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第4話 接点

「では、先日選んでもらった共同研究のテーマ別の教室に移動してもらいます」


 貴族の学校は普段、同じ敷地内に男子高と女子高があるので普段は女子とは一緒に勉強はしない。

 だが、ダンスの練習や、共同研究などは合同で行う。


「テオは、『食』だったよな」


 ルーカスに尋ねられてうなずいた。


「ええ。ルーカスは……何?」


「私は『演劇』だ。では、またな」


 俺はルーカスと別れて紙に書かれている研究のテーマの教室に向かった。


「ここか……」


 小さな教室なので少人数なのかもしれない。


(そういえば、貴族ってあんまり食べ物の話しない気がするな~~紅茶っていうのもあったからそっちに流れたかな)


 俺は教室に入った途端ぎょっとした。

 そこにはアレクシアが一人で座っていたのだ。


「ごきげんよう、アレクシア嬢」


 アレクシアは俺を見るとキョロキョロと周りを見渡した後に、不機嫌そうに尋ねた。


「ルーカス様はまだですか?」


「は? ルーカスはこのテーマじゃないけど……」


 俺は、突然の問いかけに当たり前のように答えた。


「ルーカス様は、王族としてこの国の食料について考える必要があります。仕方ありません、テーマを変えるように進言して参ります」


「はぁ?」


 アレクシアが立ち上がったので、俺は慌てて彼女の腕を掴んだ。


「ちょっと、待って。ストップ、ストップ!!」


 アレクシアが俺を射殺すような瞳で見つめた。怖すぎるが、ここで行かせるわけにもいかない。


「何か?」


「いや、『何か?』じゃねぇだろう! これは研究授業だろ? 自分の興味のあるもの調べることに意味があるんだろうが!! いいか、学生の間はどうすれば課題を発見し、それを解決できるのかその考え方とか方法を学ぶんだ。好きなテーマじゃなきゃ、頭に入んねぇだろうが!!」


 アレクシアが俺を見て驚いたように言った。


「ふざけた方だと思っていましたが、案外真面目なのですね」


 彼女の腕から力が抜けたので、俺は小さく息を吐いた。


「その言い方も、大変失礼だからな? とにかく座れって」


 そして彼女は意外なことに素直に座った。かなり不貞腐れた表情だが……


「俺さ、前から聞きたいことあったんだけど、いい?」


「何ですの?」


 そして彼女は不機嫌そうに答えた。


「君、ルーカスと別れたいわけ?」


 その瞬間アレクシアの顔が般若の顔になった。


「何をおかしなことをおっしゃっていますの? そんなことあるわけないですわ!!」


 俺は、そんな彼女にあっさりと言った。


「そうなんだ? でも確実にルーカスの心は君から離れてるけど?」


「え……?」


 俺はアレクシアの青ざめた表情をじっと見たまま何も言わなかった。

 

「そんなはずありませんわ!! 私は数年前から殿下のために王妃教育を始めて、殿下を導くために助言をしてきたのです!!」


 沸騰しそうなほど興奮して声を荒げるアレクシアの姿を俺はじっと見ていた。


「王族になるのです。覚えることもやることもたくさんあります!! 私がどれだけの努力していると思っているのですか!? 自分を犠牲にしてルーカス殿下のために精神誠意尽くしております!!」


 早口で語る彼女はとうとう髪を振り乱し、かなりの興奮状態だ。

 俺はそんな彼女をひたすら見ていた。


「人の努力も知らないで、言いたいことを言って下さいますわね!! あなた、何か言ったらどうですの?」


 ようやく静かになったので、俺は彼女を見て口を開いた。


「あ、言ってもいいんだ? てっきり一人で言いたいこと言って去っていくかと思ったけど……いつもみたいに」


「な!! 失礼な!!」


「は~~だから、失礼なのは君の方だって」


 俺は大きな溜息をついて、じっとアレクシアを見ながら言った。


「ねぇ知ってる? 怒るってのは、図星ってこと。つまり、人は都合の悪い真実を言い当てられると確実に怒る。手伝ってやろうか? ルーカスの心を取り戻すの」


「取り戻す!? 失ってなどおりませんわ!! 不愉快です!! あなたのような方と一緒だなんて耐えられませんわ!! 私は一人で調べます!!」


 アレクシアはそう言って教室を出て行った。

 俺は大きく溜息をつくと、黒板に描いてある手順を紙に写した。

 すると、担当の教師が入って来た。


「失礼いたします……おや、テオドール様だけですか? 確か『食』をテーマに選ばれた方はアレクシア様もいらっしゃったと思いますが……もしかして迷われたのでしょうか!! アレクシア様のような優秀な方が授業に出ないなど有り得ませんので」


 どうやら、彼女は学院内ではかなり真面目なようだ。

 教師は、彼女がサボるということなど全く考えてはいない。


(は~~仕方ねぇな……)


 俺は立ち上がって、教師に向かって言った。


「迷われたのかもしれません。ここは男子棟ですので、俺、探してきます」


「ありがとうございます!!」


 俺はゆっくりと歩いて、学内を探したが見つからなかった。

 この共同研究は半日の時間がとってある。

 つまり午後はすべて、共同研究の時間だ。

 その時間がすでに半分も過ぎてしまっている。


「どこに行ったんだよ」


 走り回って汗をかきながら探していると裏庭に出た。

 そして別棟の図書館を見つけた。


「あ……図書館とか、調べ物の王道じゃん。どうして気が付かなったのかな~~」


 俺が図書館に行こうとすると、8人くらいが教室から出て来た。

 その中にはルーカスがいた。背が高いのですぐにわかる。


(あ、ルーカス……)


 そしてルーカスのすぐ隣には……


(キャロル!? 同じテーマを選んでいたのか……)


 すでに二人は意気投合しているようで、みんなから少し離れて楽しそうに話をしながら図書館に向かっているようだった。


(くそ、キャロルちゃんと距離が近いな……羨ましい……)


「ルーカス様!!」


 俺が二人の距離の近さにやきもきしていると、図書館側から声が聞こえた。


「アレクシア!? どうしたんだ!?」


 ルーカスが驚いて声を上げた。


(うわっ! 早くも修羅場なんじゃね?)


 俺は嫌な予感がしてすぐに3人に近づいた。

 俺の予感は当たり、アレクシアが大きな声を上げた。


「ルーカス様、なぜ、『食』以外のテーマを選ばれているのですか!? それにキャロルとの距離が近いのではありませんこと!?」


 キャロルは目に涙をためて「そんなつもりは……」と言ってルーカスから離れようとしたが、ルーカスはキャロルの手を取って「待ってくれ」と真剣な顔で引き留めた。


(うわ~~これ、完全に当て馬だよ。マジで悪役令嬢じゃん!!)


 そして、ルーカスがアレクシアを睨み付けながら言った。


「私の学びの邪魔をするな!! そして私の交友関係に口を出すのも今後一切止めてもらう」


「ルーカス様……?」


 ルーカスにキツイ言葉を投げかけられたのが堪えたのかアレクシアは、呆然と立ち尽くした。

 そしてルーカスはキャロルに向かって「すまなかった。気にしないでくれ。行こう」と言って立ち去った。

 少し歩いてルーカスが、キャロルに「不快な思いをさせて悪かった」と必死であやまり、キャロルが「気にしておりません」と言って励ましていた。ルーカスが「ありがとう」と言って笑って、二人が図書館に入る頃にはかなりいい雰囲気になっていた。


(うわ~~これは……)


 とても残酷だが、これはアレクシアのおかげで二人の仲が深まるという典型的なパターンだ。

 アレクシアは呆然と立ち尽くして動けずにいた。

 

(は~~仕方ねぇな~~)


 俺はアレクシアの方に何も知らないと言った様子で歩いた。


「こんなところにいたんだ」


 するとアレクシアが俺をチラリと見て無表情で言った。


「白々しいですわ。私、あなたの姿を見つけたから図書館から出てきましたの。随分と探させてしまったようですわ」

  

 そして俺に真っ白で美しい刺繍の入ったシワ一つないハンカチを差し出した。

 俺はそのハンカチを受け取ろうかどうしようかと迷っていると、アレクシアの方から俺の額の汗を拭いてくれた。

 

「こんなになるまで探して下さったのですね…………あの話……まだお願いしてもいいかしら?」


「あの話? あ、ハンカチ、ありがとう。洗って返すよ」


 俺が手を出すと、アレクシアは「結構です」と言った後に下を向いたまま答えた。


「ルーカス殿下のお心を取り戻すというお話……」


「変わりたいんだ?」


 少し俯くアレクシアの顔を覗き込むと、泣きそうな顔のアレクシアが精一杯泣かないように唇を震わせながら答えた。


「変わりたい……」


 俺は、アレクシアに向かって笑った。


「じゃあ、変わろうか」


「え?」


 アレクシアが驚いた様子で顔を上げた。


「変わろう、このままじゃイヤだと思ったんだろ? 大丈夫、変われる」


 その瞬間、アレクシアの瞳から一筋の涙がこぼれた。

 今度は俺のハンカチをポケットから出して彼女の涙を拭いた。


 彼女の目から零れ落ちたのはその一筋だけ……

 そして彼女は決意に溢れた瞳で俺を見た。


「よろしくお願いいたします」


 俺は「うん、よろしく」と言った後に「教室戻ろうか、君。迷子扱いになってるから」と言うとアレクシアは唖然として「迷子扱い……」と呟いた。

 きっと自分が迷子扱いになるとは思わなかったのだろう。

 そしてその後、二人で教室に戻ると、教師はいなかった。そして、俺たちを探していたであろう教師が教室に戻ってくると、二人で教師に謝罪したのだった。



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