黒い悪魔。
混乱した。何故シンゴさんがここに?
ああ、二年前とあまり変わらない。相変わらず人を刺す様な目で見る。
「シンゴ、お前うるせえよ。」
「セピア。ディックさんとダイシ商会に挨拶をすると言うから、待っていたら遅いじゃねえか。
しかも、自分だけが働いた様に吹いてさ。お前は相変わらずだな。」
「ふん。ちゃんと俺ら忍びが、って言いましたー!」
そこに口を出したのはディックだ。
「ええ、お二人には感謝しております。シンゴさんには先日からずっとお世話になっておりますし。
前回、アアシュラ様をお逃し出来たのも貴方のおかげ。
そしてセピアさん。貴方とは仕事仲間だった。
親しみを感じてますよ。」
「ま、ディックさんがそう言うなら。」
「コホン。」
ディックの仲裁で収まった。
その如才無い態度。
ああ、この人はもう無頼漢のジャックではないんだ。
マナカ国のディックなんだな。
すとん、と腑に落ちてきた。
「ロージイ。久しぶりだな。一応忠告しておくが、この男は女ったらしだ。気をつけろ。」
「えっ?」
シンゴさんが、私に忠告を?
「何だと!お前、いちいちうるせえっ!俺はな!ロージイ姐さんにはそんな遊び半分でちょっかいを出してねえぞっ!」
「セピア!お前の言うことは信じられねえっ。散々俺のことを腹黒だと言い回ってくれたよなっ!」
「腹黒を腹黒と言って何が悪い!」
「お前!どっちが腹黒だ!
選抜試験の日付とかを間違えて教えたのはお前だろうが!それが、俺のせいになってんのはお前の二枚舌のせいだろうがっ!!」
えっ。この二人は仲が悪いの?
掴み合いの喧嘩になりそうだ。
「ハイハイ!この馬鹿者がっ!」
そこに黒い影が入ってきて二人を引き離した。
「…!アンディ様っ!」
「アラン様の所の帰りだ。様子を見に来たらなんなの、オマエら。」
「す。すみません。」
「お許しを。」
二人とも青くなってしゅんとしている、
借りて来た猫の様だ。
黒い悪魔と呼ばれる王家の影。アンディ様。
纏う空気が違う。
粛正されそうになったのは、数年前だ。
グランディの王太子、アラン様のお気に入りだ。
誰もこの人には逆らえない。
ふと、視線をあげて私を見た。
フン、と興味無さそうに鼻を鳴らして、
「ディック君。古巣へのご挨拶は済んだかな?」
「は、はい。」
「じゃア、ブルーウォーターへ行こうか。アキ姫さまが待っているよ。
……ん?
まったく、モタモタしてるから来ちゃったじゃないの。」
ドタドタドタドタ!
聞き覚えのある足音だ。
「キミたち、さっきの声は?
…ア、アンディ様ああああああ!?」
「……やあ。ダン。久しぶりだね。」
「ええ、ええ!まさかおいでになってらっしゃるとは!」
ダン様の顔は喜びに輝いていた。この怖い怖いアンディ様を、ダン様は何故か大好きなのだ。
(お父様は黒髪黒目のタレ目の人が好きなの。私やお母様みたいにね。)
以前、サリーお嬢様が言っていた。
アンディ様は確かにそうだ。しかしあの目つきの悪さでタレ目には見えないけど。
……あ、そうか。忘れていた。
アンディ様のおかげでダン様の奥方様は寿命が伸びたのだった。
ディックの傷が治ったのも、彼から頂いた神獣様の御神体のおかげか。
私も軽く頭を下げておく。
「お会いできて嬉しゅうございます!」
「あ。そう。ウチの若いのが、お騒がせしたね。」
「いいええ!お茶でも飲んで行って下さいませ!」
「ごめんねえ、急ぐんだわ。
あ、そうだ。サリー嬢は元気だよ。一昨日はサードさんとサーカスを見に行ってたらしいし、ミッドランド夫妻にも気にいられたよ。」
「おおお、そうでございますかあ!」
良かった。私もホッとした。
「アキ姫さまとアアシュラ様は?」
「うん、二人とも王妃様やリード様にもてなされてるよ。ネモさんもついてる。安全だ。」
「ああ、良かった。」
ディックの顔がほころぶ。
「それではここで失礼するよ、ダン。」
「そうでございますか。また是非お越しくださいませ。アンディ様っ。」
「うん、そうだな。サードさんのとこと合併するんだろ?大商会になるわな。世話になる事もあるだろう。」
「そんな。何か今すぐにお力になることがあれば。」
「……うーん、そうだな。」
そこで私をじっと見る。なんなの。
「この紅の魔女様とその兄者達を快く独立させてやれよ。彼女はこれから占い師として生きていくんだろ?
占いのグッズやら権利やら、餞別代わりに譲ってやれよ。あと古株の従業員と護衛もな。話は聞いてる。」
「はい?」
「サードさんがさ、どこまで絡むかわからんから、キッパリと縁を切ってやれ。いいな?」
「そうでございますか……」
目をしょぼしょぼさせて俯くダン様。
「ありがとうございます、アンディ様。」
頭を下げているのはディックだ。
「いえ、御礼を言うのはこっちです!」
ケイジ兄が廊下に出て来ていた。ビルとブランもだ。
「フン、アラン様がな。ラージイ君を高く買っているんだよ。それでまあ、ご心配をなさってな。」
ラージイ兄を。アラン王太子様が。
胸が熱くなる。
「あ、ありがとうございます。アンディ様…」
頭を下げる私を、
「オマエのためじゃないよ、ロージイ。本当はオレもシンゴもオマエには関わりたく無いんだ。
…じゃもう、いくぞ。」
アンディ様は軽くいなして消えていった。
「待って下さい、アンディ様…」
シンゴさんが駆け出す。
「ああ、行ってしまわれた。」
ダン様が肩を落とす。
「ロージイ姐さん。良かった。貴女が素直になって。
スッキリしましたか?」
「セピアさん……」
「私はね、貴女と同じトパーズ色の瞳をした女性には弱くてね。
……貴女の幸せを祈ってますよ。」
そしてセピアさんも走りさった。
「色々彼から話を聞いたんです。」
ディックがポツリという。
「彼の幼馴染で初恋で、許嫁の少女はあなたみたいなトパーズ色の瞳をしていたそうなんですよ。」
「ディック。その子はどうなったの?」
「村ごと惨殺されたとか。」
「えっ!」
「彼が貴女を気にかけていたのはそう言う事なんでしょうね。」
そしてディックはもう一度私とダン様に深いお辞儀をして、立ち去っていった。




