過去。
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その日の昼過ぎ。
「ロージイ!」
サリー様が尋ねてきた。
「どうして!どうして辞めちゃったの!商会からいなくなるなんて。
それにブランも、ビルも!ヤッキーにガリーも!」
わああ、と私に抱きついて泣きじゃくるサリーさん。
「サリー様。」
ブランさんが出てきて背中を撫でる。
「もう、私達は引退する歳なんですよ。」
「お嬢様。サード様との縁談はどうなったのですか?」
ビルさんがサリー様に尋ねる。
「……今までご一緒していたの。父にミッドランド侯爵ご夫妻とサード様が挨拶に来てくださって。
そしてみんなに報告しようとしたら、いなくて。」
「それではもう決まりですね。」
私の声に身を起こすサリー様に、ハンカチを貸す。
「おお、おめでとう御座います、サリー様。」
「本当に。お幸せに。」
ビルさんとブランさんも優しく微笑む。
「ビル、ブラン。二人は私の第二の両親なの。ずっと側にいてくれると思っていたのに。」
「勿体無いことですわ。」
ブランさんの目は赤い。
「だって。小さい頃はお父様はお仕事で。お母様はご静養なさっていて。
二人が私を育ててくれた様なものだもの。」
「ええ、私達も自分の娘の様に思っておりました。」
ビルさんの顔にも慈愛の笑みが浮かぶ。
「私のせいなの?ブランがっ、ビルのお嫁さんになるって聞いて、お嫁になんか行かないでっ!って言ったから?それで私のことをずっと怒ってたの?それで辞めるの?」
ぐずぐずと泣きだすサリー様。
おや。そんな事情が?
「いいえ、違いますよ。あの時お嬢様はまだ五つ。お寂しくて言ってしまったのはわかってますの。」
ブランさんがサリー様を優しくなでる。
「こほん。旦那様ですよ。」
ビルさんが苦笑する。
「せめてお嬢様が、もう少し大きくなるまではブランに乳母代わり、ばあやか姐や代わりをやってくれと。三年待てとのお約束でした。」
そこでブランさんも、
「私が我が子をもてば、お嬢様への関心が薄れると思われたのでしょう。」
と苦笑する。
「そんな。私弟や妹も欲しかったの。ブランの子がいたら可愛がったと思う。」
サリー様はベソを掻いている。自分のせいで二人を引き裂いた罪悪感が彼女を苦しめてる。
「え。でもその後も、お二人は御結婚なさってなかったで、がすよね?」
ヤッキーがおずおずと切り出す。
「オホホ。それはビルが待ちきれずに浮気したからですわ!新しい女性従業員に。」
横目でジロリとビルさんを見るブランさん。
「……やめておくれよ、ブラン。」
肩をすぼめるビリーさんだ。
あら。色々あったのね。
ビルさんをは汗をハンカチで拭う。
「ビル。最低。」
「サリー様…そんな。」
目をショボショボさせて俯く。
「あの頃は人の出入りが多くって。沢山若い子が入って来ました。指導をしているうちに仲良くなって。」
「でも、結果振られたの。二股かけられてたのよね。」
ブランさんが片方の口元をあげて笑う。
「面目ない。」
「だけどね、その彼女も二股?もっとかしら。かけられていたの。やはり一緒に入ってきた若い男にね。」
「えっ。」
「その男が付き合っていたひとりが私の妹だったの。」
「それは、私に似てるとと言う?」
「ええ、ロージイさんに。赤い髪も。トパーズの瞳も。その頃商会に出入りしていたの。私に会いに。
まさか、あの男にたぶらかされるとは思わなかった。」
深いため息をついたブランさん。
「それでその女ったらしと、ビルさんの恋人はどうなったんでやんすか?もうここにはいないですね?」
「そうだよ、ヤッキー。その男はある日突然辞めたんだ。独立するといって。そしてね、女子従業員をごっそり連れていった。」
「私の妹も付いていったの。だけど、ある日ボロボロになって帰ってきた。身体をこわして。男は夜逃げ、他の従業員の行方もわからないけど。」
「……ふーん、聞いていたら商売仇が仕組んだと思われますわね。」
「リーリエさん!」
そこには王家の影の女性がいた。
「サリーさんの護衛に付いてきたのですよ。
ふふふ、私はね本当はハニトラ専門のクノイチ。」
うふふと妖艶に身をくねらせるリーリエさん。
片手を頭の後ろに回しての投げキッス。凄い色気だ。
今までと人が変わったようだ。
「うおおおお?」
ヤッキーやガリーの目は釘付けだ。
「その話を聞いてピンと来ましたわよ。
その男も女もグルでダイシ商会を引っ掻き回しにきたんだわ。」
「えっ、ハニトラ専門の方がサード様の近くに?」
サリー様の顔が強張る。
リーリエさんはきょとんとして、
「おほほほ!心配ご無用ですわよ!私はルララ王妃様に命を救われた者。リード様やアラン様のお言いつけでサード様の職場の女性達の護衛をしていただけですわ!毒姫ほどではないけど、面倒なお姫様がいましたから。」
「あっ、噂には聞いたことあります。王妃様の姪っ子の方ですわね。ルルゥ姫とか。」
サリー様が、目を見開いた。
「ええ、神獣様たちに始末されました。
そのルルゥ姫はサード様がお好きだったのですが、サード様にその気はなくて。グイグイくる女性に辟易されていたのですよ。あの方はどこか女性が苦手でしたわね。でも。」
そう言ってリーリエさんは微笑んだ。
「サリー様、貴女には惚れ込んでらっしゃいますよ。ご安心くださいませ。
それに私はこれでも一児の母で未亡人。ふふふ。あんなお坊ちゃまには興味ございませんわ。」
手を口元に当ててコロコロと笑うリーリエさん。
凄いな。じっと見つめる。
「あらあ、ロージイさん。私みたいに大人の魅力ムンムンの女性になりたいの?フフ。ご教授してあげても、良くってよ?貴女にはその資質があるわ。」
えっ。
「やめて下さいよ!ウチの妹を誘惑するのは!」
ケイジ兄がいつのまにか来ていて、声をあげる。
「そうだよ、リーリエ。ふざけるのはやめなよ。
ロージイ姐さんはこのままでいいんだよ。」
そこに来たのはセピアさん?
「あら、セピア。」
「仕事だぞ。今、レイカさんとメアリアンさん、ランドさんがこっち、グランディに来てるんだ。
一応ネモ様がご一緒だがね、護衛をしろとアンディ様からの御命令だ。」
するとリーリエさんが真顔になった。
「わかったわ。すぐに行くわ。サリー様、こちらの護衛には騎士団上がりの夫婦がおりますわね?
失礼しますわ。」
「じゃ、ロージイさん。またね。」
そうして慌ただしく2人の王家の影は出ていった。
「つむじ風のようだったわ。」
「そうですな。サリーお嬢様。お話しておきますが、私とブランは正式に結婚しました。」
「ま、まあ!そうなの?おめでとう。良かった。」
「ありがとうございます。そしてね、古株の私達が他の従業員に煙たがれて来たのも事実なんですよ。」
「そんな。」
「サリー様。」
ブランさんが優しい笑みを浮かべる。
「これからはサード様と協力して商会を更に大きくなさいませ。私達の願いですわ。」
サリー様は黙って二人に抱きつくと帰っていった。




