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雨の交差点に立つ女

作者: tomsugar
掲載日:2025/08/27

激しい雨が傘を打ち、アスファルトに跳ね返る。

交差点の信号は赤だった。


白い水蒸気が立ちこめるほどの豪雨の中、私はじっと信号が変わるのを待っていた。

そのとき、左隣にひとりの女性が立った。

パステルカラーのカーディガンを羽織り、静かに傘を差している。


やがて信号が青に変わる。

人々が一斉に歩き出す中、彼女だけは動かない。


不審に思い、そちらへ振り返った。


――そこには、誰もいなかった。


雨粒が舗道を叩く音だけが残り、さっきまで隣にいたはずの気配は、影も形もなく消えていた。


           *


私はいつものように高校へ通っていた。

昨日の交差点は、駅へ向かう道から少し外れた場所にあり、普段は使わない。


そこに“誰か”がいた。

振り返ったのに姿はない。

そんなことはこれまでも何度かあった。

だが――あのときの女性の美しさだけは、妙に鮮明に残っていた。


数日後、ふと思い出して母に話すと、

「あの交差点、雨の日に女の幽霊が出るって、有名なのよ」

と他愛ない調子で返された。


私は曖昧に笑い、それきり忘れたつもりだった。


――そのはずだった。


予備校の帰り、予報どおり雨が降り出す。

激しい雨がアスファルトを叩き、白い靄が立ちこめる。

商店街のアーケードで足を止めたとき――


濡れた地面に、赤いパンプスが映った。

白いストッキングに包まれた足。


顔を上げると、視界の端にパステルカラーのカーディガン。


――あの(ひと)だ。


私は咄嗟にうつむき、視線を逸らした。

友人と話すふりをして歩き去ったが、背後に突き刺さる視線だけは消えなかった。


――狙われた。


そう確信した。


           *


その夜、眠れなかった。

窓を叩く雨音が心臓と共鳴し、恐怖を増幅させる。

枕に顔を埋めても、背後から注がれる視線が消えない。


翌朝は快晴だった。

少し安堵して家を出ると、道端にまだ水たまりが残っていた。


そこに映っていたのは、パステルのカーディガンを着た女の笑顔。

――目が合った。


体が凍りつき、視線を外せない。


「おい、大丈夫か?」


クラスメイトの男子に声をかけられて我に返る。

振り向いたときには、もう姿はなかった。


だが胸の奥に冷たいものを抱えたまま、学校へ向かった。


休み時間、洗面台で手を洗ったとき。

鏡に映る自分の隣に、パステルの肩が寄り添っていた。


息を呑むと、鏡の中の“彼女”がこちらを見つめる。

薄い唇が、音もなく動いた。


――「次は、あなたの番」


声にならない悲鳴が喉に張りついた。


           *


「顔が真っ青だよ」と心配され、保健室に連れていかれた。

できれば人の多い教室に居たかったが、抵抗できずベッドに横たわる。

布団を頭までかぶり、固く目を閉じた。


――カツ、カツ。


パンプスの踵が床を叩く。

先生のサンダルの音ではない。


恐怖に耐えきれず、目を開いた。

薄暗い保健室。

誰もいないはずなのに、ベッドのすぐそばに“彼女”が立っていた。


赤いパンプス。

白いストッキング。

パステルのカーディガン。


ゆっくりと顔を上げる。


見えたその顔に、息が止まった。


――私自身だった。


濡れた髪が頬に張りつき、虚ろな瞳が私を見返す。

布団を掴む指先が震える。


「次は、わたしの番」


私の口から、その言葉がこぼれ落ちた。


           *


下校時、心配したクラスメイトが迎えに来てくれた。

「一緒に帰ろう」

「うん、ありがとう」


彼女と別れ、ぼんやり歩くうちに、またあの交差点に立っていた。


信号が青に変わる。

――ここは、通学路じゃない。


そう思いながら、私は横断歩道を渡り始めた。


白線を踏んだ瞬間、ライトが視界を灼く。

クラクションとブレーキ音が雷鳴のように響いた。


――赤だ!


頭の中で叫んだが、体は前へ進む。


「危ない、赤だぞ!」


腕を引かれて我に返る。

朝も助けてくれた男子生徒だった。

私は反射的に飛び退いた。

轟音とともにトラックが水を跳ね上げて通り過ぎる。


           *


びしょ濡れの制服を払いながら、必死に息を整えた。

彼が何か言っていたが、耳には入らなかった。


足元の水たまりに視線が吸い寄せられる。

水面の波紋が収まりそこに、女性の姿が映った。


濡れた長い髪。

パステルのカーディガン。

薄い唇が、不気味に笑っていた。


次の瞬間、水面の“彼女”と目が合った。


――そして、笑ったのは私自身だった。


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