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1945年8月15日の正午、全国民はラジオに耳を傾けている。この日、太平洋戦争は終わった。それを告げる玉音放送が流れている。
「戦争が終わった・・・」
松岡千尋はラジオから流れる天皇の言葉に耳を傾けている。いや、千尋だけではない。日本中の人々が耳を傾けている。それほど、大きな出来事だ。
千尋は3月13日の夜から14日の朝にかけて起こった最初の大阪大空襲で家屋を失った。家族はみんな無事だったものの、野宿の日々が続いている。
思えば1941年の12月7日の真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争は、多くの犠牲者を出した。結局、日本は戦争に負けた。今月6日には広島に、9日には長崎に原子爆弾が投下され、多くの犠牲者が出た。死ぬ覚悟で、飛行機ごと敵艦に体当たりをしていくという、特攻隊もいたという。そんな太平洋戦争も、今日終わった。
「これから日本はどうなっていくんやろ」
我が家のがれきの前で、千尋はこれからの日本を想像した。あとどれぐらいで日本は復興するのか、戦後の日本はどうなるのか。まだ想像もつかないけど、戦争のない平和な日本であってほしい。
「きっと復興に向かっていくんやろな。そうであってほしいわ」
と、誰かが千尋の足を突いた。次女の理沙だ。理沙は1941年の12月7日、太平洋戦争の始まった日に生まれた。戦争は体験した事はあっても、戦争を全く知らない。戦争をまだ覚える年代ではない。
理沙は左右ががれきだらけの道をはしゃぎまわっている。まるで戦争を知らないかのように。それを見ていると、心が和む。
それに続いて、姉の千沙がやって来た。1940年6月10日生まれで、こちらも戦争の事を全くわからない。この2人が生きる戦後って、どんな時代だろう。そう考えると、少し心が晴れた。
「千沙、理沙、もう戦争は終わったんやで」
千尋は千沙を抱きかかえた。それに続いて、千尋は理沙を抱きかかえた。2人とも戦争が終わって嬉しそうな表情だ。これから始まるだろう平和な世界に向けた期待がうかがえる。
理沙と千沙は2人にあやされて笑顔を見せた。戦争がどんなものだったか今は知らないだろう。これから彼らが生きていく世界が平和でありますように。
だが、隣の家では、涙に暮れている人もいる。鈴木かず子だ。かず子は遺影を見ながら泣いている。遺影の男を思い出しながら泣いているようだ。
「利平さん死んじゃった・・・」
「えっ、利平さん死んだんかいな」
利平は雅の幼馴染だ。海軍になったというが、まさか死んだとは。千尋は呆然となった。あと少しで終戦だったのに。
「ああ。太平洋戦争が終わる直前に、戦艦を撃沈されて死んだんや」
「そうなんや」
千尋は和子の肩を叩いた。人を失う辛さはよくわかる。雅の弟は特攻隊で、敵艦に突入しようとして海中に没したそうだ。
「辛かったやろな」
「ああ」
千尋と和子は戦争が終わった事を共に実感し、これからどんな世界になっていくんだろうと考えた。だが、まだ想像できない。だが、平和であってほしい。あんな苦しい戦争はもうこりごりだから。
「これからはきっと平和な未来が待ってるやろね」
「そうだったらいいわね」
千沙と理沙は何事もなかったかのように道路で遊んでいる。彼らは戦争を知らない。平和な世界を生き、楽しい人生を送ってほしいものだ。
すると、雲が切れて晴れ間が見えてきた。まるで戦争が終わったのを空も喜んでいるようだ。
8月18日、千尋はラジオであるニュースを見ている。中国の北にあった満州国が消滅したらしい。ここに移り住んだ日本人が多く、彼らの安否が心配だ。このまま日本に帰れないんだろうか? この近くに、満州に移った人がいる。帰れるんだろうか?
「満州国がなくなったん?」
「そ、それって本当なんか?」
千尋が振り向くと、そこには雅がいる。雅もそのラジオを真剣に聞き始めた。友人は大丈夫だろうか? 帰れるんだろうか?
「あの人たち、大丈夫かいな?」
「わからへん」
2人はあの国がどうなるんだろうと考えた。もともとあそこは中国だった。果たして、どうなるんだろうか?
ふと誰かに気付き、千尋と雅は振り向いた。そこには別の夫婦がいる。夫婦は泣いている。妻は箱を持っている。恐らく遺骨が入っていると思われる。
「息子さんが死んじゃったん?」
千尋にはその状況がわかった。恐らく、持っている箱には息子の遺骨があるんだろう。
「うん」
やはりそうだった。千尋は頭をなで、慰めようとした。だが、泣き止まない。
「今頃、戦争が終わった日本を空から見ているやろな」
千尋は空を見上げた。姿は見えないけれど、遠い空からきっと見守っているだろう。そう思うと、妻は泣き止んだ。きっと見ている。だから辛くない。空を見上げればそこに息子がいるはずだ。
「そやったらええな」
千尋は妻の肩を叩いた。きっと立ち直ってくれると思っている。そして、これから平和な日々を楽しく送ってくれると信じている。
「辛いよな」
「うん」
その横では、若い女性が泣いている。彼女も箱を抱えている。この中にも遺骨があるんだろうか?
「特攻隊で死んだお兄ちゃん、どんな気持ちで終戦を見てるんやろね」
「そうだね」
その隣には若い男性もいる。彼らの兄は海軍で、南の海で戦死したらしい。
「平和な時代に生きたかったやろな」
「そやね」
若い女性は泣き崩れた。いまだに戦死したのが信じられないようだ。だが、箱を見るたびに、それは本当だと知って、涙が止まらなくなる。
「なんで戦争なんて起きるんやろ」
若い男性は呆然としている。どうして戦争は起きなければならないんだろう。人間は平和に生きるべきなのに、どうして戦争を起こすんだろう。
「うちにもわからんわ」
若い女性にもその答えが見つからない。戦争なんてしていなければ、兄も生きていたのに。多くの人が戦死する事はなかったのに。
「でも、そんな事やったらいかんっちゅう事に変わりはあらへん」
「そやね」
千尋はその様子を見ている。どうして人間は戦争をしてしまうんだろう。強くなるためだろうか? それとも、世界を1つにしたいからだろうか?
「なのに、人間って、何でやるんやろ?」
「わからん」
千尋にもその答えが見つからない。千尋は泣いている彼らを見て、茫然としている。
「あかん事やのにね」
「うちもそう思うわ」
若い女性も同感だ。戦争なんて、何も生まない。平和に生きるのが一番いい。なのに、人間は戦争をしてしまう。