依頼。
呪いって。そんな。
「恐れながら、麗しのジョセフィン様。それは、尾鰭がついておりまして、おまじないで他人の不幸を願うと言うくらいのことでございますれば。」
顔を真っ青にしてダン様が発言する。
「……続けよ。」
しらけた顔になる毒姫さま。
「このロージイに付き纏う、しつこい男どもが流したウワサでございます。
あの魔女に呪われた、祟られた、と。
袖にされたウラミでございますよ。」
「ふうむ。なるほどなあ。でもまあ、おまじないはできるのじゃな。」
「は、はい。それは。お一人に対して一度だけ。幸運を逃してその代わり不運が来るように、と。
その程度でございますが。」
一生懸命ダン様が話を繕っていく。
本当に、そんな事が出来るものか。私が出来るのは占いだけだ。
それも人生相談に近い。そりゃ全く霊感がないわけではないけれどー。
「ふうん。その女はな、ブルーウォーターにおるのじゃ。近くに寄らねばダメか?」
「な、なんと!イエ、離れていても平気でございます。
何しろ、あの、私共はブルーウォーターには入れない、ものですので。」
「ははははははは!!」
毒姫さまが弾かれたように笑った。
とても愉快そうだ。
「なんと!そなたらもか!ははは!よっぽどの悪者じゃの。気にいった。」
そこでぐい、と、顔を近づけてこられる。
「ふふん。人を呪うようなものはな、あそこには入れないだろうよ。」
毒姫さまはラメが入った口紅をべっとりと塗った唇を歪めて笑う。
あのラメの煌めきは真珠の粉だと聞くが、乱反射する様は蛇のうろこのようだ。
そこから出る声もベタついていて、耳の底を打ってくる。
とても不愉快だ。
だいたい、呪いだって。
私や女性の従業員に無体な事をしようとした輩に、
「呪われろ!下衆がっ!病気や不能になる呪いをかけてやったわ!」
と言い放ったからである。
人間というのはおかしなもので、呪われてると自覚してしまうと不調になりやすいのだ。
アフターケアとして、深夜にこの三人に頼んで物音を屋敷の近くで立てたり、笛を吹いてもらった。
それだけだ。
動物の死骸が投げ込まれたり、血染めの文書は誓って私ではない。
他のにも恨みを買っていたのだろう。
それで、神経が参ってこもりっきりになった、下半身が緩い男が二、三人いただけのことだ。
「妾や妾の手のものもブルーウォーターには入れぬのじゃ。まったく忌々しいのう。」
「それでは、どなたに呪いを。」
「ふん、もうわかっているのであろう。ブルーウォーターに逃げ込んだ。妾のすぐ上の姉よ。
アキじゃ。
つまらない女だがの。ブルーウォーターのネモ公の弟君との縁談が持ち上がっているそうじゃ。」
「それでは、それを壊してご覧にいれましょう!」
被せるようにダン様が言い切った。
え?何言ってるの?
思わずダンさまを見る。
視線で「黙って」とのサインを送られた。
「ははは!それは良い。アアシュラ様の顔を潰すこと請け合いじゃの!」
「それでは、準備がございますので私どもはこれで。」
「ああ、わかった。」
立ち上がるダン様に促されて私も立ち上がる。
「先程も、申し上げましたがお一人限り一回しか使えません、ゆめゆめお忘れなきように。」
「フン、わかった。疾く行け。」
毒姫は扇子をふった。
まるで犬のように追い払われて退出した。
「……ダン様!!」
「しっ、家に帰ってからだ!」
帰りの馬車の中では誰も口をきかなかった。
「ジンジャー、自宅は安全か?」
「ええ。誰も潜んでおりませんよ。」
「そうか。」
どさりと椅子に腰掛けるダン様。
身体中汗びっしょりだ。
「……生きて帰れるとはな。評判が良いのも良し悪しか。」
「ダン様。」
泣きそうになる。この親子にご恩返しをしたくて頑張ったのに。
それが裏目に出たなんて。
「とりあえず、あの件は大丈夫だ。ブルーウォーターのマーズ様はね、もう別の人と縁談が決まりそうなんだよ。」
「えっ。」
「そう、ワシらが何もしなくても破局?と言う訳だ。」
「それをご存知だから受けたのですね。」
ジャックがため息をつく。
「良かったわ、お父様。」
サリーさんも安堵の表情だ。
「とにかくロージイ。どこかにこもってまじないをかけているフリをしなさい。呪文を唱えたりしてな。」
「はい!」
そこでダン様は真顔になる。
「そろそろこの国を引き払うか。」
「それが良いですわね、お父様。」
サリーさんが私の方に向き直る。黒髪の巻き髪が揺れる。
先日、
「最近伸びたから巻いて見たの。」
とはにかんでいらしたが、それを見たジャックが、
「 ! ア、…あ、姫さん!」
と勝手に感極まっていた。キモイ。
「ところでロージイ。」
「はい?」
思いに耽っていたら声をかけられてびっくりした。
「グランディの、オマエさんの実家がやってるホテル、今どうなってる?」