第14話 アレクシアSIDE
【アレクシアSIDE】
「アレクシア様、いらっしゃいませ。この度はわざわざ私どもの店までご足労いただき誠に光栄にございます」
お祖父様の代から付き合いのある信頼できる宝石店。
私はここにある物を依頼していた。それが今日出来上がると連絡を貰っていたので受け取りに来たのだ。
今日はこの後、テオドールと観劇を見る約束がある。
こんなにも誰かとの約束が待ち遠しいと思ったのは初めてだ。私は手帳に大きく書き、『観劇まであと何日』と、この日を指折り数えていたのだ。
テオドールと約束の時間まではまだあるが、心はどうしてもはやる。
だが、そんな様子は表に出さずに答えた。
「いえ、こちらこそ、急がせて申し訳なかったわ。早速だけど見せてくれる」
「はい」
テオドールの銀色の髪に映えそうな銀細工のカフスとネクタイピン。
今日のテオドールの服に合うだろうか?
もしかして、テオドールならその場で身に着けてくれるだろうか?
これを見たテオドールの反応を想像すると自然と笑顔になった。
(これは、お礼。あくまでもお礼)
今まで私にまっすぐな言葉を伝えてくれる人はいなかった。
それに何より、テオドールと一緒にいるのは楽しいし、嬉しいしいつの間にか笑っている。
おかげで王妃教育の先生からも前よりもずっと良くなったと褒められるし、皆の目も確実に変わった。
そしてこのカフスとタイピンはそのお礼。
――迎えに行くよ。
今日のことを相談した時、テオドールはそう言った。本当は彼に向かえに来てほしかった。少しでも長く彼と一緒にいたかった。
だが、今日カフスとタイピンが出来ると聞いてすぐに渡したかったのだ。きっとテオドールは喜んでくれるだろう。待ち会わせだって、彼を待つなら待っている時間も楽しい。そして時間になって現れた彼と一緒に他愛のない話をしていれば、きっと演劇が始まる前だって楽しい。
演劇を見た後だって、テオドールがどう思ったのか聞くのは楽しみだ。
「素敵だわ、ありがとう」
お店の支配人にお礼を言ってカフスとタイピンを受け取ると小さなバックに入れた。重厚な箱は少しかさばるがそれもどこかくすぐったくて嬉しくなる。
そして、私は馬車に乗り込むとテオドールと待ち合わせをしていたエントランスホールに向かった。
私の他にも待ち合わせの人はいるので、それほど浮いてはいない。
(そろそろ時間だわ……)
約束の時間になったが、テオドールは来なかった。
(何かあったのかな?)
テオドールは約束の時間よりもいつも前に来ているので、遅れるのは珍しい。
心配になっていると、名前を呼ばれた。
「アレクシア!!」
振り返ると、ルーカス殿下が立っていた。
そう言えばルーカス殿下が共同研究の人たちと観劇に行くというので、私はテオドールを誘ったのだ。
私は優雅に貴族の礼を取った。
「これはルーカス様。ルーカス様もこちらで待ち合わせですか?」
「ああ。そう言えば、伝えていなかったな。今日は私が侯爵の代理を務めよう」
「………………え?」
一瞬何を言っているのか……理解出来なかった。
(ルーカス様は、何を言っているの? テオドールは?)
声を失っていると、ルーカス様が私の手を取った。
「行こうか。そろそろ始まる」
「あの、ルーカス様は他にお約束があったのでは? テオドールは?」
ルーカス様が笑いながら言った。
「ああ。一般席での観劇の許可が下りなかった。それなら、侯爵の顔を立てた方が良いと思ったのだ。だから今日はテオは来ない。元々私の代役だろう?」
――テオは来ない。
……テオドールは代役?
震えそうになる身体を必死で押さえた。
(テオドールが来ない? どうして? 昨日はそんなこと一言も……)
私は必死で口を開いた。
「あの、いつ頃ルーカス様がテオドールの代わりにこちらにいらっしゃることが決まったのですか?」
「ああ、昨夜だ。テオには直接『私が行くから行かなくていい』と言った」
テオドールはああ見えてかなり気遣いができる。
婚約者のルーカス様が行けるようになり、行かなくていいと言ったら……あっさりと了承するだろう。
(そんなところも……テオドールらしい……)
悲しさを感じるのに、そんなテオドールを好ましいとも思う。
「これは、ルーカス殿下」
「ああ、リスボン伯爵。久しいな」
ルーカス殿下は私の手を取りながら、王族として相応しく、しっかりと貴族と対応している。
彼は結局、上演の合図があるまで私以外の方と話をした。私もその方の連れていた方と話をした。
いつもなら当たり前だと、これが役目だと割り切れるはずが、今日はずっと楽しみにしていたので虚しく思えた。
そして幕が上がるギリギリに席について無言で演劇を鑑賞した。
演劇が終わると、ルーカス様は「感動する話だったな」と一言口にした。
わたしも「ええ、そうですね」と答えただけだった。
そして、ルーカス様に送ってもらって家に戻った。
「ルーカス様、本日は父のためにご足労いただいきありがとうございました」
「いや、これも婚約者としての私の務めだ。では」
ルーカス様はそう言って帰って行った。
――婚約者……
なぜか当たり前のその言葉がどうしようもなく重く感じた。
その日、私はどんな演劇を見たのか、よく覚えていなかった。
ただ家に戻ってバックの中から取り出したカフスとタイピンの入った箱を机の奥深くにしまいこんだことだけは、よく覚えている。




