第9話 報告
「俺、来週末にアレクシアと演劇を見に行きます」
教室に戻り、帰り支度を整えた俺は、今度は忘れないようにすぐにルーカスに声をかけた。
ルーカスはまだ鞄に本を入れている最中で、一瞬ポカンとした後に、口を開いた。
「……え? あ、ああ。アレクシアと……もしかして、私が断ってしまったからか!! ……すまない、テオ」
俺は、手足を伸ばしながら答えた。
「いえいえ、"おうし座の超人"かなり気になっていたので、二つ返事で引き受けました。よかったですか?」
アレクシアの家の都合だが、彼女はルーカスの婚約者なので、一応伝えた方がいいだろうと伝えたのだ。
ルーカスは本当に申し訳なさそうに言った。
「そうか……負担になってないのならよかった。だが、アレクシアはテオに頼んだのか……てっきり友人と行くのかと思っていた」
俺もそう思っていたので気持ちはわかるので説明をすることにした。
「いや、なんでもアレクシアのお父上、フルス侯爵と今回の公演を担当する劇団の座長が友人らしく、どうしても出席する必要があるそうなのですが、侯爵は外国に出張で物理的に出席できないらしく代役を頼まれまして」
「なんだと!? 侯爵の代理!? あ……例の条約の件か……急に決まったことだったから、それはフルス侯爵には悪いことをした」
「それに招待を受けたプレミアムボックス席を埋めたいとのことでしたので、リンハール公爵の息子の俺に代役の依頼がきました」
ルーカスが眉を寄せながら言った。
「何!? そんな理由があったのか! 侯爵が出席できないのなら、それよりも上の家の人間に代役を頼むは同然だ。きっと侯爵は私が座ると思って、アレクシアに頼んだのだろうな……テオ、すまない。私が代わろう。元々は私が誘われたのだが、日程が共同研究の皆と見に行く日と同じ日になってしまったので先約を優先したのだ。アレクシアもそのような理由があったのなら言えばいいものを!!」
さすが王子様だ。さっきの会話で、全てを理解したようだ。
「ん~~でも、ルーカス。ずっと一般席で演劇を見て見たかったんでしょう?」
俺が尋ねると、ルーカスが驚いた顔で俺を見ながら言った。
「どうして知っている?」
「アレクシアが言ってましたよ『一度でいいから殿下に一般席で見てもらいたい』って。こんな機会でもないと見れないからって」
「アレクシアがそんなことを……私の呟きを覚えていてくれていたのか」
ルーカスが何じっと考え込んでいるようだったので、俺は口を開いた。
「俺は別に行ってもいいですよ? 何度も言いますが見たかったし。ルーカスもこんな機会でもないと、一般席では見れないのでしょう?」
「んん~~~では、頼む。テオ。この礼は必ず」
「気にしなくっていいですって。それじゃあ、帰りましょう」
「そうだな」
その日はそれで話は終わった。
そして数日後、俺はアレクシアと再び、共同研究のために部屋に集まっていた。
みんな資料を探しに図書館に行ったり、教師に質問に行ったり、学内の資料室に過去の研究を見に行ったりと、校内を動き回っているようだが、俺たちの場合は、アレクシアがジャガイモを調べるために取り寄せたという本だけで充分過ぎるほどの情報を得ていたので、かなり順調だった。
やっぱり、アレクシアは王妃候補に選ばれるだけあり、段取りがいい。優秀だ。
「テオドール、ジャガイモを入手したそうなので、5日後に届くそうよ」
今日だって、もうジャガイモを入手してくれたらしい。
「おお~~さすが、アレクシア!! 侯爵閣下にもお礼を伝えてくれな」
「ええ、伝えるわ」
「それなら、今週末に俺の家に集合で!! ジャガイモの可能性を探ろう!!」
アレクシアはくすくすと笑いながら言った。
「ふふふ、ジャガイモの可能性? 相変わらず大袈裟ね」
最近、アレクシアはよく笑うようになったし、言葉遣いが変わった。今までは『よく噛まないね~』というような丁寧な言葉で話をしていたが、少し砕けてきた。
いや、俺以外とはどんな風に話をしているのか知らないが……
だから俺も楽に答えた。
「わかってないね~~ポテチ食べたら人生観変わるって」
「それは、ふふふ楽しみだわ」
アレクシアと笑っていると、授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。
「お、じゃあ。また週末な」
今週は1日しか共同研究の時間はない。
俺が立ち上がると、アレクシアが口を開いた。
「待って!!」
「ん?」
俺がアレクシアの方を振り向くと、アレクシアが不機嫌そうな顔で言った。
「皆様、お昼などに集まって話し合いなどをされているようですの!! 私たちも一日くらいは集まった方がいいのではないかしら?」
確かにルーカスたちも昼休みなどに頻繁に集まっているが、俺たちは今のところ順調すぎるぐらい順調だ。
「アレクシアのおかげで俺たちの研究は順調!! 集まる必要ないじゃん」
「そ、そうね……」
アレクシアが目に見えて肩を落とした。
(え? なんだ?? そんな顔するなよ、その顔に弱いんだよ……ん~~ルーカスも最近は、共同研究のメンバーとよく一緒に食べてるからな~~)
「あ~~じゃあ、明日は……午前の最後が剣術で、いつ終わるかわかんないし、明後日に一緒に食べようか?」
するとアレクシアが嬉しそうに笑った。
「ええ」
(は、何その顔……反則だろ……)
俺は自分の早くなる心臓を誤魔化すために、あえてニヤリと笑った。
「そんなに俺と一緒に食べたいんだ?」
『何を言っていますの?』と言って怒るだろうと想定していると、アレクシアが目を大きく開けて俺の顔をじっと見ていた。
「……え? テオドールと一緒に食べたい?」
そしてアレクシアはまるで石のように固まった。
全く想定していなかった反応に俺までどうすればいいのか、わからなくなる。
(は……? 何、その反応……)
なんとなく声をかけられずにいると、アレクシアが、はっとして俺を見た後に立ち上がった。
「私はもう失礼します! 明後日のお昼に食堂前でお待ちしています!!」
そしてアレクシアは慌ただしく教室を出て行った。
「……なんだ??」
残された俺は、教室の戸締りをして、早くなる心臓に気付かないフリをして教室に戻ったのだった。




