招かざる者。
その二日後のことだ。11月の良く晴れた日。
今年1番の木枯らしが吹いた。
「ロージイ。占い師のほうの仕事なんだが。」
自室にいるとケイジ兄が複雑な表情を浮かべてやってきた。
「飛び込みなの?」
「ああ、一応予約してくれとは言ったんだが。
ただ、相手がね。」
頭を掻きながら苦笑する。
「ララ・メルヴィン嬢なんだ。占いと言うよりおまえに会いたい、というのが主な目的みたいでな。」
あのメルヴィン様の妹か。
「あら、じゃあお姉様のリラ様と普通に来てくだされば良かったのに。」
「……何か話を聞いて欲しいのかも知らないし。それにお友達?と言う人と連れだって来ているんだ。
占って欲しいのはその人かも知れないな。」
「そう。ねえ、ガリー…」
ガリーに声をかけ用事をたのむ。
とりあえず支度を急いだ。
美魔女の衣装に着替えて小部屋で待つ。
ジャスミンティーを入れて。
「失礼します。」
「どうぞ、おかけになって?」
確かにララさんだ。学園を出てから会ってはいないが、緑がかった青い目、金髪、白い肌。百合の様な美貌はそのままだ。
ただ、表情は暗くおどおどしている。
――痩せたわね。やつれた、と言ったほうが正しいかしら。
まあ病み上がりだもの。
「お久しぶりですわね、ララ様。お姉様のリラ様にはいつもお世話になっておりますわ。」
「その節は!ご迷惑をお掛けして…私が家に帰れたのは貴女のおかげだと…」
深く頭を下げてきた。
「たまたまですわ。私は可能性をお伝えしただけです。偶然、身元不明の若いお嬢さんの入院患者がいると教えて下さった方がいて。」
「貴女、凄いのね。やはり何か引き寄せるものを持ってるのだわ。」
ため息を吐くララさん。
「ところで後ろの方は?お連れさま?」
入り口に立っていてこちらを覗いている若い女性がいる。
随分と長身でベールをすっぽりとかぶり、口もとも隠している。ゆったりした服を着て足元まで覆われて見えない。
まるで砂漠の民の様だ。砂漠の民なら衣装は白いが、この人は全身青い色の服だ。
服越しに胸の膨らみを感じるので女性なのだろう。
それくらい外見がわからない。
出ているのは目元だけ。青い大きな目がコチラを凝視している。
「……あの、今日はあの方の占いを頼みたいの。」
「あの方?」
「私の、友達のお知り合いというかお世話になった方なの。
それで強く頼まれてしまって……その、お願い。」
「……わかりました。」
私の中の何かが告げる。これは何か良くない流れだ。
「わかりましたわ。まず、お茶をどうぞ?こちらはリラックス効果がありますの。
ララ様だけでも、ね?」
「…ええ。」
そこで大きな声を出す。
「兄さん?お客様に椅子をもうひとつ!
ヤッキー!お茶菓子を用意して?高級なのを!
できれば王室御用達のチョコを!
あちらのお部屋を見て?きっとそこに!」
「ああ!わかった!すぐに。」
「ハイでやんす!」
「失礼しました。椅子を用意しますからそこで少々お待ちくださいませね?」
青衣の女性は無言で頷いた。
「まあ、高級チョコ…しばらく食べてないわ。」
切なげなため息をつくララ様。
「もうお身体は宜しいの?入院されていたと聞きましたわ。」
「ええ、まあ。あら?…このお茶も美味しいわ。」
「ふふふ、お気に召して?私がブレンドしたのですよ、中々売れているのです。
ダイシ商会に卸してるのですが。」
そこで下を見る。
「……ちょっとね、ダイシ商会とは付き合いを考えようと思ってますのよ。」
「まあ、何故ですの。」
ララ様の向こうの女性も身じろぎをした。
「……だってロージイさんはダイシ商会にいたんでしょう?」
「ふふ、あまり良くない追い出させれ方をしたのですわ。」
真実味のある嘘をまぜる。しかも相手の欲しい言葉を。
「ま、まああ!」
ララ様の目が輝く。後ろの女もだ。
――ヨシ、かかった!
ここからは慎重にやらなくては。時間も稼がないと。
「そ、それならちょうど良かったわ。良いお話がありますの。ねえ?」
後ろの青衣の女も頷いた。
「私と彼女はその、ビジネスパートナーなの。
それであの、是非ロージイさんにもご一緒にと。」
「……まあ。占いの依頼と言うのは嘘ですの?」
「嘘ではない。」
青衣の女が近づいてきた。思った通り低い声だ。
「今日は本当はそなたと顔つなぎにきたんだ。
だけどひとめで心を奪われてしまった。
……私との相性を占ってほしい。麗しの魔女よ。」
青衣の女がベールを脱ぎ捨てる。
ゆったりとした上着をぬぐと中から出てきたのは青い髪をした男性だ。
「…ふふ、女装してらしたの?お似合いですわよ。」
「ここに入るためだ。女性専用のホテルだからな。」
服の胸元からりんごを出して齧る。
これをいれて胸の膨らみを出していたのね。
もうひとつを私に放ってよこした。
「まさかこれが鑑定料なの?お安いこと。」
微笑んでそっとテーブルに置く。生温いリンゴなんか誰が食べるか。
それにチラリと見えたコイツの胸は胸毛モサモサだ。
しかもワザと見せたわね。とことん嫌いなタイプよ。
「ふふ、いや?そなたが望むなら我がシードラゴン島の王妃としよう。」
「そう。貴方がウワサの王子様なの。」
じっと見つめる。
青い髪と青い目。通った鼻筋。大きくて意思が強そうな眼差し。大きなアゴ。
どこまでも男臭い。嫌なフェロモンがムンムンする。
目元の化粧をハンカチでぬぐいながら私にウインクをしてよこした。
「女になるために白粉をベタベタ塗って見たけどもな。女性は大変だな。いつもこんなに手入れをするのか。」
浅黒い肌に屈託の無い笑顔。白い歯が溢れる。
――なるほどねえ。タラシの顔だわ。
「洗面所をお貸ししますわ。その方が良く取れますわよ。」
「ふふ、私がウインクしても顔も赤らめない女は初めてだ。流石、紅い髪の妖女。
ではお借りして男振りを上げてくるか。」
「どうぞ。そちらを右手ですわ。」
口笛を吹いて部屋の外にでる青い髪の王子。
すっかりコチラを舐め切っているな。
「…あの!」
「しっ。ララ様。こっちへ。」
兄が手招きする。
「…いいから隠れていて。」
兄に連れられて出ていく彼女を見送る。
彼はすぐに戻ってきた。
先程までララ様が座っていた椅子にドスンと座って足を組む。
「あの娘は?」
「洗面所ですわ。ここは女性専用ホテル。
男性用の洗面所はさきほどの一箇所しか無くて、しかも女性用とは離れていましてよ。」
「あ……なるほど。ま、邪魔が入らない方が口説けるか。
先程、ダイシ商会には恨みがあると言ったな?
私もそうだ。どうだ?二人で煮湯を飲ませてやらないか?」
「あら?私との相性占いではなかったの?」
カードを切りながらあしらう。
頬杖をついて私の顔を覗きこむ王子。
「美人だな。」
「あら、どうも。」
「ハハハ!言われ慣れてるか!確かになあ!
お前程の美姫はなかなか居ない。マナカ国にだって、メンドン国にだって、ハシナ国にだってな!」
「フフ、他の女を落として褒められてもねえ。そういうの間に合ってますわよ。」
この品性下劣男がっ!
罵ってやりたいのを我慢する。
ポカンとする王子だ。
「あれ、駄目なのか?こうするとみんな喜ぶと聞いたんだが。それに実際今まで上手くやってきたし。」
はーん、黒幕がいるのね。
「人それぞれですわよ。それにね?名前も名乗らない人が何を言っていますの。」
すると真顔になって立ちあがった。
「失礼した。ロージイ・ベリック子爵令嬢。
私はシードラゴン島の王太子、ロッキー・ロック・シードラゴンだ。
そなたに交際を申し込みたい。
兄上の許可が出るなら即、婚約でも。」
そう言って胸に腕を当て、芝居がかった仕草で深々と私におじぎをして来た。
「まあ。困りましたわ。私婚約者がおりますの。
ですからお断りしますわ。」
「…馬鹿な!そんな話は聞いてない!」
目をむいて私の手を掴み引き寄せる。馬鹿力だ。
「痛い、放しなさいよっ!」
怒鳴りつける。この狂犬がっ!
「ほう。助けてと悲鳴をあげたり、私が王子だからって怯まないのだな!そういうところも気にいった!」
「そうだね。」
ガシッ。
「う。」
王子の手を後ろから掴んで捻りあげるのは。
「そういう気の強さは俺も、気にいってんだ。」
「いっ、痛い!折れる。」
私の手が開放された。跡がついている。
「折れればいいじゃん。俺の婚約者に手を出すなんて、なあ?」
「セピアさん!」
「うん、呼んでくれてありがとうね、ロージイさん。頼ってくれたんだね。」
私を見て微笑むセピアさんに、後ろから現れたのは。
「オイ、この馬鹿王子、おまえ懲りねえな。サリーさんに振られたからって。今度はこっちかよ!」
「ヤマシロさん。」
良かった、王家の影が二人も来てくれた。
「ロージイ、さっきの機転は見事だったな。」
ケイジ兄が顔を出す。
「高級は王宮。
王室御用達は王家の影。
…ここまでは符牒を決めてたな。
出来ればチョコを、は出来ればセピアさんをだな。焦茶色って感じでか。」
流石ね、兄さん。読み取ってくれたのね。
「馬鹿なっ!私の家来が外にいたはず。」
「こいつらでがんすな。隠れていたのを縛り上げてきたぞ。」
二人の男が後ろ手に縛られて転がされた。
口には猿轡をされている。
「オマエたち!」
そう、最初ガリーに声をかけたのは、外に不審者がいないか見てこい、だった。
「それでもうひとつの椅子、ってのは、もう1人のお付きガリーのことだろ?私に様子を見てこい、とね。
ヤッキーに王宮への連絡をまかせて裏にまわったら、もうコイツらが転がっていた。」
兄がしたり顔で続ける。
「おい、こんな事をして!タダで済むと……」
「リラ姉さんが人質になってるの!」
ララ様が隠れていた部屋から飛び出して叫ぶ。
「でしょうねえ。だから挙動不審だったのね。」
「ロージイが向こうの部屋にある、って言ったのは、キミの家を見てこいって意味でね、
私がそれも王宮に知らせたのさ。今頃はラージイ兄が助けに行ってるよ。」
「いえ、ケイジさん。アンディ様が行きました。偶然お城におられて。
元々私もヤマシロもアンディ様に声をかけられてお城に集まっていたんです。そしたら。」
セピアさんの説明に安心する。
「では、お姉さんは無事なのね。」
「ええ、きっと。」
座り込み泣き出すリラさん。背中をなでてやると抱きついてきた。
「あ、ありがとう。ロージイさん。」
「素晴らしい!その頭のキレ!度胸!やはり我が妃にふさわしい!」
懲りずに声を上げるロッキー・ロック王子。
「ふざけないでっ!」
その尻を蹴り上げてやった。
彼の袖口からは三連のラピスラズリのブレスレットが覗いていた。




