最終話 自由の螺旋
この舞台は、売れない女優がスターになるまでを描いた悲恋だが、女優としては成功するサクセスストーリーだった。
おうし座の超人とは人間の娘、主人公ローザに恋をした神ゼウシが人間に化け、彼女を助けてトップスターにするという話だった。
最後、神ゼウシは主人公ローザをトップスターにした後に、人間との恋を許されず、神々に消されて星になってしまうという悲劇だ。
隣でアレクシアの表情がころころと変わって、胸を締め付けられた。
そして消えゆく神ゼウシは最後に叫んだ。
――さぁ、純真な子羊たちよ……悪女の手の上で、踊れ!
これは女優として成功したローザへの最大の賛辞として使われたセリフだ。
舞台の幕が上がった後に、アレクシアが俺の手を握った。俺もその手を握り返した。そして二人とも言葉もなく、劇場を出た。
◇
劇場を出ると空が茜色に染まっていた。
人のいなくなった劇場の脇で、アレクシアが俺を見上げながら言った。
「変なことを言うけど……なんだか、おうし座の神ゼウシが……あなたと重なったの」
そして、アレクシアがきつく手を握った。実は俺もアレクシアと同じように思っていた。
俺たちの共同研究は今日で終わり。
アレクシアはこの国の王太子ルーカスの婚約者だ。将来は王妃になるために努力してきた。
もう二度と、こうして二人で会うことはないだろう。
俺はアレクシアに向かって、まるで舞台の俳優のように言った。
「さぁ、純真な子羊たちよ……悪女の手の上で、踊れ!」
するとアレクシアは泣きそうな顔で笑った後に、背伸びをして……俺の頬に口づけをした。
「この国の王妃として、彼女のように……民を導いてみせるわ」
その顔はとても凛々しくてカッコよかった。
「ああ。すでにアレクシアに翻弄されてる人間はいる。きっと……これから先、民のために真面目に公務に取り組みながらも、悪女のように周りを手玉に取って……いい未来のために変えるところは変えていく、いい王妃になる」
「ふふふ、テオドールに言われると本当になれる気がするわ」
「なれるって」
そして、俺はアレクシアを迎えに来ていた侯爵家の馬車に彼女を送った。
「テオドール、ありがとう。あなたに会えてよかった!!」
「俺も会えてよかった。……幸せになってくれよ……頼むから」
(そうじゃなきゃ、ルーカスからアレクシアをさらってしまいそうだ……)
そして俺は胸が引き裂かれる扉を閉めよとした時だった。
アレクシアに何か小さな箱を渡された。
「テオドール!! 受け取って、私が誰かに自分の意思で贈るのこれが最初で最後……」
「え?」
唖然としながら俺が立っていると、後ろで待っている人がいたので御者が申しわけなさそうに扉を閉めた。
「テオドール。ありがとう!!」
窓から手を振るアレクシアに向かって俺も手を振った。
「俺も、ありがとう!!」
そして、走り去る馬車を見つめながら呟いた。
「きっと、みんなアレクシアに翻弄されるんだろうな……」
――さぁ、純真な子羊たちよ……悪女の手の上で、踊れ!
俺の目からまたしても涙が溢れた。空がオレンジ色に染まる中、目を閉じて上を向いた。
「俺……泣いてばかりだな。カッコ悪い……」
その時だった。
――涼、涼、電話!! 電話!! おい、涼!!
涙を流していたら、聞き覚えのある声が聞こえて目を開けると、相方の蓮が興奮気味に目の前に立っていた。
先までと景色も視線も匂いも温度も何もかもが違う。
そして、目の前にさっき解散を宣言した相方の飛車蓮が立っていた。
「……え……蓮!? どうした??」
思わず声を上げると、蓮が興奮したように言った。
「さっきの公開オーディションを見て、連絡が来たんだよ!!」
「は?」
俺はわけがわからずに立ち尽くした。
「だから!! まだあきらめるの早いって!! チャンスが来たんだよ!!」
「はぁぁぁぁ? マジか!?」
「マジ!!」
俺が拳を握りしめると手には小さな箱が握られていた。
「やったぞ、俺たち、もう少し一緒にお笑いできるんだ!! とにかく、俺、ひなきちゃんに報告する!!」
「お、おおう!!」
俺は手の中の箱をあけた。姿かたちは変っているのに、なぜかこれだけはアレクシアに貰ったまま手に持っていた。
中を開けると、繊細な銀細工のカフスとタイピンが入っていた。
(これ……アレクシアからの……)
俺は空を見上げた。
「ありがとう」
俺はこれまで誰かを笑わせたいと思っていた。でも、これからは……
(アレクシアが笑ってくれるような笑いを届けよう)
これまで漠然としていた思いが定まった気がした。
そして俺は、また歩き出した。
◇
「ありがとうございました!!」
「ありがとうございました!!」
俺は蓮と一緒にディレクターに頭を下げた。
「おう、よかったよ。また来週頼むな」
「はい!!」
俺たちは芸人としてみんなの前に立てるようになった。
「蓮、悪い。俺、七海ちゃんの2歳の誕生日だから帰るな」
「おう、気を付けてな」
走って楽屋に戻る蓮を見送った。
俺の腕と胸にはアレクシアのもらったカフスとタイピンが輝く。今ではそれは俺の一部としてファンの間では認知されていた。
(さて、俺も楽屋に戻って着替えるか……)
ふぁ~~と伸びをした時だった。
「テオドール、凄い人気ね」
「え」
テレビ局の廊下で、世界中で人気の歌姫に声をかけられた。彼女の名前はアレクシア。偶然にも彼女と同じ名前なので憶えていた。
彼女は俺の前に来て笑った。
「あ、振り向いた。あなたやっぱり……テオドールでしょ? そのカフスと、タイピン良く似合ってるわ」
俺は震えながら言った。
「どうしてその名前、もしかして……本当にアレクシアなのか?」
「ふふふ、ええ。テオドールだったあなたを知っているアレクシアよ」
「どうして!?」
俺が大きな声を出すと、アレクシアが綺麗な顔で笑った。
「どうやら王妃としての天寿を全うした後に、この世界に生まれ変わったみたい。前世の記憶は全くないのに、テオドールと一緒にいた記憶だけは残っていたの。あなたのカフスとタイピン、私の国でも話題なの。カフスとタイピンを見て慌てて『ハード・スナイパー』の動画を見たわ。テオドール、姿形はまるで違うのに、中身はあの頃のあなたがいた。探したわ。ずっと会いたかったんだから!!」
アレクシアに抱きしめられて、周りの人間が驚いた声を上げた。
俺は恐る恐る尋ねた。
「え? 本物? アレクシア、婚約者は? 恋人は?」
彼女は熱愛報道も多いと記憶している。世間では人々を虜にする悪女だと言われていた。
アレクシアは首を振りながら答えた。
「いないわ。いるはずないじゃない。私は、前世からずっと――あなたが好きなんだから!!」
周りから動揺する声が聞こえるが、そんなのを気にしている余裕はなかった。
「……俺も――すっげぇ好き!!」
そしてアレクシアをきつく抱きしめた。
「悪い、もうきっと一生離せないかも」
俺が呟くとアレクシアが笑った。
「ふふふ、それは私のセリフよ。やっとあなたに『好き』って言える!! もう絶対に離してあげないんだから!!」
次の日。
俺たちの熱愛報道が世間を賑わせた……だがその時はまたいつものガセネタだと世間からはすぐに忘れ去られた。
そして……
半年後。俺たちの結婚式の写真が全世界に配信された。
「うわ~~熱愛報道本当だったんだ!!」
「信じられない!!」
「あはは、でもさ、ヒマワリ畑でキスって、涼らしいね」
「わかる、涼っぽい」
「うん。アレクシア、本当に綺麗だし……幸せそう……」
「結構お似合いだよね」
――ヒマワリ畑の中でアレクシアを抱き上げてキスという写真が……
【完】
最後まで読んで下さって、本当にありがとうございました!!
またどこかで皆様にお会いできるのを楽しみにしております。
たぬきち25番




