第3話 予感
時は、お茶会前の優雅な昼下がり。
場所は、王宮内の応接室。
そこで、まるで『不仲コントか?』というような情景が広がっていた。
俺はこの世間知らず過ぎる次代の王妃様に脳内でツッコミまくりだった……
「早速ですが、ルーカス殿下、明日の主催のフェルス伯爵様についてですが」
(どうしてあいさつもなしに本題なんだよ!! せめてこんにちは~くらい言おう!?)
「フェルス伯爵様には私がごあいさついたしますので、ルーカス殿下は奥様にごあいさつをお願いいたします。よろしいですね?」
(なんで? 普通主催の伯爵にあいさつするのは王子だろ!? なんでまだ王太子妃でもない君が、主催にあいさつをするんだよ!! しかもブレス位置おかしい、早口過ぎて何も言えねぇし!!)
心の中でツッコミを入れているとルーカスが口を開いた。
「私も別で、彼にはあいさつをす……」
「なぜですの? 時間の無駄ですわ。それよりも奥様に王妃殿下からのお言葉をお伝えするべきでは?」
(あ、なるほど。優先順位事項があったから、あいさつしなくていいって……いやいや、どうしてお茶会で主催者にあいさつするのが時間の無駄なんだよ!? 本末転倒~~!! しかも王子の話最後まで聞けぇ~~!!)
「母上からの伝言はもちろん伝え……」
「必ずお伝え下さい」
(どうして上から目線なんだよ!? 王子様を一体いくつだと思ってんの?? 幼児扱いかよっ! そしてまたしても被ってんぞ……)
高圧的なアレクシアが口を閉じたタイミングで、ルーカスが口を開いた。
「今回の茶会は……」
「あと、ジール伯爵と、ガイア子爵にもごあいさつを」
(だ・か・ら~~ちゃんとルーカスの話を最後まで聞け~~!! 話被せてんじゃねぇ~~しかもめっちゃ重要そうな話だっただろうが!! んのポンコツ令嬢が!!)
「それでは、私は王妃教育で忙しいので失礼いたします。ルーカス殿下も遊んでばかりではなくお勉強をなさって下さいませ」
(あ・い・さ・つ~~~!! 礼儀もなってねぇし、人の話聞かねぇ、謙虚さゼロだから王妃教育手間取ってんだろ?)
俺はとうとう最後の最後までアレクシアにツッコミを入れていた。
アレを王妃に……
(王妃教育担当……しんどい職場だな……)
俺が王妃教育の女官に同情していると、隣で長い溜息と共にルーカスの呟きが聞こえた。
「疲れた……」
"王妃教育の時間"だというアレクシアを見送ったルーカスは、ソファーに沈み込んで溜息をついた。
「お疲れ……」
俺は、ぐったりとしているルーカスに労いの声をかけた。
打合せという割に彼女は『こうして下さい』『ああして下さい』と、一方的にルーカスへの指示だけ出して、話も聞かずに去って行った。
俺は言葉に詳しい方ではないが、少なくとも打合せとは、双方の意見を出し合うことではないだろうか?
【打つ】だけでなく、【合わせる】を組み合わせて打合せという言葉が出来ているのだ。
というこでまとめると、先ほどの時間は打合せではなく、説明会とか講演会とか一人が話を続ける集まりだ。
ルーカスも完全に彼女に苦手意識を持ってしまっている。
(この二人、結婚して大丈夫なのか?)
そんなことを考えていると、ルーカスが顔を上げて俺を見た。
「つまり、明日はアレクシアとは共に行動しなくていいということだな」
確かに彼女は『私は主催された伯爵家と懇意にいたしますので~~』と自分の行動とルーカスに誰と話をしろという指示を出していた。『一緒に過ごそうね~』というような青春真っ只中というようなセリフは一切出て来ていない。
「まぁ、そうですね……」
「はぁ~~助かった。ということで、明日の茶会はテオとのんびり過ごせそうだな」
最近こちらの王子様は、お茶会でも無理をしなくなった。
話たい人間が居れば話すし、食べたい時は食べるし、庭が気になったら庭を散策して自由に過ごしている。
つまり、本来のお茶会を楽しんでいるのだ。
周囲からはむしろ、王子が楽しそうに過ごしているので、評判がいいのだがアレクシアは以前のルーカスのように忙しいのか、周りを……いや、むしろ婚約者のルーカスのことを見ていない。
この場合、彼女は周りの声ばかりを気にしてルーカス本人を全く見ていないと言った方が正しい。
だが、他人の結婚に俺が口を出すのも野暮というものだ。
それに正直、あんな面倒そうな令嬢と結婚しなくてもいい気がするので特にフォローをすることもなかった。
「だな。せっかく行くんだし、旨いもの食べたいな~~」
「ははは、テオはそればかりだな。でも、テオは味覚が敏感だからテオの勧めるものは美味しい。明日も楽しみだ。迎えに行くので用意しておけ」
「はいはい、でも迎えに来るって、ルーカス、本当に俺のこと好きだねぇ~~」
俺が冗談っぽく返すと、ルーカスがニヤリと笑った。
「はは、そんなこと言っていいのか? 私は『好きだ』と返すぞ?」
「いや、それは背中がぞわぞわするので、勘弁して下さい……」
「あははは、テオは学ばないな~~」
今日も王子様との関係は良好。
俺の貴族人生順封満帆!
――そう思っていた。
だが、いつだって人が変わる時は、感情が大きく関わる時だということをその時の俺は忘れていた。
◇
次の日、俺はルーカスと共にお茶会の会場に乗り込んだ。
その途端、女の子に囲まれた。
「ルーカス殿下、テオドール様、ごきげんよう」
「お会いしたかったですわ」
「今日もとても素敵ですわ~~」
ルーカスが王族というのもあるが、俺も公爵家なのでそれなりにモテる。正直気分は最高だ。
(ああ……いいな~~テオドールになってよかったぁ~~!!)
テオドールは顔もいいし、長身だし、公爵家。モテないわけがない。
しかも隣にいるのは正真正銘の本物の王子様。モテないわけが無さすぎる!!
俺はこのチートを存分に堪能していた。
「失礼いたしますわ!!」
すると、女の子たちと楽しく話をしていた俺たちの前に、不機嫌そうに眉を寄せ口元を扇で隠し、感じ悪い令嬢がやってきた。
(うわ~~出た、殿下の婚約者のアレクシアだ~~すげぇ、高圧的~~そしてやっぱり、あいさつねぇし……)
ルーカスと俺を囲んでいた令嬢は、頭を下げて蜘蛛の子を散らすように俺たちから去って行った。
(あ……せっかく楽しく話をしていたのに……ここまで空気読めねぇのもある意味才能だな……あ~こういう令嬢なんて言ったかな……)
俺が考えていると、アレクシアが口を開いた。
「ルーカス様、もう目的の方とのお話は終わりましたの? 不特定多数の令嬢の相手をしている場合ではございませんわ。時間は有限です」
(ここ人前!! 王子を立てろ~~!!)
いきなりのダメ出しに、若干イラっとした。
せっかく女の子たちと仲良く話をしていたのに……
周りの女の子たちも話を聞いていてかなり怯えている。
(――あ、わかった!! これがあの有名な……)
「わかっている。今、着いたばかりだ……」
ルーカスが疲れた顔で答えた。
「予定ではもう少し早く会場に入るはずではございませんこと?」
実は、ルーカスが迎えに来てくれた時に『せっかくテオの家に来たのだ。テオがこの前言っていた『夜中に動き出しそうな肖像画を見たい』と言い出したので、ルーカスに絵を見せていたのだ。それでもお茶会には十分に余裕を持って到着したので、遅刻ではない。むしろ王子様と公爵子息がそんなに早く到着しても他の参加者が恐縮するのでいい時間に到着したと自負している。
ルーカスもさすがに苛立ったようで、低い声で言った。
「そうだな。ではこれ以上あなたと話をしている時間はない。失礼する」
「お待ち下さい! まだ話は……」
ルーカスはスタスタとアレクシアに背を向けて歩いて行った。
そして、残った俺はアレクシアに睨み付けられたが、それを無視してルーカスを追った。ルーカスの隣に並ぶと、ルーカスが申し訳なさそうに言った。
「悪いな、テオ。嫌な思いをさせて」
(そうだ、ルーカスの婚約者はまさに、絵に描いたような――悪役令嬢だ)
未来の嫁が悪役令嬢だというルーカスに同情して、俺は彼の肩をグーで軽く叩いた。
「気にするなって……それより、早くあいさつ済ませて、旨い物食べようぜ」
ルーカスは小さく笑うと「そうだな」と答えた。
そして俺たちは主要な人物とのあいさつを簡単に済ませると、食事スペースに向かった。
◇
「これ美味しそうですね」
「ああ」
そして俺たちは好きな物を皿に乗せると空いているテーブルを探した。すると一人の令嬢が美味しそうにお菓子を食べていた。その顔がとても幸せそうで、扇で口元を隠して笑っていない目で話かけてくる貴族令嬢の誰よりも可愛く見えた。
(可愛い……)
「ふふ、可愛いな。あんなに美味しそうに食べている」
「え?」
隣を見ると、ルーカスも彼女を見ていた。そしてルーカスは迷うことなく、その令嬢のテーブルに向かった。
「失礼、同席してもいいか?」
「は、はい!!」
令嬢は慌てて声を上げた。そしてルーカスはすぐに彼女と同じテーブルに座った。
(うわっ!! ルーカス、積極的だな~~)
俺はルーカスの積極性に驚きながらも可愛い令嬢との接点を持てるチャンスを潰すつもりもなくて一緒に座る。
「随分と幸せそうに食べていたが、何を食べていたのだ?」
ルーカスの問いかけに令嬢は真っ赤になって「はしたないところをお見せしました」と言って俯いた。そして、口を拭いて顔を上げると、キリリと音がしそうなほど真面目な表情で答えた。
「このクッキーはとても美味しいです」
声も可愛いし、照れた顔も可愛いし、一生懸命な受け答えも可愛い。とにかく存在が可愛い。
思わず微笑んでいると、ルーカスが口を開いた。
「そうか、では一つもらおう」
そして、令嬢のお皿のクッキーをパクリと食べた。俺があまりの行動にぎょっとしていたが、令嬢は特に気にした様子はなかった。
「うん、美味しいな」
「はい、美味しいです!!」
そして、王子の感想に全力で同意した。
(は~~この子モテるわ……嫁にしたい)
そんなことを考えていると、ルーカスがゴクリと息を呑んだ。彼をよく見ると、とても優しい瞳を向けていた――落ちた、そう思った。
案の定、ルーカスは持ち前の積極性を全面に出し尋ねた。
「すまないが、名前を聞いてもいいか?」
「はい。私はバウム伯爵家のキャロルと申します」
バウム伯爵家はかなり大きい土地を持っており、木材関係でこの国の産業を支えている家だ。
(バウム伯爵家の令嬢か……家柄も申し分ないな、リンハール公爵家に嫁に来てくれねぇかな~~)
その後、俺たちはあまり人のいない食事スペースで3人で談笑しながら過ごした。
ルーカスは始終上機嫌で、家に戻る馬車の中でもかなりご機嫌だった。
ルーカスの浮かれ具合が少し気になったが、彼にはアレクシアという婚約者がいるし、初恋は実らないと相場が決まっているのでライバルになることはないだろうと、俺は初めてアレクシアの存在に感謝したのだった。
だが、運命とは結構残酷なことをするものだと――知ることになる。