深淵の底から
僕はセナと二人で他の兎族から離れ、集団とは別の道を歩く。
なぜ他の兎族から離れたのか不思議だったが他の兎族にバレないで済むので僕には好都合だ。
洞窟の中はかなり暗く、何も見えない。集団に紛れていた時は松明を持っていたやつがいたのでかろうじて見えていた。左手で壁を探しながらセナの声についていくので精一杯だった。
セナは洞窟に慣れているのか余裕で見えているようだ。
数十分してようやく、セナの白いモフモフの耳がうっすらと見えた。
「つ、着きました……ここ……ここからは……私は……」
ここから先、私は行けませんと言いたいのだろう。
目を凝らしてやっと見えたセナは凍えるように怯え、一歩も動こうとしなかった。
この先とやらを目を凝らして見ようとしているが何も見えない。壁や地面すら見えない。手を前に伸ばしてみたが何かに触れる気配はない。
「じゃあね……」
「え?」
背中を手で押されるのを感じた。一瞬思考が停止し、何が起こったのか理解出来なかった。
深い暗闇の中に自分の体が落ち始めるのを感じた。
上を見ると松明を持った兎族が数人、その他にも兎族がゾロゾロとやって来て僕を嘲笑うように見下ろす。
「やったな!セナ!」
「騙すの余裕だったよ」
……騙す? ……騙された? ……やられた?
浮遊魔術を試みるが体が浮く気配は全くない。
洞窟に入った時の力が抜けるような違和感は魔力制御だったのか……
このまま落ち続けるのだろうか。
あの女ぁぁ! 絶対殺す!
殺意が自分の中で湧き溢れる。
体感一分くらい底の見えない暗闇の中で落下し続けた。すぐ地面に着くものだと思っていた。ただ長く感じているだけかと思ったがそんなことはなかった。
このまま世界の裏側まで落ちるのかな……それとも地面に叩き着けられて死ぬ?!……いやそれはごめんだな!……せめてあの女を殺すまでは死ねないなぁ!
僕は血の剣を精製しようと試みる。
……成功。
魔力が制御されている洞窟内では血の剣を作り出すだけで魔力(血)はギリギリらしい。
壁に血の剣を突き刺す。ズザァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!と重い感覚が腕から伝わってくる。10秒くらい耐えると体の落下は止まった。
足を伸ばしてみるとすぐそこに地面があり、行動しなかったら死んでたなと思うとゾッとする。
地面に腰を下ろし一呼吸する。
「壁、壁……壁は?」
座った状態で辺りを手探りで壁を探し、剣を刺してであろう壁を見つける。壁に背中を預ける。
「10歳のガキを落とすか?普通……」
実年齢は28歳くらいだが、まぁ今は10歳だ。
28年間の人生の中で僕は人間ガチャを失敗しまくっているらしい。
「くそが!……くそ!くそ!くそぉぉぉぉぉ!……あのクソアマぁぁあ!」
壁をぶん殴る。何度も何度も何度も……。壁をぶん殴ることに何も意味がないことくらい分かっている。
落ち着け!暁月 勇……冷静になれ!
ポジティブに考えよう。ここなら魔術を打ち放題じゃないか……
「……魔力制御されてんじゃねーか!」
待て待て……そんなことより状況把握が先だ。
今の僕には選択肢が二つある。
1.落ちて来た穴から登る。
壁に剣を何度も刺して登れば不可能ではないが、上に着いたところでクソ兎に捕まる未来しか見えないので却下。
2.この層を探索する。
色々考えているうちに目が暗闇に慣れてきて辺りを見渡せるくらいにはなってきた。辺りはかなり広く、反対側の壁は見えない。それに、他に遭難している人がいるかもしれない。
「よし……動くか……」
僕は壁に手を置き立ち上がる。
ギリギリ見えるが不自由だ。とりあえず明かりが欲しい。
……
「魔術使えねーじゃねーか!!」