ここは地球じゃない
僕は一歳になり、やっと歩けるようになった。
一歳で歩けるのは遅いんじゃないかと思っているがまぁいいだろう。
とりあえずここがどこなのかをはっきりさせたい。
言語や雰囲気ではヨーロッパ辺りだろうなというのが僕の考えだ。
僕は足場になりそうな椅子を頑張って引っ張り、運んだ。
この体は不便すぎる。
力を注いでいるのにちょっとずつしか進まない。
ようやくたどり着いた窓を椅子を登り、覗いてみた。
僕は目を見開いた。
そこには現代社会とは思えないような街並みがあった。
その街並みの風景は……異世界?!
こんな街並みはアニメでしか見たことがない。
屋台のような店がずらっと並び、別の区画では住宅街のように家が並び、また別の場所では畑が広がっていた。
よく考えたら異世界って何?
地球じゃない世界ってこと?
この世界にも地球と同じように昼夜の概念が存在する。
あの太陽って何なんだろう。
ここが異世界なのだとしたら間違いなくあの太陽は地球から見た銀河系に存在する太陽ではない。
自分でも考えていることが分からなくなってきた。
こんなことを考えても実際無駄なだけだ。
誰かとこの考えを共有出来るわけではないし、誰かに伝えたところで理解されない。
もっとこの世界で生きるために必要なことを考え、学ぶべきだ。
ただ何かを学ぶにしろ、この一歳児の体では家の中を歩き回ることさえ困難だ。
居ても立ってもいられなくなり僕は筋トレを始めた。
周りのメイド達は人間じゃない何かを見るような目で僕を見る。
当然と言われれば当然だが気にくわない。
---
それからまた一年が経ち二歳になった。
この世界は誕生日を祝うという習慣がないらしい。
歩き回れるようになり屋敷内を探索している。
貴族の家なだけあってかなり広いし、部屋が多く迷ってしまう。他の部屋とは明らかに違う大きな扉を発見した。
中に入ってみたいという衝動に狩られ扉を押してみたがびくともしない。引いてみたが引き扉でもないらしい。かといって鍵穴があるわけでもない。
何度か試してみた。
「こら、何やってるんだ?」
優しく注意する声は父の物だった。
そして僕は抱きかかえられた。
「まだ勇には早いからな、止めておけぇ、」
疚しいものが詰まっているのかと思ったがそんな雰囲気ではなかった。
とりあえず父の顔がウザかったので殴ってやった。
効果はいまひとつのようだ。
「おい!やめろ! 父さんだったからよかったけど母さんにはするなよぉぉ」
言われなくてもしないがな。
母はここ最近家にいないことが多く、あまり母のことは分からないがクズってことだけは分かるので家に居ないのはラッキーだ。
ただ父は父で愛があるかと言われるとたぶんそうではない。
子供だし育てるのが当たり前とかそういう義務的な感じだ。
とりあえずもう一発殴っておこう。
「お、おい! やめろぉ!」
やはり効果はいまひとつのようだ。
一日が経ったがやはりあの扉の奥が気になって仕方がない。
メイドの一人が体重を掛けながら扉を開ける様子を見た。
大の大人が体重を掛け、腕に力を込めないと動かない扉なので当然二歳児の体では動くはずもない。
メイドの後ろをしゃがみながら引っ付くように付いて行き、見事に部屋に侵入する事が出来た。
扉に挟まれたら間違いなく死んでいただろうな……と頭をよぎったがまぁ通れたし良しとしよう。
部屋には数えられない程の本が本棚に並んでいた。
僕は感動した。
日本の本屋の50倍はあるんじゃないか。
ここで父の言っていた意味を理解した。文字の読み書きが出来ないお前には"まだ早い"という意味なのだと。
メイドが数人いて掃除に集中しているがあまり本を読んでいるところは見られたくない。ゆっくり何の本があるかを見たいがそれも許されないだろう。
扉から一番近い本を二冊取り、また同じようにメイドの後ろに引っ付くようにして部屋を出た。
自室で本のタイトルを見たが何て書いているのか全く分からないのでとりあえず開いてみることにした。
何も読めない。
誰かに読み聞かせしてもらうしかないかもしれない。
父は基本的に領地経営の仕事で忙しく、父に読み聞かせを要求するのは少々気が引ける。
メイドに頼むしかないのかもしれないが、この屋敷のメイドは女性しかいないのでこちらも気が進まない。
「自力でやるしかないかぁ」
数時間が経過し、なんとか大体の意味を理解した。
一つ目の本は『炎系統の魔術について』だ。火球の詠唱をしてみたが何も起こらなかった。一語一句間違えないように詠唱をしないといけないのかもしれない。
二つ目の本は『ゼルダの冒険記』だ。
「ゼ、ゼ、ゼルダァア?」
読んでみたがあのゼルダではないらしい。偶々名前が一緒なだけだろう。
魔術を試してみたいが詠唱が分からないので出来ない。
自分の掌を見て寂しさを感じた。
目を瞑り炎をイメージした。
「出来たらこんな感じなのかな……」
掌に温かさを感じた。温かさというより熱さかもしれない。
ただ痛みはなく違和感を感じた。
目を開けるとそこには黒い炎が掌の上で踊っていた。
僕は興奮が抑えきれず掌を壁に向けた。
「火球……なんつって」
その黒い炎の玉が発射されるのをイメージした。
次の瞬間風を切るように黒い炎の玉がイメージ通りに発射され壁にぶち当たった。
壁は焼き崩れ、大きな穴が空いた。
「あらま……」
お読みくださりありがとうございます。もしお気に召しましたら、感想や評価を頂けますと幸です。