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9月11日、人々がラジオの前で騒然となっている。何が起こったんだろう。人々が驚いている。何か大変な事が起こったんだろうか? また戦争だろうか? 戦争はもうこりごりなのに。
その集団の中に、4人はやって来た。4人とも、何事だろうと思っている。
「どないしたん?」
「東条英機元首相に逮捕命令やて。本人は自殺しようとしてたらしいよ」
それを聞いて、雅は驚いた。東条英機とは、元総理大臣じゃないか。どうやら、東京の用賀の自宅でピストル自殺を図ったが、一命をとりとめたようだ。まさか、こんな事になるとは。戦争を起こした事で、とても悩んでいたんだろうか?
「うん。これから裁判にかけられるんやろな。でも、まさか自殺しようとしたとは」
雅は思った。もしかして、逮捕されるのがいやだったからだろうか?
「戦争をしたからか?」
「きっとそやろな」
聴いていた人もそう思っている。罪からは逃れられないのに、自殺してまで逃れようとするなんて。
「やはり、戦争はしてはならないんやな」
「そやね」
先月の15日で戦争は終わった。もう戦争なんてしてはならないというのは、みんなわかっている。戦争で僕たちは地獄を見た。これからは平和な世界を築いていかなければ。
「戦争は苦しみや憎しみしか生まないと思ってる」
「うちもそう思うわ」
千尋もそう思っている。雅もそう思っているだろう。弟2人が戦争で亡くなったのだから。戦争がなければ、弟2人とそろって戦後を迎えられたかもしれないのに。
10月になっても、兵隊の復員が相次いであった。列車は山のようにあふれる乗客を乗せて走っている。彼らは懐かしい故郷の風景を思い浮かべているだろう。だが、中には空襲に遭って家を失い、ショックを受けた人もいる。
理沙の住んでいる大阪にも多くの復員兵がやって来た。再会できたのは嬉しいが、彼らは空襲で様変わりした大阪の街を見てどう思っているんだろうか?
理沙の隣に住む橋本家では、空軍だった太郎が帰ってきた。妻の勢津子は再会することができて嬉しいだろう。だが、子供たちは空襲で死に、妻は1人ぼっちだ。せっかく頑張って作った子供が空襲によって一瞬で亡くなってしまった。これほど悲しい事はない。
「太郎さんが復員してきたんやて?」
「うん」
千尋は橋本家にやって来た。そこには太郎がいる。とても嬉しそうな表情だ。
「おかえり。大丈夫だった?」
「ああ。大変だったよ」
太郎は笑みを浮かべた。千尋と再会できるのも嬉しい。これから平和な世界が始まるんだ。辛い戦争はもうないんだ。そう思うと、心が軽くなる。
「家を失ってしまったけど、太郎が帰ってきただけで嬉しいわ」
だが、妻は気分が浮かない。やはり空襲で子供をみんな失ったショックから立ち直れないようだ。
「ありがとう。でも、栄一くん、死んじゃったんや」
「そうなんや・・・」
今でも長男の栄一の笑顔が目に浮かぶ。せっかく育てた息子なのに、こんなにも簡単に死んでしまうなんて。戦争がとても憎い。できる事ならあの頃に戻りたい。そして、空襲を裂けるように逃げたい。
「続々と人々が復員してきたわね」
その時、ラジオからメロディが流れてきた。さわやかな声だ。戦時中とは違う。まるでこれからの明るい平和な世界を予感しているかのようだ。
「♪赤いリンゴにくちびる寄せて黙って見ている青い空」
いつの間にか、千尋は歌っている。千尋はその歌を知っているようだ。太郎や勢津子はその歌を興味津々に聞いている。
「何歌ってるん?」
「『そよかぜ』っていう映画の主題歌やで」
千尋は笑みを浮かべている。千尋は気に入っているようだ。『そよかぜ』は先日、映画で見た。戦争で傷ついた人々を癒してくれそうな映画だ。これから平和な世界が続いていくんだと予感させる。
「いい曲やなー」
「きっとこれから平和な時代が続いていくやろね」
勢津子はその様子をじっと見ている。栄一にも見せたかったな。そして、平和な世界でも生きてほしかったな。
「そうだったらええな」
「うん」
勢津子は青空を見上げた。栄一はどんな思いで私を見ているんだろうか? 平和な世界を見てどう思っているんだろうか? もっと生きたかったと思っているんだろうか?
千尋は隣の家にやって来た。そこには坂井浩一がいる。浩一はこの大阪市生まれの5歳だ。母は空襲で亡くなり、空軍の父は亡くなったと言われている。大阪市に帰ってきてからは、大志田夫妻の元で暮らす事になったという。
「浩一くん、帰ってきたんやね」
「うん」
浩一は元気に答えた。戦争など全く知らないかのような笑顔だ。千尋は喜んだ。この子はこれから始まる平和な世界を生きていくだろう。どうか笑顔であふれる人生であってほしいな。
「浩一くんも元気そやね」
浩一は家ではしゃいでいる。茂人と多鶴子の大志田夫妻はその様子を幸せそうに見ている。夫婦は空襲で子供をみんな失った。そんな中、浩一は死んだ子供たちの生まれ変わりのようだ。大切に育てよう。
「家が焼けて、お父さんもお母さんも死んで、大変やったっしょ」
「うん! でも、新しいお父さんとお母さんに育ててもらうんだ!」
浩一は、大阪市に戻れた事を喜んでいる。このまま栄養失調で亡くなって、帰ってこれないんじゃないかと思っていた。家は焼けてしまって、家族はみんな死んでしまった。だけど、別の夫婦に拾われて、なんとか暮らす事ができる。それだけでも嬉しい。
雅もやって来た。浩一の様子を見て、とても嬉しそうだ。浩一がこうして新しい両親のもとで育ててもらうだけでも嬉しい。
「元気やなー」
「ありがとう」
大志田夫妻も嬉しそうだ。浩一はきっと自分の子供たちの生まれ変わりだ。そう思うだけで笑みが浮かぶ。空襲の悲しみも吹き飛びそうだ。これからいい時代になるといいな。
「もう戦争なんてこりごりやわ」
「そやね」
そんな大志田家に2人の少女がやって来た。千沙と理沙だ。浩一の様子をじっと見ている。まるで浩一の事が気になっているようだ。
「これからどんな世界になっていくんやろか」
「平和な世界になってほしいわ。戦争があらへん世界に」
茂人と多鶴子、雅、千尋は空を見上げた。もう敵の飛行機はやってこない。もう怯える事はない。これから大阪はどんな街になっていくんだろうか?
「かわいい子やね」
「ああ」
多鶴子は浩一を可愛がっている。だが、浩一は本当の息子ではない。だが、人間である事に変わりはない。愛情をもって育てていこう。
「きっとこの子は死んだ子供の生まれ変わりや」
「きっとそやな」
本当の子供は失った。だからこそ、浩一を精一杯育てなければ。
「大切に育てようや?」
「そやね」
茂人は浩一の頭を撫でた。浩一は喜んでいる。
「よかったのぉ。これからお前は私たちの子やで」
「よかったのぉ、浩一」
茂人は浩一を抱っこして、高い高いをした。浩一は喜んでいる。それを見て、雅も千尋も笑みを浮かべた。子供の笑顔を見ると、自分も笑みを浮かべてしまうのは、どうしてだろう。
「高い高ーい」
徐々に家は出来上がってくる。そして、日本は平和に向かっていくだろう。日本も家族もこれからだ。これから、明るい日々を送っていこう。