発覚。
それから月日はあっという間に過ぎ、七月も中旬になった。
マナカ国にあった、ダイシ商会の本店は閉店してしまった。更地にしたと聞く。
まるで初めからなかったかのように。
うちのホテル近くに借りた物件で、ダイシ商会グランディ店は仮営業している。
今、その隣の空き地を買って本格的に新店舗を建てている所だ。
従業員は仮店舗に住み込んでいるので、
ホテルにいるのは私と護衛の三人と、ダン様親子だ。
占い師は開店休業状態だ。グッズだけは売っている。
「ちょっといいかな。」
ダン様がみんなを食堂に集めた。ケイジ兄も席につく。
「時々、毒姫様の手下がロージイを探しているんだ。
この国にも入って来ている。
新しい店舗を覗いていてね、その度にロンド様やジーク様が追い払ってくれているのだが。」
ダン様が深く息を吐いている。
「まさか。」
「そうだよ、サリー。またアキ姫さまの縁談を潰そうとね。それでロージイを探しているんだ。」
「やはり諦めてなかったのですね。」
顔が強張る。
「成功した経験を持ってしまわれたからね。
また壊せると思っておられる。」
なんてこと。
「今度の縁談はね、アアシュラ様がグランディの王妃様に打診をしたばかりなんだ。
リード様の側近で誰かいないかとね。
実は、まだはっきりと王妃様に名前は告げてないけど、アアシュラ様が目を付けてる人がいるんだ。
相手の男性は自分に白羽の矢が立ったことは知らないらしいけどね。」
「それではすぐ整うのでは?」
「そうだよね。」
王族からの縁談。側近なら断れまい。決まらない方が可笑しい。
「アアシュラ様が考えてる、アキ姫さまの相手はね、あのレプトンさんなんだよ。」
「え!そうなの?お父さま。」
何ですって?
「グローリー家のレプトンさんか!」
ケイジ兄も目を見開く。
思いだす。メリイさんの双子の兄。
ハチミツ色の髪。水色の瞳。
まっすぐな性格。
ルートのことも兄弟同然に育ったからって、最後まで気にかけていた。
あんなに迷惑をかけられたのに。
1番上の兄のサードさんはすぐにルートを見切ったのに。
……私やルートなんかより、ずっと上等の人間だ。
唇をかむ。
「ふうん。姐さんと因縁があるおウチのお人ですかい。」
ジャックが口を出す。
「今回も破談にできれば姐さんの評判はうなぎ登りだ。」
口元に皮肉な笑みを浮かべている。
「アンタは黙って!」
そのからかう口調に、頭に血がのぼるのを感じた。
「ロージイ、落ちつけ。」
思わず立ち上がった私をケイジ兄が抑える。
「確かにね、ロージイとあの兄弟には因縁がある。毒姫様がどこまでそれをご存知かわからないが、1人1回のくくりを取り外しても呪ってもおかしくない、と思われるだろうネエ。
または、1人1回ならレプトンさんの方を呪え、確執がある相手なんだろ、とおっしゃいそうだ。」
ダン様の眉間のシワは深くなる。
「それでオレを呼んだんでしょ。しばらく護衛しますよ。」
すっ、とカーテンの中から出できたのは、セピア色の髪に黒ずくめの服。ジンジャーだ。
「おまえ!」
ジャックが弾かれたように立ちあがる。
「ふふふ、そんなにオレに背中を取られたのが許せないかい。」
その言葉にカッとなって掴みかかるジャック。
「ジャック、やめなさい!」
ダン様が叫ぶ。が、遅かった。
バシン!
ジャックはジンジャーに手刀を喰らわされて崩れ堕ちていく。
ゴン。
ニブイ音をたてて倒れこんだ。
「 ! 」
コイツ、足払いもした?
ねえ?倒れるときに頭ぶつけたよね?!
「てめえ、何しやがんでえ!」
ヤッキーが色めき立つ。
「ふん、そっちが向かってきたからですぜ。何、すぐ気がつきますよ。」
「ジャック!」
走りよるサリー様。
「貴方、ちょっと乱暴よ。」
ジンジャーを睨みつける。
「すいません、サリーお嬢様……
え?あ?アキ姫さま?」
目を丸くしてサリー様を見つめるジンジャー。
「じゃ…ないか!びっくりした。似てますね?」
戸惑っている。
今、何て言ったの?
「え?」
「改めてよくお顔を拝見したら、似てますね。というか髪型はそんなじゃなかったでしょ。
前は黒髪のストレートだったでしょ?
いや、驚いた。遠目だと間違えるかもだわー。
こないだは、ロージイさんの護衛だけでお嬢様を良く拝見してなかったからな。」
「だってキミは女癖が悪いというじゃないか。娘には近づくなと言っていたんだよ。」
ダン様は眉尻を下げる。
「嫌だな。私だって依頼人や護衛対象にちょっかいは出しませんよ、トラブルのもとですし。」
ジンジャーは頭を掻く。
何ですって?
あのアキ姫さまに似てるって?本当に?
サリー様が?
「いや、良かったですね?ダン様。マナカ国を離れて。あのままじゃあ、アキ姫さまを憎む毒姫からのとばっちりがあったかも知れませんよ。うん、ちょっと見には似てるから、貴方がアキ姫さまを匿ってると思われてね?」
「そうなの?私はお会いしたことがなくて。」
「ああ、そういえば、その系統の顔だな。目が小さめで少し垂れていて、黒っぽい髪で、色白で少しふくよかで。」
「お父さま!ふくよかは余計ですわ!」
「そして、その縦ロール。アキ姫さまと同じだ。」
真顔で言うジンジャー。
「こないだは巻いたばかりでこんなに伸びてなかったからな。確かに立派な縦ロールになったな。」
ダン様がため息をつく。
「貴方はアキ姫さまにお会いした事あるの?」
「ええ、紅の魔女のロージイさん。護衛の仕事でね。ブルーウォーターにも行きますから。」
「えっ!貴方はブルーウォーターに入れるの?」
私の言葉に、
「心外だな。そんなに悪者に見えますか?
八月にはあちらでの仕事が入ってますから、こちらの護衛は七月一杯でお願いしますよ。」
苦笑するジンジャーだった。
むくり。
「いててて。頭が…割れそうだ。」
ジャックが立ちあがる。
「おやあ?やっぱり、さっきどっかをぶつけたかア?頭痛いのか?」
ジンジャーが呑気な顔をしている。
「ジャック!大丈夫?」
サリー様が抱き起こす。
ぼんやりした顔でサリー様を見ていたジャックだが、
いきなり目を見開いた。
「……あ、あ、ア!アキ姫さま!
姫さんッ…⁇
大丈夫……と言うより、貴女こそご無事で?」
「……ジャック、貴方何言って…」
「ジャックって誰ですか?」
「え?」
「私は、貴女の、護衛騎士。ディックじゃないですか。」
「なんと。」
ジンジャーの目が見開いた。
「…う!頭が、あたまがっ!!割れるッ…!!」
そしてジャック?ディックはまた気を失った。
「どう言うことなの?」
顔を青くして震えるサリー様。
「おい、ヤッキーにザリー、部屋で寝かせるんだ。」
「ダン様。オレも手伝いますよ。」
「触んな!お前みたいなヤツ、物騒だ!」
「ご挨拶ですねえ。ヤッキーさん。あの騎士崩れから手を出してこなかったら、何もしてませんよ。」
「やはり彼は騎士だったの?」
「そうですねえ。あの身のこなしは、そうでしょう。
まさかアキ姫さまの護衛とは思いませんでしたけどね。」
ジンジャーが腕組みをする。
「毒姫は金髪の騎士ばかり護衛に集めている。彼も引き抜かれたのはいいが、ご不興を買ったってことか。」
ダン様の言葉にサリー様は眉を顰めた。
「それであんな、怪我を?」
「毒姫、恐ろしいですな。」
ヤッキーの言葉に、
「いつもジャックは私を見て、ア…姫とか、姫さんと言っていたのよ。
きっと、アキ姫さまと言いたかったのね。」
涙ぐむサリー様。
「可哀想に。」
ジンジャーがポツンと言ったがそれは、誰に対してかわからなかった。