修羅と告白。
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ディックの話を聞いて目を凝らす。
やはり黒いモヤがある。邪悪さを感じる。
「それで、毒姫は自分が王族でないと納得したのね。」
「まあね。座り込んでいたよ。」
そしてセピアさんは続ける。
「側妃ジル様は、アーリンに向かって、『私が貴方を生かす為に耐えてきたのに。子供がいるってどう言うことなの!裏切り者!』って怒ってさ。
そしたらアーリンが、『王命は逆らえないだろう。キミとのことは若さゆえの過ちさ。キミだって第一側妃として良い生活をして来たんだろう?』って言うんだ。」
「酷い男ね。」
「そう。それで側妃はアーリンを懐剣で刺そうとした。取り押さえられたがね。」
ディックも顔を顰めて続ける。
「お気の毒ではあるんだ。
マナカ王が毒姫に言ったんだよ。
…『ジョセフィンよ。納得したか?
オマエは私の娘ではない。
アーリンとその息子を生かして置いたのは、オマエはコイツらの身内だ、王女では無い。と見せつける為だったのさ。
10年程前にルーデンベンクに探りを入れて、コイツらの存在を知った。
処分しようかと思ったが、
その頃8つだったオマエが美しくなってきたから、いずれ我が物にする事を決めたのさ。
出自がわかる生き証人が必要だろう?
それに、ジルに絶望を味わって欲しかった。
自分が愛した男が裏切ったのはどんな気持ちだ?』
ってね。」
「クズだわ。そんなクズがいるなんて。」
怒りで声が震える。
「そうですよ、姐さん。マナカ王はこうも言った。
『ジルよ。オマエの為にいい事をしてやったぞ。
アーリンは今頃ヤモメになっている。どうだ?憎い恋がたきが消えて嬉しいだろ?」
ディックの目は怒りに燃えていた。
「アーリン親子は真っ青になって王に飛びかかろうとした。だから俺らが当て身をして眠らせた。
殺されないようにね。」
セピアさんの声は地を這う様だ。
……アーリンさんの妻は殺された?
彼等を絶望させる為だけに?
そんなクズがマナカ国の王だったのか?
「その隙にミイル王子が毒姫を連れて逃げようとしたんですよ。」
ディックが続ける。顔を手で覆いながら。
「毒姫はね、『誰か助けて!私の護衛は?どこなのっ?』と叫びました。
見栄えだけで選ばれた取り巻きだ。1人もいやしない。
で、壁際で様子を見ていた私と目が合いましたね。
『この際、オマエでいいわ!片目で傷物の不細工だけど!助けなさいよ!』って。
ふふ。アイツは私がわからなかったんだ。あんなに執着していたのに。バカらしい。」
鼻で笑うディック。
「ああ、だけどミイル王子はわかったようです。
私を亡霊を見るような目で見てね。
『おまえ!生きてたのかっ!』って。
すると王が、『ディック。構わない。ルーデンベルクの仇だ。切り捨てよ。』と言いました。
この時は素直に王命に従う気になりました。」
「それで切り捨てられたの?ミイル王子を?貴方が?」
「だと良かったのですが。
あの鬼畜。毒姫を盾にしたのです。私の剣は彼女を傷つけました。」
「……嘘。」
「流石に見てられなくって。私ら忍びが彼女を助け出しました。それで顔の切り傷だけで済んだのです。
そうでなければ、ディックの手にかかって毒姫は死んでました。」
「流石に驚いて私は剣を落としました。ハンカチを出して彼女の傷口に当てて止血を試みました。
そんなに深くはなかったけど、ザックリと。ここの頬から耳まで。」
あの美貌自慢の毒姫が。顔を切られたのか。
「王は怒ってね。ミイル王子を切り捨てた。美しい毒姫を傷物にしたのだから。」
セピアさんが無表情になって言葉をつなぐ。
「毒姫は顔の傷を押さえながら、『オマエ、ディックなの?』と聞いてきました。
『生きていたの?どうして会いに来てくれなかったの?……その姿、もしかしてあのインチキ魔女の護衛だったの?』と。気が付くのが遅すぎる。
親父のカタキのくせに。それに俺を殺そうとした事を忘れたかの様でしたよ。」
横で黒いモヤがざわめいている。
「どうしてか、毒姫はディック君が自分を助けに来たのだと思い込んだみたいなんスよ。修羅場で混乱したのですかね?」
セピアさんが頭をかく。
「マナカ王は言い放った。『ディックはアキ姫と良い仲だと聞いてるぞ、そんな男は忘れて私の所へ来い。なに、それくらいの傷気にしない。多少美貌が損なわれても構わない。それならオマエも諦めて私に囲われるだろう?』と。」
彼等が交代で語る事柄のなんと醜悪なことか。
寒気がする。自分で自分を抱きしめるように胸の前で手を交差した。
「それが側妃の怒りに触れました。彼女にとっても愛娘だ。側妃は発作的に王を刺そうとして返り討ちに。」
えっ。
「毒姫はもう耐えられなかったのでしょう。落ちていた私の剣を取り、胸に刺しました。」
ディックの顔は歪んでいる。
「王以外は誰も止めようとしなかったから。」
「それで彼女は落命したと言うわけね。」
「ええ。マナカ王は、元王ですがね、マキ新女王から幽閉されました。
ミイル王子とジル側妃の殺害の責任を取るために。」
ディックは深く息を吐き出してこの醜悪な物語を語り終えた。
「先程、ダン様にご挨拶も済みましたし、荷物は要るものはまとめましたし、」
そして私の方を向いて深々と礼をした。
「ロージイ姐さん。本当にお世話になりました。
貴女は私を嫌いだったでしょうが、私はそうでは無かった。
割と好きでしたよ。」
曇りのない笑顔で笑う彼。
「えっ。」
「私と貴女は似たもの同士だ。なんとかダイシ商会で居場所を作ろうと頑張ってきた。そうでしょう?」
ああ……そういう。
「貴女は素晴らしかった。才能と魅力にあふれていた。姐さん、貴女を守ることは私の生きがいで誇りでしたよ。」
この人はやはり芯から騎士なんだな。
セピアさんが私をじっと見る。
ええ、貴方が言いたいことはわかっているわ。
「ありがとう。」
私の頬を涙が流れて行くのを感じる。
「私もずっと貴方を好ましく思っていたの。素直に感謝出来なくてごめんなさい。
素直になると……弱さを認めて何かに負ける気がしていたの。
ずっと、貴方が好きでした。」
貴方が私に向けてくれる好意とは別の意味で。
ずっと。
「姐さん、それは。」
ディックが目を見開く。セピアさんは横を向いている。
「いつも助けてくれてありがとう。絡んだ男たちを殴り倒してくれたり。古戦場から連れ出してくれたり。」
「……ああ、うん、それが仕事でしたから。
ううっ!」
黒いモヤがディックに遅いかかる。
女の形をとった。黒い手が指が、ディックの首にかかる。締め付けて行く。
ああ!いけない!
【あっちへいけ!】
…毒姫、お前はもう死者だ。彼にかかわるな!
私の口から、自分の声と思えない野太い声が出た。
髪が逆立つのを感じた。
その瞬間、ディックのトパーズのネックレスが光った。
『………!!!』
そしてモヤが四散した。
「うっ、……くはっ。ふう。
はあっ、姐さん、今のは?」
ディックは首をさすっている。指のあとが付いている!?
「はあっ、はあっ、思い切り念じてみたのっ、黒いモノにあっちにいけって!ふうっ。」
汗が吐き出す。足がふらつく。
「貴女すごいな、ホンモノだ。」
いいえ。
「自分でも分かるの、火事場の馬鹿力の様なものよ。
…けほっ。また…いずれ戻ってくるわ。」
息があがる。目の前が暗くなる。
「ロージイ姐さん、しっかり。」
セピアさんが私を支えて背中をさすってくれている。
「あ、ありがとう。」
「フン、そいつに礼を言うことはないよ。ただの下心だろ?セピア。
相変わらず女と見れば触りまくるんだな。」
「シンゴ!」
そこに現れたのは、
―――――――――シンゴさん?
「ブルーウォーター公国物語」にリンクしています。
是非あちらも、お読みくださいませ。




