これはいい気分だ
僕には他人を助けるような義理はない。それでも痛い、苦しいと言っている者を放っておくほど性根は腐っていない。
盗賊の数はざっと50人くらいだろうか。一人で50人を捌くとなるとさすがに手慣れている殺人鬼でも骨が折れる。
人を殺めたことすらない自分がやることではないことは充分理解している。
それでも力を認めてもらうためには力の使い方が大事なのかもしれない。
そう1%でも可能性があるならやるべきなだ。実際、兎族のやつらより物理攻撃無効を持つ僕の方が圧倒的に安全なわけだ。
僕は木の上から飛び降り、着地と同時に指先から魔力(血)の触手で無作為に盗賊を切り刻んだ。
「なんだ! 何が起こった?!」
盗賊の一人が声を上げた。
10人くらいだろうか……一気に殺ったが不思議と恐怖心や罪悪感は全くなかった。初陣から帰ってきた兵士のようになってしまうのでは?と予想していたが割と何ともなかった。むしろ、何も感じないことに恐怖心を感じた。
「なんなんだお前は?!」
「黙れ」
血の剣を右手に精製する。
「お前! こいつらがどうなってもいいのか!」
「俺、兎族じゃないぞ」
正直兎族のやつらがどうなろうがどうでもいい。僕は力を認めてもらい勇者として称賛されたいだけだ。
「じゃあ!何が目的だぁぁ!!」
「貴様らを殺すこと」
僕は四方八方から攻めてくる盗賊を円を描くように斬る。血の剣から右手に伝わってくる人間の肉を斬る感覚は不快ではなかった。
そうか……僕は人間が嫌いなんだ……
深く暗い深淵……果てしなく続く暗闇の中で永遠に落ち続けるように何も感じないし怖かった。
次から次へと盗賊に剣を振るっても何も感じない。
あっという間に最後の一人になり、剣を構える。
「ま、ま、まってくれぇぇ」
問答無用で剣を振り下ろした。
目に見える範囲の血であれば吸収したり、操ったり自由自在のようだ。血を吸収すると自分の中の魔力が高まるような感覚あるので血の量=魔力量なのだろう。
「ば、ば、化け物……」
助けてもらった相手を化け物扱いかよ……と思ったが心の中に留めておいた。自分でも人を殺しても何も思わない自分を化け物だと思う。
彼らは洞窟(巣穴)に、僕から逃げるように帰って行った。
疑問が一つあった。
なぜ彼らは洞窟から集団で出てきたのか。人間たる者、好奇心には逆らえない。
兎族の最後尾についていった。
少し体の力が抜けるような感覚があったが疲労からだろう。
最後尾の女がこちらをチラッと見てきた。気づくと耳がピンと立ち、ほんのわずかに体が震えていた。
それでも彼女は逃げなかった。逃げるように歩く他の兎族とは違って、彼女は振り返り、ゆっくりと俺の方に近づいてきた。
「……さっきは……助けてくれてありがと……」
「お前、俺が怖くないのか?」
「……こわい。でも……あなたが来なかったら、みんな……もう……」
そう言って耳をしゅんと伏せた。僕は答えに詰まった。
怖い。それでも感謝する。そんな当然のことが今の僕には少し遠い。
「名前は?」
「セナ。兎族の斥候部隊だった……。いまは、ただの逃げるだけの民だけど」
「そうか……」
冷たく返したつもりだったが彼女は俺の返事が予想よりも優しかったのか、少しだけ表情を緩めた。
「あなたは、何者……?」
その問いに僕は答えなかった。ただ、血の剣が霧のように霧散していくのを見つめながら呟いた。
「俺はただ、自分の力が……どこまで通用するか、確かめたかっただけだ」
セナはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……だったら、この洞窟、見てみた方がいい。さっき……奴らが出てきたの、きっと、何かある。あたしも見た。中で、人間の子どもが、鎖に繋がれて……泣いてた」
その言葉に僕の中の何かがざわめいた。人が嫌いだ。けれど……頼られるのは悪い気分じゃない。むしろいい気分と言える。
「案内しろ、セナ」
彼女は軽く目を見開いたが、すぐにこくんと頷いた。そして二人で、再び闇の中へと足を踏み入れた。
エピソード1個飛ばして投稿してしまいました。すいませんでした