むだに転生
僕は、勇者に憧れている。
だが実際は、目立つのが嫌いだ。
なぜなら僕は女性が嫌いだからだ。女性に好かれてもいいことはない……。
日頃はモブとして生きる。
でも実際は勇者のように「強いんだね!」とチヤホヤされたい。
そこから考えついた答えは……ヒーローになればいい。本性は隠し、噂になるように実力を見せつけるヒーローに……。
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日が沈みきった夜道。
学園でのマドンナ、星乃 萌音を男が三人がかりでおそっている。
「おい!暴れんな!」
「たす……けて……」
口元を抑えられ話せないようにされている。
男らは必死で抵抗する星乃を拘束し車のトランクに入れている。
ここで飛び出し星乃を救出すれば星乃にチヤホヤしてもらえるだろう。
だがそれは違う。
好意を持たれたいわけじゃない。強さをアピールしたいのだ。
モブに徹している僕はここで出れば不自然だ。
ここは身元を隠す実力者として……。赤黒いローブを着て、深くフードをかぶり、ゆっくり歩きながら強者感を出す。
静かに長いローブの裾が夜風によって舞い上がりながら揺れる。
少しの恐怖心と驚きの表情を男の二人がしている。
「ほう、君が最近話題のクリムゾンという男か……面白い」
もう一人の男が自信満々に言った。
おそらくこの人は元魔剣騎士団のそこそこの実力者なのだろう……たぶん。テレビで顔なら見たことあるし……たぶん。
見下すような笑みを浮かべ「…っへ」と笑う。
強い人と剣を交えるのは楽しい。
こいつとなら剣の対話が可能だろうか。
「何笑ってんだよ!」
斬りかかってきた。
瞬時に細長のロングソードを自分の血を使用して精製し防いだ。
火花が飛び散る。
魔力で腕力を上げているのが伝わってきた。
弾き返し、互いに剣先を向け合い、場に緊張感が走る。
男は一瞬でクリムゾンの間合いに入り、思いっきり剣を振りおろす。だが当たらなかった。
クリムゾンは男の真横にいた。
クリムゾンは「遅いよ?」と耳元で囁き、上半身と下半身を一刀両断する。
ローブに返り血着くが、赤黒の見た目のおかげで目立つことはない。
「つまらないなぁ!もっと楽しませろよ!」
残りの二人が咄嗟に逃げた。おそらく僕は今悪人の笑顔をしていたのだろう。
一人残された星乃に歩みよる。
星乃の拘束を切った。
「もう捕まんなよ」
そう言って立ち去るつもりだったが少し震えた声で彼女は聞いた。
「あなた何者なの?」
「関わるなよ」
そう言って飛んで立ち去った。
戦いはつまらなかったが、割と自己満足できた。
彼女はクリムゾンという謎の男が気になってしょうがないに違いない。
僕ではなくクリムゾンに……。
これは大事なことだ。好意を抱かれることではなく、強さをアピールすることが目的だ。
フードを下ろし、街を見回って自分のマンションの家に飛んで戻った。壁に手を掛け登った。
そして、自分の家の扉の前には、桜色の髪が夜風でなびき、振り返ったときの瞳は桃色で美しい少女が立っていた。
バッチリ目が合った。
これは迂闊だった。
間違いなく僕がクリムゾンだと分かっただろう。これで、僕の穏やかな女性に構われない人生は絶たれたのだろうか。
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僕の名前は、暁月 勇。
僕は、漫画やラノベにある勇者というものに憧れている。異世界転移して、「勇者様、どうかこの国をお救い下さい」ってね。
最高に気持ちがいいのだろう。
強いんですね!勇者様!…って言われるなんて最高です……。
年頃の男子なら一度は妄想するだろう。転生して最強になりたいと…。
だが、僕は目立ちたくないのだ。
女性に興味を持たれるからだ。
僕は勉強も出来るし、運動もオリンピック並にできてしまう。
つまり、完璧超人……天才だ。
だが、目立つわけにはいかない。
自慢ではあるが顔やスタイルはそこそこいい方だ。
そのため、勉強や運動で目立つとモテてしまう。
女は大抵、性格が悪い。
ゴミだから気をつけないと…。
僕は過去の恋愛で女性不信及び、恐怖症である。
それに加え、EDだ。
だから、目立ってはいけないのだ。
テストでは、平均マイナス1点を狙って取っている。体育もモブらしく陰キャしている。
そんな中、こんな僕にも、転機がくる。
下校中、幼稚園児二人が横断歩道の前で走り回っている。そして赤信号だ。親はスマホを触っている。クズだ。
嫌な予感がする……。
幼稚園児の1人が横断歩道に飛び出した。トラックが走ってくる。
「こ、これは…」
脳裏に幼稚園児を助けて死ねば、転生できんじゃね?という考えがよぎった。
そして、ウサイン・ボルト並の走りを決めて幼稚園児を間一髪で突き飛ばし、自分は撥ねられた。
人間は事故直後だと興奮状態で動けると聞いたことがある。それは本当らしい。
少しの間、動けたので幼稚園児のもとへ行き頭に手を置いて言った。
「無事でよかった…」
「おい!母親! ちゃんと子どもは見とけ!」
心から「無事でよかった」そう思えた。
そのまま倒れた。
だんだんと周りの人の声が聞こえなくなる。これで異世界に勇者として召喚される?……。
期待して目を開ける。
何人かのメイド姿の女性が自分を囲むように立ち、こちらを覗いている。
意味の分からない言語で喋っていて何一つ理解できない。
自分の手を見ると毛穴一つない小さい手だった。
召喚ではなく転生だと分かった。少し残念だが、魔法が使えるか試したくなった。
弱々しい赤ん坊の手を精一杯前に伸ばす。
「ファイアーボール……なんつって」
「バコーン!!」
黒い炎が素早く飛び壁に大きな穴があいた。
やばい、僕の穏やかな性活が……。
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