26
その夜、赤ん坊の夫婦が家で争っていた。その声は、近所にも聞こえていた。周りの人々は驚いていた。通報しようと思う人も現れている。
「ちょっと、どうして拾ったの?」
妻は怒っている。赤ん坊なんていらないと言って捨てたのに、どうしてまた拾ってきたんだ。またかわいそうだと思って、拾ったんだろう。あきれた夫だ。別れても迷惑をかけているのが、許せないようだ。
「えっ!? この人が別れた奥さん?」
2人は横を向いた。そこには千尋がいる。千尋が心配して、ここまでやって来たようだ。まさか千尋がやってくるとは。
「そうだ。おい、その子を俺がもらって何が悪い! どうしてその子を捨てた?」
夫は怒っていた。赤ん坊を捨てるのが許せない。育てないのなら、育ててやる。だから、赤ん坊を捨てるのはやめろ。
「私は子供が欲しくなかったから」
夫は妻を突き飛ばした。妻は驚いた。まさかこんな事をするなんて。もう別れたい。でも、別れられない。
「そんな事で赤ん坊を捨てるのはやめなさい!」
千尋は怒っている。千尋は妻が許せなかった。赤ん坊は自分が授かった大切な命なのに、どうして捨てるんだ。
「だって、欲しくなかったのよ」
千尋は妻をビンタした。妻は驚いた。妻は下を向いてしまった。まさかビンタされるとは。
「いい加減にしなさい! その子だって、大切な命なのよ!」
妻は呆然としている。こんなに怒られるなんて。でも、自分の考えは変わらない。育てないのなら、もう知らない。勝手にしなさい。私は何にも手伝わないから。
「ふん! わかるもんか! だったら、あなたが育てなさい! 私、もう知らないから!」
そして、妻は家を出ていった。千尋はその様子をじっと見ている。なんて無責任な妻だろう。こんな妻、妻として失格だなと思った。
だが、夫は全く気にしていない。せっかく自分が生んだ赤ん坊を捨てる人が許せないようだ。せっかく結婚したのに、こういう形で離ればなれになるとは。でもそれは、意見の食い違いだったから、省内だろう。
「そんな・・・」
千尋は呆然とその様子を見ていた。まさか、妻が家を出ていくなんて。こんな夫婦もいるんだな。でも、あんまり気にしないようにしよう。
夫はわが子を抱いている。とても優しそうな表情だ。一生懸命育ててやる。表情から見て、それがうかがえる。これから子育て、頑張ってほしいな。そして、またその子に会いたいな。それはいつになるんだろう。子供たちはその頃、どこにいるんだろうか? もう独立しているんだろうか?
千尋は夫の肩を叩いた。夫は顔を上げた。どうしたんだろうか?
「まぁ、ええじゃん。育てなぁい」
「う、うん・・・」
結局、男は赤ん坊を1人で育てる事にした。大変だけど、みんなが協力してくれればいいだろう。
その夜、浩一は空を見上げていた。何を考えているんだろう。千沙と理沙は思っていた。
「どないしたん?」
浩一は振り向いた。そこには理沙がいる。どうしたんだろう。
「一緒にいたかったのに」
浩一は残念そうな表情だ。これからもあの赤ん坊と一緒にいたかったのに。もっと可愛がりたかったのに。やっぱり、親の元にいるのが幸せなんだろうか? そう思うと、両親のいない自分がここまで生きていたのは奇跡だなと思う。今頃、両親は浩一を見て、どう思っているんだろうか? 生きているか死んでいるかわからない。会いたいけれど、もう会えないだろう。両親の事は忘れて、前向きに生きていかなければならないんだろうか?
「しょうがないやん。考えがずれたんやから」
「う・・・、うん・・・」
浩一は赤ん坊がかわいそうに思えてきた。せっかく生んだのに、子供なんていらないという理由で捨てる母親が許せない。
「とりあえず、お父さんが育てるって言ったからよかったやん」
ふと、浩一は思った。会った事のない自分の父は、浩一を初めて抱っこした時、どんな想いで抱っこしたんだろうか? いい子に育ってほしいと思っていたんだろうか? 全くわからないな。
「僕のお父さんって、どんな気持ちで僕を育てたんやろ」
「うーん、どやろ」
千沙にも理沙にも、家族全員にもわからない。だけど、ここまで大きく育ってくれたことを嬉しく思っているだろうな。これからどんな大人になるんだろうと思っているだろうな。
「きっと、幸せに育ってほしいと願ってたんやろか?」
「そうかもしれんね」
と、千沙はあの赤ん坊を思い出した。また会いたいな。そして、父親と仲良く暮らす姿、そして、独り立ちして結婚して、子供を設ける姿を見たいな。
「いつか、あの赤ちゃんにまた会いたいわ」
「そやね」
理沙もそう思っていた。だが、それはいつの事になるんだろう。わからないけれど、いつか会いたいな。
思えば小学校生活も折り返しだ。3年間でいろんな事があったけれど、後半の3年間はいい日々だったらいいな。もっと多くの友達に巡りあえて、幸せな生活を送りたいな。その為には、何をすればいいんだろう。浩一にはそれがわからない。