正体。
誤字報告ありがとうございます
ジャックはそれから熱をだしてうなされた。
「もしかして記憶を戻すのに知恵熱みたいなのを出してるのかもねえ。」
ジンジャーがため息をつく。
サリー様はつきっきりだ。
「妻の病気を治すのにアンディ様から頂いた、神獣様のウロコのカケラがある。効くだろうか。」
ダン様の言葉に、
「龍太郎様のウロコかあ。効くでしょうね。」
顔に手をやって、真顔で答えるジンジャー。
「妻もそれを浸した水を飲んだら顔色が良くなって。余命三ヶ月を一年も生きたんだ。
もうすでに内臓がやられていて、完治は無理だったが。
……とても安らかな最期を迎えられて。あの方には感謝している。」
こないだガリーが、黒い悪魔(アンディ様)には頭が上がらなくなったとはこの事を言っていたのか。
奥様の具合が悪くて、ダン様やサリー様が保養所に通ってらっしゃったのは知っている。
私はずっと占いの館にいたからお見舞いには行ってない。
お金を稼ぐ事がご恩返しと信じていたし、重病人のお見舞いには身内しか行けないと断わられていたからだ。
――そんな不思議な水や神龍様のウロコのカケラなんか、知らない。
「アンディ様もお優しいところがあるからなア。無理してカケラを入手したんでしょ。」
「奥方様の御母堂様にお願いしたと聞いた。」
「ああ。」
カラカラと笑うジンジャー。
「レイカ姉さんのお母様か。それなら1番手に入れやすかったでしょうねえ。」
「――アンタ、何者だ?」
ガリーが目付きを鋭くして言う。
「凄く、アンディ様に気安いよね?」
ケイジ兄の顔も強張る。
「それは。」
狼狽えるダン様。
「ダン様。自分で言いますよ。オレの本当の名前はセピア。現役の忍びさ。アンディ様の部下だよ。
ふふん。忍びの里を嫌になって飛び出した奴が、生きていられるはずは無いよ。追手がかかって粛正さ。
ジョーシキだろ。
流れの用心棒ってのは作り話だってことよ。」
何ですって?
「神龍様のウロコの話は聞いていたんだ。グランディの騎士たちの水筒にはカケラが埋め込まれていて。解毒作用があるとか。」
「それは千年前のものらしいですよ、ダン様。まだ効くけど、そろそろ切れるかもね?って龍太郎様は言ってましたよ。」
「ジンジャー、いや、セピア君。キミ本当に詳しいんだね。」
ケイジ兄が感心している。
「オレは任務で、レイカ姉さんのお母様ご一家の警備をしてたんだ。龍太郎様は良く来るんだよ。レイカ姉さんのお母様が大好きなんだ。」
からりと笑うセピア。
そこでダン様は私を見る。
「ロージイ、気がついてるとは思うが、毒姫様の手前ああ言ったけれど、私とサリーはブルーウォーター公国に入れるんだよ。」
「……はい。」
そうなんだ。神龍様こと龍太郎様の怒りを買ったのは私だけ。
メリイさんを傷つけた私だけ。
唇を噛み締める。
「それで、出来るだけ状態のいい、新しいウロコが手に入らないかと。ブルーウォーターに行ってアンディ様に頼んだんだ。
それから交流があるんだよ。」
「餅米を仕入れて下さったりね?
後はさ、彼。
ジャックのことが気になってたんでしょう。」
「ああ、だからご相談した。」
「それでオレが来たのヨ。始めは草という忍びを疑っていたけどさ、どーも、騎士らしいとわかった。
記憶喪失も本当だとね。」
ダン様とセピアの話で少しずつわかってきた。
「オレらに話してくださってても。水くさいでやんす。」
「すまない、ヤッキーにガリー。」
「仕方ないヨ。グランディの影の者が来てるなんて、嫌でしょ。だけどここはオレの陣地だから警備もしやすい。ま、安心してよ。
毒姫の手下がチョロチョロしてるんだって?
他所の国で大きな顔させねえよ。」
「ああ、何だか複雑だけど。安心します。」
ケイジ兄がポツンと言う。
「そお?ここのラージイさんだって。アラン様の部下だ。
オレはアンディ様の部下だけどさ、アラン様がアンディ様を何よりも信頼してるのは知ってるだろ?
そんなに、警戒するなよなあ。
グランディの王家に牙を向かない限り、アンタ達は安全だよ。」
「滅相もない!」
「だよね。じゃ、早速ウロコをひたした水を飲ませたり、タオルにつけて顔とか拭いてやったら良いと思うよ。若いから治りも早いだろ。
じゃあ、とりあえずオレは報告してくるよ。
アンディ様にね。」
「おおお、どうか、どうか、宜しくお伝えくださいませ!」
「はあい。ダン様は本当にアンディ様がお気に入りなんだね。」
カラカラと声を立てて笑って、立ち去ろうとしたセピアだったが、
「あ、そうそう。サリー様の縦ロール、切るか真っ直ぐにした方がイイと思うよ。
それまではあまり外に出ないでね。もちろん、ロージイの姐さんもだよ。」
真顔になってそう言った。
「切らせます!」
「それがいいね!じゃあ!」
あっという間に掻き消すようにいなくなった。
「……何だかつむじ風に巻き込まれたみたいだ。」
ケイジ兄がため息をつく。
それから、サリー様が自称ディックの看病をなさった。
ウロコをひたした水につけた布で頭を冷やしてやったり、時々目を覚ます度に飲ませてやったりと、付きっきりだ。
「記憶がすべて戻るといいが。ディックだけでは良くある名前だし、家名もわからない。
貴族だとは、わかったけども、三男とか五男とかで。気楽な立場から良いのだが。」
ダン様が腕組みをして見ている。
「そうですね。ダン様。騎士は貴族じゃなければなれません。まあ、後つぎじゃなけりゃ、こちらと縁付くのも可能だ。
二人、なかなか仲が良いでやんすからね。」
ヤッキーも頷く。
「うん、サリーはひとりっ子だ。良いムコを取ろうと思っていたのだから。」
えっ?
「そうでがんす。お似合いとは思いやす。ジャックいや、ディックか。
あの御面相だが、お嬢様は気にならねえみたいだし。」
そんな。
――奈落の底に落とされた気持ちだ。悪い想像の通りになって行く。
「ブルーウォーター公国物語」とリンクして参りました。あちらも是非お読みくださいませ。