王子と影。
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「さあ、立って歩けよ、色男。こないだサリーさんの時言ったよな?次は見逃さないと。」
セピアさんもロック王子を蹴り上げる。
「今度はお城の侍女を監禁するとはな!」
「シードラゴン国の奴らがここに?」
そこに入ってきたのはロンドさんだ。
「ロンドの旦那。ちゃんと見廻りしててくれよ!」
ヤマシロさんが軽口を叩く。この二人は仲が良かったな。
「すまない。ヤマシロ、セピア。
……おや、シンゴはいないのか?グランディにアンディ様が来ているんだろ?」
「あー、ブルーウォーターに残ってる。マーズ様の結婚式があるからな。護衛としてね。
新婦のサマンサさんはホラ、レイカさんの遠縁だ。
アイツにとっても義理だが縁戚になるんだよ。」
その話は聞いている。ブルーウォーターを統べる一族、ネモ様の弟君の御結婚だ。
お相手はレイカさんの遠縁の方だったのか。
「あ、あの。姉は大丈夫なんでしょうか。」
「ええ、ララさん。ここで待っていてください。きっとアンディ様が連れてきて下さいますよ。」
セピアさんが彼女に笑いかける。そういえば面識があったのよね。
「さて、シードラゴン島の王子様。ところで、おたくの島の神獣様が復活された事を知ってるか?
もちろん海竜様のことだけどね?」
セピアさんが片方の口元を挙げて笑う。
「何だって?」
目を丸くするロッキー・ロック王子と、縛りあげられた家来二人。
「そしてね、今はグランディの湖にいらっしゃいますよ。」
「え?何故、グランディ王国に?」
ポカンとする王子。
「くく、君達が嫌いになったんだって。シードラゴン島の湖の底から、海底トンネルを使ってグランディ王国のグラン湖にお出ましになられた。そこにお住まいになる事にしたってさ。」
愉快そうに続けるセピアさん。
「馬鹿なっ!海竜様はウチの守り神だぞ!」
「んー、だけどさ。海竜様の神殿を壊してそこに使われていた、ラピスラズリを売り捌いたんでしょ。
そのあと青い塗料で誤魔化した神殿を建てた。
それね、バレてますから。神獣様の怒りをかって壊されてるよ。」
「…壊された?」
目を見開く王子。その青い髪はボサボサだ。
最近手入れもしていないのね。
根元が白くなっている。
銀髪を染めているのがバレバレだ。
「それでね、王宮だけは美しいままで。ラピスラズリをふんだんに使ってるのはそっちも同じなのに。居るか居ないかわからない神獣様のお住まいだから構わないと思ってたんだろ?
ところがどっこい。ちゃんと居らっしゃったんだよ。」
「……。」
セピアさんの言葉は容赦無かった。
ロック王子が青ざめていく。
「オレもグラン湖で海竜様の御姿を見たけどね。
あのお方自らおっしゃってたよ。人間と自分との間には子供は出来ないと。」
「……!ふざけるな!私は!我が王家は!海竜様の子孫なんだっ!」
絶叫するロッキー王子。
「だって、その青い髪。染めてるでしょう?」
「ち、違う。そんなことは。」
口ごもって下を向く。
ぞくり。
いきなり冷んやりとした気配が満ちた。
「ふうん。じゃあさ。今からグラン湖に行こうか。
そして、海竜様と、ごたいめええーんん、だなぁ。ククク。」
黒い髪の男がすっと入ってくる。
「アンディ様!」
表情がぱあっと明るくなるセピアさん。
「おねえちゃん!」
安堵のあまり涙ぐむララ様。
影の様に入って来たのはアンディ様だった。
チラリと私を見る眼は相変わらず冷たい。
リラ・メルヴィン様を連れていた。
そしてその後ろには憤怒の表情を浮かべた、ラージイ兄がいる。
「お姉ちゃん、ああ…無事でよかった。怪我は?」
「ララ…ええ、大丈夫。」
顔色は悪いが歩けてはいる。
だけど…ああ、顔が腫れている。殴られたのね。
「ロージイ、部屋は空いてるよな?リラ様を休ませて医者を呼んでくれ。」
ラージイ兄の声は硬い。
「…! わかったわ。」
「ええ、すぐに。さあ、リラ様、ララ様、こちらに。」
奥からブランさんが出てきて、
(危険だからビルさんと二人で隠れてもらっていたのだ。)
二人を連れて行ってくれた。ラージイ兄もついていく。
「女性を殴るなんて。許せない。」
ロンドさんも怒っている。
「騎士団で締め上げてやります。」
「そうだねエ。こっちの、実行犯二人は縛って馬車に積んでる。
そっちの手下二人と王子様。
この後グラン湖に一緒に連れて行って、海竜様に引導を渡してもらおうか。
フン、総勢五人。シードラゴン国ご一同様をグラン湖にご案内だ。」
「私の家来に何をしたんだ?!マージが怪我でもしてたら許さないぞっ!」
床でうごめきながら声をあげる王子。
「あア?何言ってるんだ?」
アンディ様の目が黒く光った。
「ひいっ。」
いつの間にか王子の顔の横にナイフが突き刺さっている。
アンディ様が投げたのか。
「ふざけるなよ?ここでオマエらを始末しても構わないんだ。
グランディの侍女の家に押し入って監禁した。
彼女の妹を脅してロージイと会う為に利用した。」
「私は!他国の王族だぞ!」
「…騙りじゃないと誰が言える?」
アンディ様はロック王子に覆い被さるようにして、首筋にナイフを当てた。
「…髪を無理矢理青く染めた自称・美貌の王子サマ?
本当の王族なら、まずは入国したらすぐ、グランディの王族にご挨拶に行くべきじゃなかったかなあ?」
「そ、それは。」
「アラン様がご立腹だとこないだ言わなかったか?
後ろめたい商売をする予定だったからだろ?
あとは女達を騙すつもりだったんだものな?
そんな王族いるか?やはり偽者だろ?
……
ケケケ。処すかあ?」
アンディ様の眼は黒く見開かれて光を写していない。
深い闇を宿す悪魔のようだ。
―――恐ろしい。
「ひっひいいい。」
ロック王子の顔も恐怖で見開かれている。
「アンディ様、ここで殺生は。いくら貴方がやる事をアラン様が咎めないからと言って。」
ロンド様が肩を叩いた。
「あ、そう。まあラージイ君のゆかりのホテルを事故物件にしたら気の毒かあ。」
フン、鼻を鳴らしてアンディ様は立ち上がった。
さっきまでの殺気はすっかり消えている。
「神獣の裁きに任せるか。彼ね、かなり怒ってるよ。」
そしてロック王子の首根っこを掴んで部屋を出ていく。
「アンディ様、ありがとうございました。」
ケイジ兄の言葉に、軽く頷いて黒い悪魔は出て行った。
「じゃこの二人の手下共も運ばなくっちゃな。」
ヤマシロさんの言葉に
「ああ。」
セピアさんも頷く。
「手伝うよ。」
「ありがとう、ロンド。オマエ凄いな。」
「何が?」
「あの状態のアンディ様に声をかけられるなんて。」
セピアさんの言葉にキョトンとするロンドさんだ。
「そうか?」
ええ、私もそう思う。ヤマシロさんもブンブンと頭を縦に振る。その顔色は青い。
「流石にエドワード様の血筋だな!」
「うーん、よく言われる。似てるって。タイプが。
とにかく急ごうぜ。アンディ様が待ってるよ。」
「ああ。じゃ愛しのロージイさん。また会いに来ますね。」
セピアさんが私を見て優しく微笑む。
「ええ、本当に。助かりましたわ。」
「いえ、私は貴女のしもべ。」
さっと跪き騎士の礼を取って私の手をとり、口付けをするセピアさん。
「 ! もう!油断も隙もありゃしない!」
ケイジ兄の怒りを受けて、笑いながら三人は出て行った。
シードラゴンの二人を連れて。
その後、医者が来てリラ様を診てくれた。
「顔の腫れがありますね。後は擦り傷です。
二、三日安静にすることですな。
お大事に。」
良かった。目に見えない所の傷は無さそうだ。
「ここのホテルにしばらくいるといい。」
「ラージイ様。」
目を潤ませるリラ様。
ラージイ兄は本当に彼女がお気に入りなんだな。
さっきの怒りは本物だ。
「ううう。きっと私のせいで、目をつけられたの。
私があのブレスレットを買ったりしたから。」
「ララ。」
「何があったのですか?」
私の問いに、
「油断したのよ。女の声でお届け物です、と言うので。」
氷嚢を顔に当てながらリラ様が言う。
「仲間に女性が?」
「ええ、マージと言ったかしら。」
さっき、王子が言ってたわね。
マージに何かしたらただじゃおかないって。
ふうん。恋人付きで犯行におよんだわけ?
「それで五人で押し入って来られて、いきなり殴られたの。そして、」
「姉の命が惜しければ言う事を聞けと。」
随分と杜撰な計画だったんだな。
「王子と二人は出ていったわ。男1人とマージを見張りに残してね。
とにかく貴女に会わせろと。ロージイさん。
貴女本気で狙われていたのよ。」
リラ様の声は震えていた。




