プロローグ
はじめに
私は不遇な人生を歩んできた。小中学生ではいじめを受け、あまりにもひどい人生を歩んできた。だけど、高校では充実した日々を送り、その頃に教員になりたいと思った。そして、名古屋に行き、大学に入学した。だが、私は1人暮らしに慣れる事ができなかった。インターネットができるようになったものの、ネット依存症になり、成績は落ちていき、落第してしまった。卒業後、私は入退社を繰り返す日々を送っていた。ようやく安定した日々を送っているものの、両親がマイカーを買うのを許してくれない。そしていまだに独身だ。私の夢に描いた未来ではなかった。
そこで私は、この小説にもう1つの自分、坂井浩一という男を生み出した。もし私が、高校生以後こんな人生だったらいいなと思いながら、この小説を書いた。東京で就職して、教員になり、家族に恵まれ、多くの孫に囲まれて天国へと旅立つ。そんな日々を送りたかった。だけど、自分にはできなかった。
これは、戦後80年を記念して、戦後80年を生きた2人の物語だ。戦後80年を振り返りつつ、こんな日々を送りたかった私の願いを考えつつ、この小説を読んでほしい。
2025年8月15日、日本は80回目の終戦記念日を迎えた。今年もまた多くの人が正午に併せて黙とうをし、戦没者の冥福を祈った。人々はこれを毎年の事だと思っている。だが、戦争を体験した人や、知っている人は次々と死に、その数は年々少なくなっている。そんな中で、体験した人々はそれを語り継いでいる。だが、死ねばそれを語り継ぐ事ができなくなる。できれば、戦争を体験していない人々が語り継いでほしい。この願いはかなうんだろうか? 疑問に思っている人もいるという。中には戦争を知らない世代が子供たちに語り継いでいると言うが、それだけで平和への想いは通じるんだろうか?
昼下がりの東京駅。今日も東京駅には多くの人が行き来している。彼らの多くは戦争を体験した事のない世代だ。平和な日々を生きている。そしてまた、戦争のない平和な日々が続いていく。
東京駅には様々な電車が行き交っている。戦後で東京駅は様変わりした。新幹線ができ、電車は次々と新しい電車に変わり、今行き交っている電車や新幹線は、終戦直後や開業直後の電車とまるっきり変わった。だが、東京駅は変わらない。戦後の80年の中で、美しいレンガの駅にどれだけの人々が行き交ったのだろう。
今日もまたいつものように東海道新幹線がやって来た。新大阪からやって来たのぞみだ。のぞみには多くの人が乗っている。この時期は盆休みで、のぞみも全席指定だ。自由席の人は通路などに立って移動した。
東海道新幹線は終点の東京駅に着いた。それと共に、多くの乗客が降りた。彼らの中には、ここで降りる人もいれば、ここから乗り換える人もいる。いつもの賑やかなホームの様子だ。
駅員は乗客の降車がなくなったのを確認すると、車内に入った。折り返しまでは時間がある。眠っていて終点という事を知らない人がいないかどうか見て回ろう。
しばらく歩いていると、1人の老婆が眠っている。80歳代の女性だろうか? 駅員はゆすって起こそうと思った。
「お客さん、終点ですよ」
駅員は老婆をゆすった。だが、反応しない。そして、冷たい。駅員は驚いた。まさか、死んだんだろうか?
「し、死んでる」
一体、誰が死んだんだろう。駅員は老婆の持っていた財布から、様々なカードを手に取り、その老婆の名前を調べた。
「坂井理沙・・・」
キャッシュカードに書かれていたのは、『坂井理沙』。神奈川県に住む女性だ。これを駅長に知らせないと。
駅員は駅長室にやって来た。車内で亡くなった理沙の事を報告するためだ。駅長は驚いている。ホームにいるはずの駅員がどうしてここにやって来たんだろう。何か大変な事が起きたんだろうか?
「どうした?」
「車内で亡くなってる人がいました」
それを聞いて、駅長は驚いた。まさか、車内で人が亡くなっているとは。どうしてこんな事になったんだろう。病気だろうか? それとも、突然死だろうか?
「そうか・・・。その人の家族に知らせろ」
「はい・・・」
駅員はホームに戻っていった。駅長は駅員の後ろ姿をじっと見ている。まだ信じられないようだ。
「まさかこんな事が起こるとは・・・」
駅長は、理沙の家族に理沙が死んだ事を報告した。間もなくして、理沙の遺体は家族に送られたという。
それから2日後、家族によって告別式が行われた。発見した駅員は告別式にやって来た。告別式には家族が多く集まっている。長男の康雄、その妻の歩美、その間に生まれた敏雄、美奈、敏也と彼らの家族。次男の教雄、その妻の春子、その間に生まれた正平、順平と彼らの家族。今は亡き次女、康子の夫の梅木孝之、その次男の龍雅。前の夫との間に生まれた長女の島田貴子とその夫の肇、その間に生まれた息子の竜騎。こんなにも多くの子孫がいるのか。駅員は驚いた。
式場の前では参加した人が話をしている。彼らはみんな暗そうな表情だ。人が死んだのに、笑っていられない。
「この度はご迷惑をおかけしました」
喪主の康雄はお辞儀をした。康雄は今は亡き父同様、教員をしている。家は一戸建てで、妻の歩美と長男の敏雄、長男の妻の若菜、敏雄と若菜の長女の敏菜、長男の敏次の6人暮らしだという。
「いえいえ。こんな事、初めてです」
駅員は少し笑みを浮かべそうになった。だが、ここでは笑っては失礼だ。悲しい表情をしなければ。
ふと、駅員は考えた。理沙という女がどんな人生を歩んできたのか、気になったようだ。きっと何か、ためになるような事がわかるかもしれない。
「ところで、この人って、どんな人生を歩んでいたんでしょうか?」
すると、康雄は驚いた。まさか、駅員がこんな事を聞いてくるとは。どうして聞きたいんだろう。普通の女の人生なのに。何の役にも立たないと思うのに。
「ごく普通の人生ですけど、聞きたいですか?」
「はい」
康雄は真剣な表情だ。康雄は理沙という女がどのような人生を歩んできたのか、その夫、浩一がどんな人生を歩んできたのか、告別式での話で聞いた事を思い出しながら語り出した。だが、それがすべてではないのは定かだ。だが、1つ言えるのは、戦後80年のほとんどを共に生きた人生だったという事だけだ。