、わたしは与えられた客間の姿見の前に立たされていた。それもこれも、アルバートが手配した仕立て屋に採寸とドレスの生地を合わせてもらっているためだ。


 確かに今のわたしの衣服は鞄に詰め込んだ魔術学院の制服だけなので普段着が必要だが、先ほどから普段着には相応しくないような豪華な絹の布地を変わるがわる当てられているような気がしてならない。


 その様子をセシリアはにこにこと微笑みながら見守っていた。こういう笑い方はアルバートそっくりだ。


「仕立て屋さん、わたし、普段着だけでいいのよ。夜会用の服なんて持っていても、使う機会がないもの」


「いいえ、大公さまのご命令で舞踏会用を含めてドレスを十着は作るように言われています。それから礼拝用のドレスと、ネグリジェと……」


 そんなに仕立ててもらったら、せっかくアルバートからもらった薬代がなくなってしまう。どうにかして断ろうとした矢先、わたしの頭の中を見透かしたようにセシリアが笑った。


「レア、お代のことは考えないでください。どうせ兄さまが持ちますから、余計なことは考えずに好きなものを選ぶんです」


 セシリアは優雅にティーカップを口に運びながら微笑んだ。


「それはありがたいけれど……あなたは? セシリアは服を仕立てなくていいの?」


 なんとか仕立て屋たちの注意を分散させたくて、縋るようにセシリアを見つめる。こんなふうにわたしのためだけに時間を使うひとたちに囲まれるのは、なんだか慣れないのだ。


「わたくしは、もうすこし太らなければなりませんから、今の段階で仕立てても無駄になってしまいます」


 にこりと微笑んでセシリアは再びティーカップに口をつけた。


 確かにそう言われてしまえば何も言い返せない。今のセシリアは以前に比べれば一回り肉がついたとはいえ、まだまだ細い。月のものも再開していないと言っていた。医者の見立てではあと二回りほど太らなければ健康とはいえないらしい。


 セシリアほど美しいモデルがいれば仕立て屋の注意もそちらに向くだろうと思ったのに、作戦は失敗だ。慣れない気恥ずかしさを抱えたまま、わたしは仕立て屋たちに言われるがままあらゆる色の布を体に巻き続けた。


「お嬢さまには、濃紺や青、深緑がよくお似合いになりますね。落ち着いた色の赤いドレスもいいかもしれません」


 仕立て屋は満足げに告げた。もう一刻は立たされっぱなしだ。


「腕によりをかけてすぐに仕立ててまいります。数日お待ちください」


 そう言って、ようやく仕立て屋たちは帰っていった。彼女たちはわたしでも知っているような有名な仕立て屋で、手作業と魔術を組み合わせて作るため、他にはない質感やデザインを実現できるのだという。


 仕立て屋たちと入れ替わるように、わたしの着替えを待っていたらしいアルバートが訪ねてきた。


「どうだった? レア。気に入ったものはあったかな」


「アルバート……気に入るも何も、わたしには素晴らしすぎるものばかりだったわ。それよりも値段が心配で――」


「――それなんだけど、少し早めの誕生日の贈り物というのはどうだろう?」


 わたしの言葉を封じるようにして、アルバートは提案した。確かにわたしの十九歳の誕生日は一月後に迫っている。わたしが値段を気にすると思っての発言だろう。


「贈り物にしてはすこし高価すぎない?」


 友人と誕生日の贈り物を贈りあうなんてすてきなことはしたことがないからわからないが、いくらなんでもやりすぎではないだろうか。


「大事な友人相手だ、このくらい普通だよ」


 ……そういう、ものなのかしら。


 柔らかな笑顔でそう言われると、わたしが常識を知らないだけなのだという気にもなってくる。好意を断るのも失礼に思えて、半ば流されるように納得した。


「わかったわ。ありがとう、アルバート。袖を通すのが楽しみよ」


「こちらこそ、着飾ったきみを見るのが今から楽しみだ」


「あなたは変わっているのね。今までわたしにそんなことを言うひとはいなかったわ」


 だからこそ、おしゃれにもほとんど興味がなかったのだ。服なんて、身分に合ったそれなりの質のものを着ていればいいのだと思っていた。


「じゃあ、これからはぼくが嫌になるほど言うよ」


 何気なく、アルバートに手を取られる。これはどこかへエスコートしようとしている手つきだ。以前は触れられることすら戸惑っていたけれど、ずいぶん慣れた。


「ちょうど焼き菓子の準備ができたらしいんだ。よければ中庭で食べよう」


「ええ、セシリアも来るわよね」


 アルバートに手を引かれながら、何気なくセシリアを見やる。彼女はやれやれと言わんばかりに、小さく息をついた。


「行きます、行きますけれど……レアも鈍いですね。ほんのすこしだけ兄さまが可哀想になりました」


「そう思うなら私室で学園編入の準備でもしていて構わないんだぞ、セシリア」


「いいえ、それとこれとは話が別です」


 そう言って、セシリアもわたしの隣を陣取った。アルバートとセシリアに挟まれて歩くような形だ。左右のどちらにも大切なひとが一緒に歩いているなんて、なんだか贅沢な気持ちだった。


 中庭に出ると、マダム・レアとジゼルが蝶々を追いかけて遊んでいた。それを、メイドたちが微笑ましく見守っている。いちど脱走癖のある二匹だから、外にいるときは監視がつけられているのだろう。


 中庭には、ティーテーブルが置かれ、三人分のティーセットが用意されていた。焼きたてのケーキからは卵とバターの匂いがする。


「どうぞ、レア」


「ありがとう」


 アルバートに椅子を引かれ、促されるがままそこに座る。彼はいつでも紳士だ。


「兄さま、わたくしには椅子を引かせるのですか?」


「不満なら第二王子にでも引いてもらいなさい。どうやら第二王子も編入してくるみたいだよ。試験には受かっていたけれど、実際入学するかどうかは悩んでいたらしいんだが、お前が編入してくる話を聞いて心を決めたそうだ」


 熱烈だね、とアルバートは面白がるように唇を歪めた。他人事だと思って楽しんでいるらしい。確かにアルバートの言う通り、第二王子は本気でセシリアに求婚するつもりのようだ。


「……わたくしはレアと一緒に行動します」


 つん、と唇を尖らせて、セシリアはフォークを手に取った。彼女のほうは変わらず、第二王子に興味がなさそうだ。家柄だけを見たら悪くない縁談だが、セシリアの心が踏み躙られるようなことがあってはならない。


 ……まともそうな王子に見えたけれど、注意しておかなくちゃ。


 第二王子が強引な手段に出そうになったら体を張ってでも止めなければならない。なにせ、半分とはいえあの王太子と血が繋がっている王子なのだ。油断できる相手ではない。


 けれど、わたしと一緒に行動しようとするのもそれはそれで考えものだ。毒魔女と揶揄されるわたしと一緒にいたら、セシリアに近寄ってくる人がいなくなってしまう。せっかくの学園生活だというのに、それはかわいそうだった。


「セシリア、あなたに呼ばれたらいつでも駆けつけるわ。でも……あまり、わたしと堂々と行動をともにしないほうがいいと思うのよ。わたしはその……とても嫌われているから」


 闘病生活を送っていたセシリアはきっと、ヴェルローズの毒魔女という蔑称もよく知らないだろう。今までは気軽に自称できたのに、なんだかその名を口にすることに今更抵抗感が生まれてしまった。


「わたくしはあなたのことが好きだから、一緒にいたいです」


 この兄妹は発言がいちいち直球だ。そんなふうに真っ直ぐに言われると、断れなくなる。


「そう……そうね、ありがとう」


 わたしだってセシリアと一緒にいたいが、学園の空気感を知ればセシリアの考えも変わるかもしれない。


 ……セシリアに幻滅されたら、どうしよう。


 セシリアと一緒に学園に通えると思って浮かれていたが、急に怖くなってきた。わたしは、初めてできた女の子の友人である彼女に嫌われたくないのだ。


 アルバートは焼き菓子を綺麗に切り崩しながら、なんてことないように告げた。


「世間がレアを面白おかしく貶めているだけだ。どのような噂をきいても、気にする必要はない」


「そうですか……王太子殿下の婚約者でしたから、妬みを買っていたのかも知れませんね」


 セシリアはそういうかたちで納得してくれたようだ。だが、ふたりを騙しているようでぎりぎりと心臓が痛んだ。


 ……打ち明ける、べきよね。でも……。


 ――レア、いちばん強いお薬を作って、お母さまに見せてくれるかしら?


 遠い記憶の中の母の声がこだまする。思い出すたびに、心のどこかが凍りついていくような気がしていた。


 わたしがヴェルローズの毒魔女と呼ばれ始めたきっかけは、自ら生み出した魔術薬で母を殺したことだ。それは、まるきりの嘘ではない。でも、その真実を彼らが知ったら、きっと今のようには接してくれなくなる。わたしはせっかく得たふたりの友人を、どうしても失いたくなかった。


「レア? 顔色が悪い、大丈夫かい?」


 アルバートにそっと頬を撫でられ、はっとする。ぐるぐるとひとりで考え込んでしまっていたようだ。


「あ……なんでもないの。ケーキ、温かいうちに食べないとね」


 慌ててフォークを手に取って、ケーキを切り取る。卵とバターの香りが口いっぱいに広がったが、甘さはよくわからなかった。心の中につっかえているものがあるせいだろう。


「兄さま、無闇に女性の肌に触れるのはいかがかと思います」


「レア以外には無闇に触れたりしないよ」


 ふたりの言葉が、脳を経由せずに流れていくような感覚だった。一度目の人生よりは成長できているかも知れないと思っていたが、そうでもない。わたしは今でも、どうしようもない卑怯者で、弱虫のままだった。

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