提案。
「ロージイさん、このペンダント。肌身離さず付けてますよ。やはり調子が良くなった気がします。」
セピアさんがシャツのボタンを二つ外してみせた。
「ほら、ね?」
そこにはトパーズのペンダントトップが揺れていた。
「セピアのアニキ。わざとらしいでやんすよ。
姐さんに逞しい筋肉と焼けた素肌を見せてなんのアピールっすか。」
ヤッキーが眉を顰める。
「ハイハイ。今更そんなのを見て頬を染める程ウブなお嬢様ではないわよ。」
肩をすくめる。
「あれ、失礼しました。こうすると婦女子はキャアキャア言って喜ぶんですよ。
わかりました!鍛えかたが足りないンですね?」
前夫、ルートも騎士志望という事もあり、なかなか逞しい筋肉をしていた。細マッチョと言う奴だ。
確かに、セピアさんは更に締まっているし、それにあちこち傷がある。影の宿命か。
「うーん。胸毛があるのね?」
ルートは、ツルツルだったな。
たまに暑いからってヤッキーやガリーは胸をはだけている事もあるが、彼等は毛深い。
それに筋肉もそこそこあったわね。ま。興味ないからしげしげ見ないけど。
「あ、少しありますけど。ふふ、セクシーっすか?」
歯をきらめかせて微笑むセピアさんだ。
「ううん。中途半端な量だなあと。潔くそっちゃえば?」
「え。」
固まるセピアさん。
「がはははは!」
腹を抱えてわらう、ヤッキーとガリー。
困り顔のケイジ兄。
「何を言ってるんだよ、ロージイ。」
「こほん。セピア様。先日はありがとうございました。ウチのサリーをあのロック王子から助けて下さいまして。」
ダン様が変な流れを立ちきってくれた。
「ああ、あのシードラゴンの王子ですね。グランディで他のお嬢様達にも、しつこく迫っていて。
アラン様も本気で怒ってらっしゃってる。そのうちグランディを追い出されるでしょうや。」
セピアさんが不敵に笑う、そして真顔になった。
「それでねえ、あちこちの女性に声をかけてるから、姐さんも気をつけて下さいよ。」
「私?」
びっくりした。
「なぜ。私はお金なんかないわよ。」
「多分ですが、姐さんと組んであのブレスレットを売り捌こうとするのでしょうね。」
「あ、それはあるかも知れないね。」
ダン様も顔を強張る。
「それって、ロージイ姐さんをくどいて馬車馬の様に、こき使うつもりってか。許せねえでがんす。」
「…そう言う輩だと思いますね。多分、何人かめぼしい女性をつかまえて、自分に貢がせるのでしょうね。」
セピアさんの言葉に、
「…金持ちの女と結婚出来なかったから、沢山の女を騙して搾取する気か。」
ケイジ兄の手は怒りのあまりに震えている。
「メルヴィン様の妹のように?」
ムカムカする。どいつもこいつも女をなんだと。
「よっぽどご自分に自信がおありなんでしょ。」
セピアさんが、吐き捨てる。
「井の中の蛙だ。あの島の中ではぶっちぎりの美形なんでしょうが。
アラン様やリード様や、こちらの国王様の足元にも、およびませんな。」
そして薄く笑った。
「メンドン国の三王女には、『ヴィヴィアンナ様の方が100倍素敵ですわ!』『鏡を見た事ないのですの!』とか、『ナルシストは嫌いです。』とナメクジや○○ブリを見る様な目でこっぴどく振られたとか。」
「そりゃそうだ。しかし、メンドン国まで行ってたのか。」
ケイジ兄はため息をつく。
「私はお城勤めのとき、ヴィヴィアンナ様があえて男装してあちこちの国のお姫様や王妃様や、高位貴族の奥方を骨抜きにしてきたのを見てきたんだよ。
あの方は理想の王子様を演じるのが上手で。
大国のマナカ国のアアシュラ様なんか、彼女の大ファンなんだ。」
そして、ポツリと言った。
「横暴な夫に悩んでる奥方達は彼女に夢を見てたんだ。疑似恋愛だね。
……アアシュラ様なんか特にそうだった。」
それでは、俺様キャラの押し付けがましい王子は受け入れられないだろう。
「リード様とヴィヴィアンナ様ご夫妻の写真やブロマイドは大人気で、他所の国でも売られているのに。島には入ってないのですね。」
ダン様が壁をチラリと見る。
そう、ウチのホテルにも壁に貼ってあるし、他所の国のお客様がお土産として欲しがるから、置いてあるのだ。まったく傾国の美貌を持つ御夫妻である。
「とにかく、ロッキー・ロック・シードラゴンと言うのですが、あの王子様は。
かなり追い詰められていると思います。
だからきっとここにも来る。」
嫌だわ。冷や汗が背中をしたたり落ちるのを感じた。
震える肩をケイジ兄が抱いてくれる。
「護衛を増やそう、ウチから何人かまわすよ。」
ダン様が頷く。
「本当はブルーウォーターに逃げて欲しいのですが、」
セピアさんが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「それは無理ですわ。火龍様に焼かれます。」
「……ええ。」
セピアさんは力なくつぶやく。
その後私をじっと見つめた。
「何、アラン様とアンディ様がアイツらを追い出すまでの辛抱ですよ。どこかに隠れるか、逆に守りを固くして追い払うか…」
「随分とロージイを気にかけてくれるんですね?
貴方はアンディ様の部下の中でも、上の方だと聞いた。」
「ケイジさん、それはね。
私は以前側妃の手のものに滅ぼされた村の生き残りです。
カタキをうってくれたのは、アンディ様だ。
だから私と、心底アンディ様に惚れ込んで養子にまでなったシンゴ。
この二人は絶対に自分を裏切らないとわかってらっしゃる。
だから良く使って下さるんです。」
「そうなんですか。ああ、アンディ様は素晴らしい。」
胸を熱くしているダン様だ。
「だから、上と言っても信頼が上なだけで。まあ、そこそこ使えるとは自負してはいます。
……
そしてね、ロージイさん。
貴女と同じトパーズの色の目をした娘が昔、いましてね。
彼女はたった十歳でその戦さに巻き込まれました。
兄妹の様に育って……いずれは許嫁になるはずでしたよ。」
淡々と感情を抑えてセピアさんは語る。
そのセピア色の瞳は遠くを見ているようだ。
ああ、以前チラリとディックが言ってたのはこの話か。
「だからね、私はロージイさんが気にかかるんです。」
私に向き直りじっと私の目を見るセピアさんだ。
「それでね、仮にでいいんです。
ロージイさん、貴女私の恋人になりませんか?
うん、婚約者の方が早いかな?」
「はあああ!?」
目を丸くするヤッキーにガリー。
「なるほど。」
頷くダン様。
固まるケイジ兄。
「か、仮にって。」
「もちろん、本当でもいいんですけども。
ま、婚約者がいるといったらあの馬鹿王子への牽制になりますよ。
何しろこないだ、私はアイツを取り押さえて追っ払った。苦手意識があるでしょう。
私は影の中でも実力者ですからね。」
にっこりと笑ってウインクをする。
「…ああ、そう言う。」
なんだ、驚いた。
「それにね、婚約者となれば時々顔を見に来たという名目で守れますし。」
「……そう、ですね。」
そこで真面目な顔をする。
「ロージイさん。貴女はちゃんと独立してやっていけてる。私はそんな人が好きなんですよ、やたら男に依存してない人が。」
「はあ。」
「それにね、やはり任務の時はツラいこともあります。だけど恋人がいれば、頑張って生きて帰ろうと思える。
だからねえ、私の心の支えになってもらえませんか。」
セピアさんの目は真剣だった。




